三月二十三日【後】
「瀬尾さん、待って……開けていい?」
「……はい」
本心としてはNoと言いたかったが、思いがけず引き止められて嬉しかったのも事実だ。
今は、俯いても顔を隠してくれる長い髪はない。けれど、俯かなかったのはそれ以外の理由で。
みつるを呼び止めて、紙袋を開ける築島から目が離せなかったからである。
……眼鏡の奥の目が、軽く見開かれた。
それがふ、と優しい笑みに細められた瞬間、みつるの心臓は大きく跳ねた。
「この巾着って俺の、あの人形を入れるのに?」
「は、はい。万が一落としても、汚れないように……です」
百貨店で見つけた手芸店、そこでみつるはあの日、拾ったマスコットの事を思い出した。
スーツのポケットに入るくらいの大きさだが、そのままよりは何か袋に入れた方が安全じゃないか――そう思ってモノトーンの、シンプルな巾着袋を作ったのである。
「ありがとう、瀬尾さん……まだ、ちょっと待っててくれる?」
「え、あ、はい」
お礼だけでも嬉しかったが、何故だか再び待機を言い渡されたのに、戸惑いながらも返事をした。
そんなみつるの前で卓上カレンダーに手を伸ばしたかと思うと――メモ帳と兼用らしく、後ろの方眼ノートに何かを書き写し出す。
「はい」
それから書き終え、リングから外して差し出されたそれを受け取ると――知らない住所と、築島のフルネームが書かれていた。
「俺の、新しい住所……絵葉書でも送りたいから、手紙ちょうだい?」
「……っ!?」
「素敵なプレゼントの、お礼になるかはともかく……あ、あと期末テスト頑張ってくれたし?」
予想外の切り返しと、さっきまでとは少し違う悪戯っぽい笑顔。
期末テストの時は、別れで頭がいっぱいでそれどころではなかったが――まさかみつるが頑張って良い点を取った事を、築島が気にかけてくれていたなんて。
(届いたんだ……わたしの恋は、空っぽじゃなかったんだ……)
嬉しくて、泣きそうになりながらも。
職員室で、みつるは精一杯笑って築島に頷いて見せた。
第一部完。この後、手紙のやり取りと数年後になります。蛇足かもしれませんが…今しばらく、お付き合いよろしくお願いします。




