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桜の下のタイムカプセル

 今日の昼12時には未来へと帰る。

 そしてここで私と過ごした人々の記憶からは永遠に私は消えてしまう。


 否が応でも秒針は時を刻み、刻一刻と時間は過ぎていく。

 昨晩の花火大会の出来事で結局緑には好きだと言う事は伝えることが出来なかった。

 いや、しなかったというほうが正しいのかもしれない。

 私に強さがあればきっと胸の内を伝えることができていただろう。

 

 最後に学校でも見ておこう。

 そう思ってメイドロボットが運転する車にキャリーケースを乗せると、学校に行くようにお願いした。

 経った1カ月だったが今までにない経験をさせてくれたこの学校には感謝している。

 学校に着くと私は少し慣れ親しんだ自分の机に腰かけた。


 ここから見える景色も今日で見納めだ。

 隣の席を見ると授業中の緑が目に浮かぶ。

 だらしなく寝ている姿やこちらを見て微笑む姿がなぜか無性に懐かしい。


 次に校舎裏と園芸部の畑に向かった。

 ここは一番思い出深い場所だ。

 しかしここにいると涙が止まらなくなりそうなので早々と立ち去ることにした。


 私は不意に昨日スマホに着信があったことを思い出し、画面を見た。

 着信が2件とメッセージが1件入っていた。


 どれも緑からのものだった。

 メッセージを開き、内容を読むと私は車に向かって走り出した。

 『あの桜の木の場所で待ってる。来るまで待ってるから』と。

 息を切らしながら車に乗り込むと運転席に座るメイドロボットに、あの桜の場所まで連れてってくれるように大きな声で頼み込んだ。


「わかりました。セリナさん。少し飛ばしますのでお覚悟を」


「うん! お願い!」


 12時まで残り1時間程度しかない。

 移動時間も考えると到着して話せる時間はそこまで多くないだろう。

 これが正真正銘のラストチャンス。緑にちゃんと好きという気持ちを伝えよう。

 アクセルを踏み込み勢いよく走り出す車。

 私は手をギュっと力強く握りしめると流れゆく景色を黙って眺めていた。


 

 車が止まり、私はドアを開け放つ。


「セリナさん。12時には強制的に送還されますので、そのつもりで」


「わかってる!」


 切れ切れになる呼吸に乾いた口から出る唾を飲み込み必死で階段を駆け上がる。

 頂上に到着すると、私に気付いた緑が笑顔で微笑みかけた。 

 私は桜の木の下にいる緑に駆け寄ると彼の手を握りしめた。


  ──すべてを打ち明けよう。そして好きって伝えよう。

 そう心に決め、自分を鼓舞するように胸に手を当てるとギュッと強く服を握りしめる。


「あの私、実は緑のことが好きなの! 本当は昨日の花火大会で伝えようと思ってたんだけど結局言えなくて」


「ありがとう、セリナ。俺もお前が好きだよ」


 私はその言葉に喜びのあまり緑を抱きしめた。

 彼の胸から聞こえる心臓の鼓動は心地よく、このままずっとこうしていたい。

 

 緑は私の肩を握って身体から離すと顔を近づけ、優しくキスをした。

 唇を重ねている間は時が止まっているようで、永遠の時間のように感じる。

 しかし永遠など存在しない。

 もうすぐ別れの時だ。

 私はそっと彼から離れると涙交じりのクシャクシャな笑顔で、


「ありがとう。緑。もうお別れの時間だ。あなたは私のこと忘れてしまうけど、私はずっと忘れないから」


 突然こんな事を言っても緑は訳が分からないだろう。

 彼は私が未来人であることなど知るはずもないのだから。

 空には強い風と共に強制送還用のタイムマシーンがやって来て、私は光に包まれる。


「未来でこの場所がまだあったら、二本の桜の間を掘ってくれそこに──」


 そこまで聞こえると私は過去から完全に姿を消したのだった。



 目覚めると私はベッドの上だった。

 病室の窓から見えるのは私の住む未来の景色だ。


「お疲れ様、セリナさん」


「先生……」


 私は呆然としながらも横に立っている南先生を見上げた。

 

「体の方は異常ないらしいから大丈夫よ」


 どうやら私はタイムトラベルによる体の変化を検査していたらしい。

 先生の言葉に小さく首肯すると上半身を起こした。


「そう言えばパラドックスポイントの結果で一つ変化が起こった場所があったらしいわ。特に修復する必要はないとのことで、そのままにしてるとのことだけど」


 パラドックスポイントとは過去に行った者が行動した結果、未来に変化を与え、変わってしまった部分のことを指す。

 大きく変化してしまった場合は修正され元に戻されるが、小さい場合はそのままにしていることが多いらしい。

 

「それってどんなことですか?」


「桜の木が2本残されてるんだって。もしかして彼との──」


「先生! ちょっと行ってきます!」


 待ちなさいと声を上げる先生を振り切って私は桜の木があるであろう場所に向かって走った。

 だいぶ道は変わっているが、それとなく分かる。

 それに植物の無いこの都市で桜の木はかなり目立つだろう。


 春の朗らかな風を体に浴ながら走っているとそれらしき物が見えてきた。

 都市の中にひっそりと佇む2本の桜の木。

 過去に見たときはもっと高い場所にあったが、海面が上昇した未来では小さな丘くらいの高さだ。


 ピンク色の花を大仰に咲かせ、風が吹くと雪のようにふわっと舞って地面に降り積もっている。

 美しい桜に目を奪われつつ、私は2本の桜の間に立った。

 緑が別れ際に言っていたことを確認するために手で地面を掘り進める。


 だいぶ掘ったように感じるが、なにも見えてこない。

 もう無くっているのかもしれない。

 ふと、頭によぎり、土で汚れた手を見つめる。


 ──でももう少し。

 そう自分に言い聞かせると再び地面を掘り進めた。

 すると手に固い鉄の感触が伝わる。


 急いで土を掻き分けボロボロの金属の箱を取り出して開けると中には一枚の手紙が入っていた。


『セリナへ。君がこの手紙を見ているときは、もう未来に帰ってるのかな? 俺は一つ謝らないといけないことがある。君の日記帳を勝手に見てしまったことだ。でもそのおかげでセリナが未来から来たことを知れた。そして残された時間が少ないことも知った。俺になにかできないかと考え、あの時言った春の桜を見せてあげたいと思った。君の目の前で見えているか分からないけど、願いを込めてもう一本桜の木を植えたよ。また、きっといつかどこかで会えると信じて。』


 私はその手紙を見て涙を流す。

 突然強い風が吹き抜け、桜の花びらが盛大に舞うと私は朧気な春の空を泣き笑いながら見上げたのだった。

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