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私、失敗しました

 翌日。

 学校に行くと私が探していた日記帳はご丁寧に机の上に置かれていた。

 まあ見られても私のことは忘れてしまうのだから特に気にする必要はないだろう。とりあえずあって良かった。


 それよりも明日で学校は修行式を迎える。

 どうやら今週の土曜日には花火大会が近くの河原であるらしく私はそこで緑に気持ちを伝えようと考えていた。

 何はともあれ誘わなければ始まらない。

 私は着席して隣の緑が来るのを待った。


 しかしその日彼が現れることはなかった。

 そして終業式当日。


 授業は午前のみで式を終えたホームルームの時間に緑は姿を現した。

 彼は山内先生に少しばかり説教を受けると自分の席に着席する。

 

「昨日はどうしたの?」


「まあちょっと色々やってて。そういえば今週花火大会あるだろ? 一緒に行かないか?」


 言おうとしたことを突然言われて、呆気にとられる私。

 まさか向こうから言ってくれるなんて夢にも思わなかったので、喜びのあまり大きな声で「うん! 行くっ!」と返事を返した。

 しかし今はホームルームの時間。

 私の声が教室に響くと先生も含めてみんながこちらを振り返る。


「どうしたんだ? 木南? 静かにしろ」


「あ、その、なんでもありません……」


 山内先生に注意を受けた私は緑と目が合うと二人して小声でクスクスと笑い合った。



 夏休みとなり、園芸部員の緑は毎日の水やりや世話を欠くことができないため、ほぼ毎日学校に来ていた。

 私も少しでも多く一緒に過ごすために学校に行って園芸部の手伝いをすることにした。

 今までの私では考えられない行動だ。

 いつかどこかで恋は人を変えると聞いたことがあるが、まさか自分で経験することになるとは思ってもみいなかった。

 8月も近くなり、外は纏わりつくようなジリジリとした熱気に覆われている。

 さすがにこの時代の気温に慣れてきたといっても、この暑さは予想以上だった。


「セリナ、大丈夫か? 無理しないで休んでろよ」


「そ、そうする……」


 水やりしていたホースを地面に置くと私は日陰のある校舎裏に向かった。

 冷たくひんやりとしたコンクリートの壁にもたれかかると緑と初めて出会った時のことを思い出す。

 時間としては全然経っていないのだが、なぜか昔の記憶のような感じがして私がこの時代にいるのが当たり前のように感じる。

 きっとあの時、私が学校を出て、倉庫に入らなければ緑とこんなに仲良くなれることもなかったし、恋なんてしていなかったのかもしれない。


 運命とか必然とかそんなことを信じるタイプではないが、自分の行動が今の状況を作り出してくれたことをありがたく思う。

 しばらく体操座りで休憩していると水やりを終えた緑がやって来た。

 彼は白のTシャツの襟を手で掴みパタパタと扇ぎながらタオルで汗を拭いていた。


「お前もいろいろ忙しいのに手伝ってくれてありがとうな」


「いや、むしろ暇だから来てる感じだし」


「そうなのか? それは助かる」


 そう言って笑う緑に私は何も考えずに飲みかけのスポーツドリンクを手渡した。

 彼はお礼を言ってゴクリと勢いよく飲む。

 その途中、間接キスであることに気が付いて私は頬を紅潮させると静かに俯いた。


「うまかった。ありがとうな、ってどうした?」


「な、なんでもなす……よ」


「そ、そうか。とりあえず作業も終わったしセリナはこれからどうする?」


「特になにもないけど」


「じゃあちょっとどっか行かないか?」


「行く行く! どこかいいとこあるの?」


 小首を傾げて尋ねる私に緑は大きく頷くと支度するように促した。

 それから制服に着替え、最寄りの駅に到着すると電車に乗り込み目的の場所へと向かう。

 車窓から流れる景色を見ていると青く広大な海が見えてきた。


「もしかして海?」


「ああ、せっかくの夏だしな」


「でも水着とか持ってきてないよ」


「現地で借りれるとこがあるし、大丈夫だろ。着いたみたいだし行くぞ」


 海に到着すると水着を借りにレンタルショップを訪れた。

 スタイルに自信のない私にとっては水着は鬼門だ。

 私は店の店員に露出が少なく、体のラインが出ない水着を選んでもらった。

 真っ黒で華やかさには欠けるが、これで大丈夫だろう。

 そう思って手早く着替えると緑の待つ砂浜に向かった。


 夏休みということで人は多く、やや混み合っている。

 人混みをかき分け進むと引き締まった体の緑と燦々と輝く太陽と共鳴するようにキラキラと輝く海面が見えてきた。


「ご、ごめん待った?」


「お前その格好……」


「え? やっぱり変かな?」


「いや、変じゃないけどウェットスーツってのはなんか斬新だな」


 笑う緑に私はぷくっと頬を膨らませるとウェットスーツを脱ぎ始める。

 

「おい、セリナ、な、なにを」


「店員の人に、変って言われたらこっちを見せなさいって言われたの」


 私は下に来ていた黒いワンピースの水着に着替えると呆気にとられている緑をちらりと一瞥した。


「に、似合うかな。あんまり自身なくて……」


「すごく似合ってると思うぞ」


 本心かは分からないがそう言ってくれたことに満足すると「ありがとう」と礼を言った。

 それから海に入り、水を掛け合ったりして遊んでいると同い年くらいの女の子が緑に声をかけてきた。


「あ、やっぱり緑君だ。あの子はお友達?」


「ミカか? 同じクラスの木南セリナだ」


 親しげに話す2人はどうやら1年生の時に同じクラスだったらしい。

 そして少し恥ずかしそうに話すミカという女の子は緑に恋心があるように見える。


「緑君。明日連絡しようと思ってたんだけど今週の土曜日花火大会あるじゃない? 一緒に行ってくれないかな?」


 唐突な誘いに眉根を寄せて困った顔をした緑。

 彼女も一生懸命誘ったのだろう。

 私はちゃんと好きと伝えれればそれでいいし、この時代にいるはずのない私が彼を独占してしまうのは良くないことなのかもしれない。


「ごめん、俺は──」


「みんなで行こうよ」


「おい、セリナ」


「みんなで行ったほうが楽しいじゃん。多分、きっと、そう……」


 これでいい。私は自分自身の行動に強制的に納得すると、苦手な作り笑いをして緑を瞠った。


「セリナさん……だっけ? ありがとう。じゃあ緑また連絡するね」


 明るく、元気溌剌そうな彼女が去っていくと、体に打ち付けるちゃぷちゃぷとした波の音だけが耳に響いた。



 それから二日経ち花火大会当日を迎えた。

 一応浴衣を買いそろえた私はメイドロボットに着付けをしてもらって待ち合わせの河原へと向かう。

 そう言えば未来では小さい時に1回だけ花火大会に行ったっけ。


 それにしても帯というのは苦しいし、草履というのは足の指の間が痛い。なんと不便な服なんだろうか。

 しかもトイレもしにくいという特典付きだ。


 夏特有の生暖かい夕暮れにそんな不満を頭の中で逡巡しながら河原に到着すると、緑とミカ、それと知らない男女が大勢いた。

 確かに私はみんなとは言ったが、みんながみんな来て良かったわけではない。

 こんなにたくさんいると正直かなり困る。

 少しはマシになったと思っていた自分の人見知りはまだまだ治っていないらしい。


「セリナ大丈夫か? 俺たちだけでも抜けようか?」


「話さなければ、だ、大丈夫」


「それ、全然大丈夫じゃないだろ」


 優しく気遣う緑に強がりを言うとみんなに頭を下げた。

 そうこうしていると日は沈み花火大会が始まる。


 火の玉が夜空に舞い上がり、大輪の花を咲かせるたび観衆からは感嘆の声と拍手が起こる。

 真っ黒な河川の水面にも花火のキラキラ光る色彩が反射して、これもまた綺麗だった。

 今日が終われば、明日私は未来に帰る。

 別れの悲しみを押し殺して、横目で緑を見ると不意に目が合い、私は視線を花火に戻した。


 花火大会も終盤に差し掛かり、周りのみんなは何やらいそいそと動き出して落ち着きがない。

 不意に知らない女子に肩を叩かれ、耳打ちされる。


「ごめんね。これからミカが緑くんに告白するんだ。だから二人っきりにさせてあげたくて。協力お願い!」


 それを聞いた私の頭の中は真っ白になった。

 しかし思考停止しているはずなのに胸は締め付けられるように痛い。痛いのだ。

 まさかこのタイミングで告白が被ってしまうとは……。

 しかも向こうは団体での行動で今更私が告白する予定でしたとは言えない。

 不意に立ち上がった私に緑は、


「どうしたんだ」


「ちょっとトイレに……」


「道わかるか? 着いていこうか」


「いい。いらない」

 

 言葉少なく冷たく言い放つと訝しがる彼を残し、私は踵を返してその場から離れた。

 遠巻きに見える緑とミカの背中。

 私は歯を食いしばり、必死で涙を堪えて終わるまでその場にいようと頑張ったが結局耐えることはできなかった。


 その晩掛かってくるスマホの着信を見ることもなく、目を腫らしながら泣いている自分がいた。

 そして未来に帰る当日の朝を迎えたのだった。



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