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私、恋しました

 緑と出会って2週間の日が過ぎた。

 彼と過ごす日々は私にとっては新鮮で、色々なことを教えてくれた。

 木の種類や野菜、花の育て方。

 未来に帰ったらおそらく役には立たないだろうが、試しに育てたもやしの芽が出た時は少なからず感動した。

 

 しかし結局のところ私は園芸部には入っていない。

 世話好きな緑が教室の隅で友達もできず1人でいる私を気にかけて昼放課や放課後に連れ出してくれるのだ。

 ぼっち至上主義だった今までの私だったら迷惑この上ないが、今はなぜだか緑といるのが心地いい。

 そんな私たちを見てクラスのみんなは付き合っていると思ってるらしいがそれはない。


 よくよくクラスの人から緑のことを聞いてみると彼は学校でも人気は高いらしく、見た目に反して心優しいというギャップにやれれる女子は少なくないようだ。

 まあ私は特段顔も良くなければ、人に好かれそうな要素も特にない。

 引きこもり気味のぼっちと学校の人気者が釣り合うわけないのだ。

 だがそんな自分自身で自覚していることなのに、胸の中ではなぜかモヤモヤが立ち込めていて晴れることはない。



 放課後になり、いつものように緑が私に声をかけてくる。


「今日、俺が一番好きな場所があるんだけど行ってみないか?」


「いいけど、遠いとこ?」


「ちょっと遠いかな。まあ自転車で行くから大丈夫だ」


「私自転車ないけど……」


「校門出てちょっと行ったコンビニの前で待っててくれ」


 そう言われて私はコンビニの前で独りポツリと待っていた。

 数分後、自転車を勢いよく漕ぐ緑が手を振りながら現れた。


「ごめんな。学校で二人乗りはさすがにできないからな。さっ、後ろに乗ってくれ」


「倒れたりしないよね? 私、自転車自体初めてなんだけど」


「大丈夫だ。怖いなら俺のお腹に手を回せ」


 緑は私の手を取り荷台に座らせる。

 私は少し目を瞑りながら彼のお腹に手を回すと体を密着させた。

 大きくて暖かい背中に安心感を覚えると共に心臓は早鐘を打っている。

 緑に私の心音が聞こえてしまいそうで恥ずかしくなると少しだけ体を離した。


 街を抜け、郊外に出ると少し早いひぐらしの儚げな鳴き声が聞こえてきた。

 漂う雲は白かったことも忘れるくらいにオレンジの夕日を浴び、幻想的な世界を作り出している。

 ゆるい傾斜の坂道を私と緑は何かを話すこともなく進んでいく。


 小高い丘に登る階段が見えてくるとそこで私たちは自転車を降りた。


「ここに何があるの?」


「まあ見ればわかるって」


 ゆっくりと長い石段を上がっていき、頂上に到着すると目の前の絶景に私は目を瞠った。


「どうだ? いい場所だろ」


「うん。この街ってこんなに広かったんだね」


「そりゃ何十万人って人が住んでるんだからな。でもそう考えると世界って果てしなく広いよな」


 目前に広がる街並みとそれを燃やし尽くすように照らす沈みゆく夕日に目を奪われる。

 緑は私の肩をたたくとひっそりと隠れるように一本だけ佇んでいた木を指差した。


「あの木は桜で、春になるともっと綺麗だぞ」


「桜? どんな木なの?」


「お前の国にはなかったのか? ピンク色の花びらが咲く木だ。ここには昔2本の桜があって間に立ってお願いごとをすると願いが叶うって言い伝えがあったらしいが1本は枯れてしまったらしい」


「そうなんだ。見てみたいな桜……」


 小さく弱々しい声音で呟いた私に緑はサムズアップすると優しく微笑みかけた。


「来年になれば見れるさ。もう一本ここにも植えとくか」


「そ、そうだね。来年……見れるよね」


「ああ」


 私が未来に帰るまで残り2週間。

 緑はこうして私と見た景色も全て忘れてしまうのだろう。

 そして私と彼は二度と会うことはないのだろう。

 沈みゆく夕日を2人で見ながら私は涙をそっと拭った。

 


 7月も後半になり、もうすぐ夏休みだ。

 途中めんどくさい期末テストというものがあったが、未来の学校では勉強のレベルは格段に上がっており、高校2年の問題くらいどの教科も余裕だった。

 

 この頃には緑を通じて少しだけ友達もできた。

 変化はそれだけではない。


 私は自分の心のモヤモヤに気づいた。

 今まで恋などしたことがなかったから分からなかったが、私は緑が好きだ。

 紛うことなく彼のことが大好きだ。

 過ごした時間は短いかもしれないが、この気持ちは本物である。


 だが伝えたところでどうしようもないし、私はこの時代からいなくなる存在。

 ここで何か行動を起こしたところですべて無駄になるだけだ。

 この気持ちは心にしまって残り1週間を過ごそう。


 宿舎のマンションに帰ると玄関に一足のスニーカーが置かれていた。

 扉を開けると冷房がガンガンに効いた部屋で足を投げ出し、だらけてソファに座る南先生姿があった。

 先生はこちらに気づくと慌てて姿勢を正して「おかえりなちゃい」と噛みながら言ってお茶を飲んだ。


「先生どうしてここに?」


「セリナちゃんの様子が気になって特別に来させてもらったのよ。それにしても暑いわね。昔の人はこんな暑さで過ごしてたなんて関心しちゃうわ」


「過ごしてると意外に慣れるもんですよ。住めば都ってやつです」


「へーあなたにしてはなんかまともなこと言うのね。学校生活の方はどうなの?」


「今は、割と、楽しいかもです」


「ふーん。さては恋でもしたのかな?」


「にゃ、にゃんでわかるんですか!」


「いつも寝癖だらけのあなたがしっかり髪も整えて、ちょっと化粧もしてるじゃない。見る人が見れば気づくものよ」


 確かに今までめんどくさくてやらなかったあれこれを今更になってやっている。

 でも自分ではそこまで変わったとも思えないし、みんなからは特に何も言われない。

 おそるべしアラフォー間近の南先生。

 

「どんな人なのよ。いつも色々面倒見てあげてるんだから教えなさい」


「先生、それはプライバシーの侵害では……」


「ナマケモノのあなたにプライバシーがあるわけないでしょ。今まで遅刻とか欠席とかあなたが進級するために手を回してあげたんだからね」


 手を回すってどんなことをしたんですか先生。

 そして私はプライバシーのないナマケモノということで確定しているらしい。

 誠に遺憾の意である。


「まあ話したくないならいいけど、あと1週間で終わりだからね」


「そんなことわかってますよ」


 投げやりに言葉を吐き捨てる私を見て南先生は立ち上がると、握りこぶしに力を込めて震えている私の右手をそっと両手で掴んだ。


「その彼とは生まれた時代も違うし、もう会えることはないかもしれないけど芽生えた思いはしっかりと伝えた方がいいわよ。一見意味はないかもしれないけど、きっとセリナさんの心の糧になるわ。芽吹いたのなら最後までしっかり咲かせて来なさい」


「──南先生」


 私は目に涙を浮かべながら首肯すると南先生は頭を優しく撫でた。

 確かに告白すること自体は無意味かもしれない。

 でもきっと伝えずに未来に帰ったら後悔するに違いない。

 最終日にちゃんと緑に伝えよう。


「先生ありがとう。頑張ってみる」


 珍しく素直に南先生に対して私はお礼を言うと、先生は恥ずかしそうに小さく笑った。

 

「それじゃ私はもうすぐ帰るから、レポートの方もしっかり書いておくのよ」


「はい!」



 南先生が帰ったその晩、私はレポートを少しまとめようと思い、書き溜めていた28日分の日記帳を探していた。

 カバンに入れたはずだと思っていたが見当たらない。

 落とした可能性もあるが、学校の机の中に忘れてきてしまったのだろう。

 まあ、明日確認すればいいか。

 能天気にそう考えるといつもより早めに私は寝てしまったのだった。

 

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