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漆木デボラ曰く、宇世界は完全な世界である  作者: 吉永動機
第1部 チュートリアルは突然に
2/11

ep1 「テルキだからテルテルだな!」

窓から入り込んでくる朝日と、ささやかな小鳥の鳴き声。

『完全な世界』とやらが迎える『完全な朝』は、俺の想像通りのものだった。


「うー……ん」


広いベッドから起き上がり、『完全な寝覚め』を享受する。

——眠い。ダルい。二度寝したい。

いや、これのどこが完全なのか。生前となんら変わりない。

できることなら「あと五分〜……」とムニャりながらもう一度布団を被りたかったが、さすがに転生した一日目くらいはスッと起きよう。

グッと強く体を伸ばす。フワフワとした眠気成分が体から抜け落ちるような感覚。

このへんも以前と同じだ。体が特別なものになったということはないようだ。


「なんなんだ〜宇世界〜♪ どーこーがー完全なんだ〜♪」


即興で謎の歌を口ずさみながら、パジャマから昨晩用意された服に着替える。

チノパンのような普通の黒いズボンと、胸に小さなトカゲのワッペンが付いた水色のシャツだった。——ほとんど高校の夏服みたいだな。

死んでもなお転生できて、こうして新しい朝を迎えるのは喜ばしい限りだが、いかんせん『宇世界』がどういうものかという不安はある。

そんな嬉しさと不安を歌ったのが、今の歌だ。


「おはようございます」


——と。

背後から爽やかな挨拶がかかった。


「とても良い歌ですねぇ」


振り返ると、部屋のドアの前に漆木デボラが立っていた。


「うっ、漆木さん!」


「デボラでいいですよ」


慌てふためく俺をよそに、彼女は朝にぴったりな微笑を寄越した。


「デボラさん、……いつからここに?」


「たった今ですよー♪」


「……よかった」


俺がホッと胸をなで下ろしていると、


「朝食の準備ができていますので、下のリビングルームへどうぞ」


と言いながら踵を返した。

そしてボソリと、


「いやぁ、それにしても可愛い寝顔でしたねぇ」


と、呟いた。


「えっ、ちょ! ——やっぱりずっといたの!?」


一気に顔が熱くなる。

変な歌のみならず、寝顔まで……?

『宇世界』にプライバシーはないのか……!?

やっぱりなんなんだ、宇世界……。

見知った顔のデボラさんだったからまだ良かったものの、知らない人が突然現れたら女の子みたいな悲鳴をあげちゃうぞ。


「いい反応です。ボケ甲斐がありますよ」


デボラさんは意地悪そうに歯を覗かせて、階段を降りていった。

トタタタ……と優しい音が遠ざかった。


「……なんだ、ボケだったのか……」


と、安堵は——できなかった。

自由に部屋に出入りできてしまう程度にはプライバシーがないことには変わりないのだから。

『宇世界』に悪人がいないことを祈りつつ、俺も部屋を出て階段を降りた。


×


リビングには大きな丸テーブルが鎮座しており、その席のひとつに先客がいた。


「おはよう新入り! いい朝だな! そして我が完全なる住処『メゾン無量大数』へようこそ!」


喉にメガホンでも埋め込んでいるのかというほど大きな声で、その先客——見たところ、小学生くらいの女の子に見える——は俺に言った。

おかっぱ頭だが金髪という、どこかちぐはぐした印象の女の子だった。


「えー……と?」


情報が多すぎて適切なツッコミどころを見失ったため、傍に立っていたデボラさんに視線を送る。


「こら、トラトラ。自己紹介を最初にしないとでしょう?」


お姉さんのような口調で諭され、『トラトラ』と呼ばれた童女は「うむ! デボラ正論!!」と大きく頷いた。元気だな。

そして、


「オレの名前は無量大数トラトラ! 『メゾン無量大数』の大家にしてお前の教育係を任されることになった! デボラは忙しい身だからなッ、オレが『宇世界』のしきたりを叩き込んでやるぞ! よろしくな!」


そう言って、グッとサムズアップしてきた。口角から覗く八重歯が眩しい。

見ると、服はかなりオーバーサイズのTシャツ一枚をワンピースのように着ているだけだった。まあ、見えないだけでショートパンツくらいは穿いているのかもしれないが。

しかし、無量大数とかなんとか……脳内がいろいろと混乱をきたしている。

ひとつづつ解決していくことにした。


「えーっと、まず……無量大数トラトラっていうのが君の名前なの?」


「そうだッ! オレが先輩、お前が後輩だが、呼び名はトラトラでいいぞ!!」


こんなちっちゃい体のオカッパ童女(金髪だけど)が、俺の教育係? 違和感がすごいぞ。


「それで、この家の名前が、『メゾン無量大数』で……?」


「うむっ! その通り。オレが大家だ!」


こんな声がデカい童女(金髪だけど)に大家が務まるのか甚だ疑問だが、次の質問に移る。


「この『メゾン無量大数』には、他に誰が住んでるんだ?」


「住んでない!」


食い気味に、自信満々に言われた。


「誰も住んでない! お前だけだ!」


念を押された。

ここで俺は、タオルを投げ込むセコンドの気持ちで、たまらずデボラさんを見た。

彼女は苦笑気味に、


「テルキさんが最初の入居者なのですよ」


と口添えた。

……突然、不安で胸がいっぱいになった。

なんなんだ? ぜんぜんメゾンとして成り立っていないじゃないか……家賃収入とかどうなってるんだ?

——っていうかそもそも、俺、金とか持ってないぞ。こんなところに住んで平気なのか?

そんな不安を察したのか、トラトラが俺の背中をバシバシ叩いた。やめろ痛い。


「案ずるな! 時々オレが振る簡単な仕事さえこなしてくれれば、お前の住居はオレが保証するぞッ! オレはだいたいこのリビングにいるから、なんでも相談してくれよな!!」


そしてドン、と胸を叩くが、そのぺったんこの胸はいかにも頼りなかった。


「それで、お前の名前はテルキと言ったか?」


「うん、そうだけど……」


「テルキは言いづらいな! ……よしっ! お前は今日からテルテルだ! オレはトラトラ、お前テルテル! うん、いい感じじゃないかッ!?」


「そ、そうだね……よろしく……」


ニックネームの方が長くなってるし——

などとは言えず、トラトラに押し切られるようなかたちで、消え入るように肯定するしかなかった。


「うん、よかった! うまくやっていけそうね♪」


デボラさんは呑気に手を叩いている。

ああ、もう、帰りたい。元の世界に帰りたい。

それができないなら、もういっそ殺してくれ……。

そんな気分にさえなったのだった。

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