新たな依頼
いったん目を覚まし現実に戻ってきた私は、試しに左腕の包帯を解いてみた。
案の定、傷は癒えており、あれだけの出血が嘘だったみたいに肌がキレイに再生している。どうやら現実に反映されるのは、マイナスな現象だけではないらしい。
部屋の中には夕日が差している。暗くなっているものと思っていたけれど、眠ってからそれほど時間は経っていないようだ。
夢世界と現実では時間の流れが異なるのだ。こちらでの一睡の間、向こうで二日すごすなんてこともある。当初は時間感覚に混乱をきたしたものの、今では慣れてしまった。
少しして帰宅してきた父と母は、私が早退したことを酷く心配したものの、適当に言い包めてやりすごした。
睡眠を削るなど、今までの無理が一気に押し寄せてきたのか、体は疲労で限界だった。冷静に考えれば、夢世界を恐れるあまり、現実の体を壊してしまっては本末転倒なのだ。
なるようになれと、私は本日二度目の眠りに入った。
※ ※ ※ ※ ※
鍛冶屋の依頼完了による報酬をもらったあと、私はパメラの宿に戻り、今日のことを思い出していた。
ラデルたちと出会わなかったら、今頃どうなっていただろう? 私一人であいつらから逃げ遂せることができただろうか? 足の速さには自信がないし、スタミナもからっきしだ。捕まっていた可能性は高い。
安全な依頼だと思ったのに、身の危険に晒されない仕事はないのだろうか。
街の一般市民のように、通常の仕事で生活するというのも手だけれど、それで事態が好転するわけではない。私はこの夢世界ときっかり別れを告げたいのだ。その手がかりを掴むには、やはりこの冒険者という職業が一番な気がした。
募ってくる悩ましさに咽つつ、宿のベッドに入る。こちらの世界にいるときでも、夜になれば眠気は普通にやってくるのだ。
では、こちらの世界で寝た場合どうなるか? 答えは簡単だ。普通に夢を見るのだ。
どういうわけか、見る夢は決まって中学時代のものだった。
泣いている白河桐花と、彼女を囲む数人の女子生徒。そしてその光景を遠目し、ほくそ笑んでいる私……。
女子生徒たちが私のところに戻ってくると、彼女らが話す白河桐花の不甲斐なさにお腹を抱えて笑いながら教室へと戻る……。
目を覚ますと、そこはパメラの宿の部屋で、現実の私はまだ覚醒しないようだ。
胸の奥に生じた罪悪感が消えるのを待ってから一階に下り、テーブルでパメラが用意してくれた朝食を口にする。
不意に宿の入口が開き、来客を知らせるベルが鳴る。
「ようクロエ。元気してたか」
「朝早くにゴメンなさいね」
やってきたのはカイとゲルダだった。
「二人共、久しぶりじゃない。最近ちっとも顔を見ないから、別の街に移ったんじゃないかと思ってたわよ」
懐かしい二人の登場に、私は食事を中断して椅子から立つ。
「ちょっと依頼が忙しくてな」
「西方で魔物が大量に発生しちゃってね、私とカイも討伐の仕事で大忙しだったのよ。今ようやく落ち着いたところね」
二人は私とは違い、遺跡調査や魔物討伐まで、ギルドの依頼を幅広く熟している。まだ若いながら冒険者としての実力は高いようで、指名依頼までくるそうだ。
「ところで話しは変わるけど、今日、クロエは依頼の予定あるかしら?」
依頼はまだなにも受けていない。これからギルドに赴き掲示板を眺めるところだ。
そのことを伝えると、二人は顔を見合わせ、ニッと笑みを浮かべる。
「実はクロエに手伝ってもらいたいことがあってきたのよ……」
私に手伝ってもらいたいこと? 予想外の展開に驚きつつ話しを聞いてみる。
どうやら二人は現在、荷物運搬の依頼を受けており、これから現地に出発するらしい。ただ二人だけでは手が足りないらしく、あと一人必要とのことだった。
「俺たちが知っている冒険者はクロエだけだし。どうだ、頼まれてくれるか?」
「オーケー、私に任せて」
断る理由はない。二人には色々助けてもらった借りがあるし、それに依頼料もなかなかだ。
「そうくると思ったぜ」
カイはヒューと口笛を吹く。
「なるべく早く出発したいんだけど、すぐ出れる?」
「わかった、急いで支度するから待ってて」
私は二階の宿泊部屋に駆け上がり、大急ぎで支度するのだった。