思わぬ助け。そして出会い
私の怪我のことは教室で話題になっていた。それというのも、北方裕子が私の腕に傷ができる瞬間を目撃していたからだ。
「本当よ、私この目で見たんだから。黒江のやつ気持ちよさそうに寝てるな、って思ってたら、急に腕から血が滲み出てきたのよ」
「シャープペンの先で引っかいたって聞いたわよ?」
「そんなわけない。傷ができるのもはっきり見たし。まるで刃物で切ったみたいにキレイな傷だったわ」
「そういえば昔のホラー映画にそんなのなかったっけ? 爪をはやした殺人鬼に夢の中で襲われるやつ」
「知らないけど、そんなのがあるんだ。とにかく、黒江のやつ呪われたかもね。最近ようすも変だったし……」
そんな内緒話しを聞いてしまった。
精神的に限界だった私は、体調不良を理由に、その日学校を早退した。
家に帰ると疲労はピークに達し、どんよりとした眠気が沸いてきた。
現在、夢世界の私は窮地に立たされている。かつてないほど眠るのが怖い。とはいえ、永遠に眠らずにすごすのは不可能だ。遅かれ早かれ夢世界には戻ることになる。
前回は逃げながら転んだところで中断された。再開したらすぐに起き上がり、全速力で走るのだ。抵抗してしまった以上、今度捕まったらなにをされるかわからない。
やるべき行動をイメージしたのち、覚悟を決めてベッドで目を瞑った。
白い光の中に落ちて行く感覚のあと、頬に草の感触を覚える。夢世界に戻ってきたようだ。
体を起こすべく手に力を入れたとき、ビリビリと漏電のような音と共に、背後に迫っていた足音が消える。
振り向くと、追ってきた男の中の二人が地面に倒れている光景が見えた。
「その子から離れろ。この薄汚い盗賊共め!」
力強い声が辺りに響き渡り、残りの男たちと私は声の方に視線を送る。
こちらを見下ろす小丘の上には、三人の人影が確認できた。
杖を構えたフードの女性と、同じく杖を持った白い服の女性、そして剣の柄に手をかけた鎧姿の男性。
魔術師。ヒーラー。戦士。冒険者が有するクラスだ。さすがにこれくらいのことは覚えた、
「もう一度言うぞ。その子から離れろ。この薄汚い盗賊共め!」
三人のリーダーなのだろうか、鎧の男性が声を上げる。男性とは言っても、まだ幼さが残る顔立ちから、私とそう歳は変わらなさそうだ。
不意に魔術師が持つ杖が光り、男たちの一人が電流に撃たれて倒れる。さっきのビリビリはこれのようだ。
「ほらほら、言うこと聞いといた方がいいわよ。それとも全員同じ目に遭いたいわけ」
魔術師は杖を構えながら挑発的な警告を発する。
残った男たちは、「ほざけガキ共が!」と声高らかに三人に向かって行くも、剣士の剣技と、魔術師の魔法の前にあっさり打ちのめされてしまった。
「大丈夫でしょうか」
ヒーラーが私のところに走ってきた。
「あら大変。じっとしていてください。今治療して差し上げます」
彼女は私が傷を負っていることに気づくや、杖を掲げ、なにごとか呪文を唱え始めた。
すると左腕を蝕んでいた痛みが和らいでゆき、やがて完全に消える。血を拭ってみると、傷は完全に塞がっており、傷痕すら残っていなかった。
「これが回復魔法なのね。すごいわ……」
「全ては癒しの女神ノルティスの愛が成す奇跡です。私は彼女に祈りを捧げたにすぎません」
そう言って彼女は自身の杖を胸に抱く。
「そっちは大丈夫か」
「あいつらは木に縛りつけといたから、ラバマについたら衛兵に通報しましょう」
剣士と魔術師もこちらにきた。
「ありがとうございます。助かりました」
地面にヘタリ込んだまま、私は三人に深々と頭を下げる。
「例には及ばないさ。当然のことをしたまでだ」
剣士は照れたように鼻を擦る。
「助けを呼ぶ声が聞こえたからきてみれば。女の子が男集団に襲われている。放っておけと言う方が無理ってものね。……見たところ、あなたも冒険者よね。依頼かなにか?」
魔術師は子供を相手にするように、しゃがんで目線の高さを私に合わせる。
私は簡単に経緯を説明した。
「あの人たちは強盗だけでなく、人身売買にも関与していたのですか。許せません。アトラさん。いっそ今あの人らを火炙りにするのはどうですか。汚物は消毒するに限ります」
「ノルルはたまに過激なこと言うよね。ダメよ、殺人はしないのが私たちのポリシーよ。ねえ、そうでしょ、ラデル」
「そのとおり、どんな悪いやつでも、命だけは奪わないのが俺たちのやり方だ」
そう言って剣士は自分の胸を叩く。
剣士がラデル、魔術師がアトラ、そしてヒーラーがノルル。覚えた三人の名前を頭の中で復唱する。
どうも三人はラバマに行く途中らしく、私は彼らに同行して帰ることになった。
逃げるときに捨てた籠に火炎木の実を拾いなおし、三人と一緒にラバマへと戻る。
入口の衛兵に事情を告げると、すぐさま盗賊たちを逮捕すべく衛兵たちが走った。どうもあの盗賊たちには懸賞金がかけられていたらしく、ラデルたちは思わぬ収入に機嫌をよくしているようだった。
「俺たちはしばらくこの街を中心に活動する。もしかしたら依頼で一緒になるかもな」
「縁があったらまた会いましょう」
「それではお元気で。ファーマと共にあらんことを……」
彼らと別れ、私は依頼人とギルドへの終了報告を終えるのだった。