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異世界転生は夢の中で  作者: 実乃里
第一章 夢世界は危険地帯
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ドリームワーカー

 あれから数日が経過した。私は夜眠るたびにあの世界に赴いている。自分の意志ではないので、吸い込まれていると称した方が正解だろうか。

 なんども経験したように、あの世界は私が現実に戻っている間、時間が停止しているようなのだ。まるで席を離れる間、DVDを一時停止させるように。そして眠ると同時に続きから再生される……。

 恐ろしいのは、あちらの私に起きたことが、現実の私に反映されてしまうことだ。怪我などはその最たる例で、あちらにいるとき指を切ったとすると、起きたとき現実の私も同じ場所に同じ傷を負っているのだ。もしあちらで命を落とした場合どうなるか、考えただけで背筋が凍る。負傷だけでなく、空腹や疲労なども現実に反映されるため、朝起きた時点でヘトヘトになっていたりもする。夢の中は私にとってもう一つの現実となってしまった。

 あの世界のこともある程度わかった。住民たちは自分たちの世界のことを、『ウェスセブン』と呼んでおり、その中にある『アローシュ』という国に今私はいる。

 そこかしこに化け物がウヨウヨいるとんでもない国だ。正式には『魔物』で、遺跡で私たちを襲ったのはコボルトという種類だ。他にも、オークやら、ゴブリンやら、オーガやら、トロールやら、ドラゴンまでいるそうで、聞いただけで眩暈がしてくる。

 ネットで異世界転生というものを調べてみた。漫画などで昔からあるジャンルなようで、様々な作品が検索にヒットした。内容は大よそ一緒で、原因不明の事象で現代人が異世界に行き、そちらで大活躍するといった物語だ。活躍こそできないも、今の私はこれと同じ状況と言える。すなわち夢の中での異世界転生だ。

 ……早瀬ならなにかわかるだろうか? あいつはこの手の本をたくさん読んでいるようだし、多少なりとも力になってくれるかも。そんな無駄な考えを抱いたりもした。

 結局話したところで信じてはくれないだろうし、未だ誰にも打ち明けないまま、私は文字どおり悪夢に魘される日々をすごしていた。

 現実だけでなく、夢の世界でも私は苦労している。なにせ食べなければお腹は減るわけで、お金を稼がなければ生きてはいけない。やむなくギルドの依頼をいくつか受けたりした。ただし、植物の採取や収穫の手伝い、害虫の駆除など、魔物との戦闘がないものばかりだ。藪に入り薬草に手を伸ばしたり、半日中腰になり小麦を刈ったり、気持ちの悪い虫に集られながら巣を除去したり、辛い体験を何回もした。街の錬金術師が作った新薬の被験者になったときは最悪だった。滋養回復剤ということだったけど、飲んだあとしばらく発熱が続いたりもした。それだけのことがあっても、得られた報酬は微々たるもので、お金を稼ぐ大変さが身に染みているところだ。

 一刻も早くこの夢を終わらせなくてはならない。なにかヒントが得られればと、意を決してカイとゲルダに全ての事情を打ち明けた。


「俄かには信じがたいが、クロエの今までのようすを考慮するに、頷ける部分もあるな。ゲルダはなにか思い当たるか? エルフ的考察を聞かせてくれ」

「魔法的な作用によるもので間違いないとは思うけど、少なくとも私が知っている魔法の類ではないわね。可能性としては古代魔法かしらね。あれならなにが起きても不思議じゃないわ」

「王都の大賢者ならなにかわかるかもしれないな。ただ、一般人が会うのは相当難しいぞ」


 王都はラバマの遥か北西に位置している。例え行くにしても、まとまったお金がなければ無理だろう。結局、当面の間身動きは取れそうになかった。

 ままならない状況への苛立ちと、現状を直視することへの恐れから、いつしか眠ることが怖くなってきた。夜は遅くまで起き、極力睡眠時間を削るようになった。

 連日寝不足で登校し、体調がおぼつかない日々をすごしている中、ついに限界がきた。

 つい授業中にウトウトしてしまい、夢世界へ降りてしまったのだ。

 居眠りをしてしまったことに頭を抱えるも、もはやあとの祭りだ。仕方なく夢世界での活動を開始することにした。


「クロエさんお出かけですか」


 廊下に箒をかけていたパメラが私に気づく。


「ちょっとギルドへね。新しい依頼でも出てないかと思ってね」


 私は未だパメラの宿に厄介になっている。さすがにタダでの宿泊は気が引けるので、指定された金額を支払ってはいるけど、恐らく通常宿泊よりだいぶ負けられているだろう。パメラには感謝してもし切れない。

 ギルドに入ると、リサさんが手配書の貼り換えを行っていたところだった。


「黒騎士団、また賞金が上がったんですか?」

「ええ、昨日また村が一つ襲われたみたいなのよ」


 つい三日前、北にある村が黒騎士団の襲撃を受けたばかりなのだ。そして今朝もどこかの村が被害に遭った。この襲撃の頻発は不安を抱くにじゅうぶんだ。


「今度はどの村が襲われたんですか?」

「南にある漁村よ。詳しい話しは届いてないけど、全民家が焼き払われたらしいわ。村内には小規模ながら衛兵の駐留所もあったそうだけど、そこの衛兵も全滅だそうよ。クロエさんも遠出するときは注意してね」


 私は軽い震えを覚えながら強く頷いた。絶対にやつらと遭遇なんてしたくない。

 その後、いつもどおり採取の依頼を受注し、依頼主のところへ赴く。依頼主は鍛冶屋の主人で、火炎木の実を採取してほしいとのことだ。火炎木とはいっても、別に木が燃え盛っているわけではない。この木になる実が持つ特殊な性質からつけられた名称だ。火炎木の実は強い衝撃で割れた際、火花を発生させるのだ。豆粒ほどの大きさで、火打石より着火が容易なため、多くの冒険者や旅行者が火種として携帯しているそうだ。

 幸いラバマ周辺の山には火炎木が多く生育している。実の採取は容易に進み、私は肩にかけた籠を実でいっぱいにして帰路に着いた。

 快晴の空に浮かぶ入道雲を見上げつつ街道を歩いていると、前方から二人の男性が歩いてきた。

 二人共両目にギラギラとした眼光を称えており、イヤな感じがした。街の人たちとは違う、殺伐とした雰囲気を纏っている。

 すれ違うことに躊躇し足を止めたとき、何者かに後ろから羽交い絞めにされた。

 走って近づいてくる前方の二人。その手にはナイフが握られている。更に左右の森からも三人の男たちが現れ、この状況が切迫したものであることを物語る。


「お嬢ちゃん、お行儀よくしてな。暴れると怪我をするぜ」


 そう言って前方の一人がナイフをチラつかせる。


「そうそう、大人しくしてれば俺たちだって優しくできるってもんだ」


 もがくのをやめると、私を押さえている男が猫撫で声で語りかけてきた。その余りの不気味さに、全身に鳥肌が立つ。


「どうする、近くで見るとなかなかの上物だぜ。ちっとだけ予定変更しねえか?」


 左の男が深く息を吐きながら、いやらしそうな顔をする。私はたまらず顔を背けた。


「マヌケ、俺たちゃプロだぜ。商品に手をつけるなんざ、プロあるまじき行為だ。予定どおり人買いに引き渡す」

「お嬢ちゃん、新人冒険者だろ。いくら冒険者になったからって自分を過信しちゃいけねえや。一人で外をうろつくなんざ、わざわざ俺たちに狙ってくれって言っているようなもんだ」


 こいつらの目的は理解した。このままでは取り返しのつかない事態に陥ってしまう。是が非でも逃げなくてはならない。


「そこの人、助けて!」


 私が叫ぶと、男たちはハッと周りを見やる。

 フェイクだ。注意が逸れた隙に、私は押さえている男の脛に、思いっきり踵を打ちつけた。

 怯んだところへ、続けざま肘で脇腹を殴打し、拘束を脱する。以前テレビで見た痴漢への対処法だ。

 このまま走り去ろうとしたとき、左腕に鋭い痛みが走った。

 突然のことに身を竦ませた瞬間、靴底がズルリと地面を滑り、気づくと私は傾斜を転がり落ちていた。

 体を起こすと、左腕からはダラダラと血が滴っている。上を見上げると、男たちがナイフを手に傾斜を降りてくるところだった。傷の原因はあれだ。

 籠を捨て、左腕の傷を押さえながら逃げ、途中で転んだところで夢が中断された。

 現実に戻ってきた私を出迎えたのは、隣りの席にいる北方(きたかた)裕子(ゆうこ)の悲鳴だった。


「黒江、腕から血が出たよ!」


 彼女は私の左腕から滴る血を見て、取り乱している。

 教室は騒然となり、私はすぐに保健室へと走った。

 保健の先生からは、当然なにがあったのか聞かれた。私はありのままを話した。すなわち、居眠りしていて、起きたら怪我をしていたと……。

 ペン先かなにかを引っかけたのだろうということに話しは落ち着き、私は腕に包帯を巻かれて保健室を出た。


「黒江さん、大丈夫ですか」


 保健室の前には、白河桐花が立っていた。


「なんであなたがいるのよ?」

「黒江さんのことが心配で……。ほら一応、学級委員長だから。それで怪我はなんともないの」

「平気よ。私のことはいいわ」

「でも……」

「いいから放っておいてったら!」


 白河桐花の手を振り払い、私は教室へ戻った。

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