夢は彼女を逃さない……
私の祈りは無残にも拒否されたようだった。
豪快に剣を振るうカイ。弓と魔法を巧みに使うゲルダ。周りをちょこまかと動く小さな半獣の化け物。目の前に広がるのは昨日と同じ光景だった。
ショックで私は持っていた剣を地面に落とす。
「なんでなの! どうしてなのよ! こんなの嘘よ!」
私は悲鳴交じりに叫んだ。
大声を上げたことで化け物たちの注目を集めてしまったらしく、二匹が私の方に襲いかかってくる。
急いで剣を拾い、構えるも、戦いの経験はない。
二匹が近づいてくるのを絶望的な心地で待っていると、不意に横から飛んできた火の玉が、化け物の一匹を丸焼けにする。やったのはゲルダだ。彼女が魔法でこちらを援護してくれたのだ。
倒したのは一匹だけだったものの、着弾の衝撃でもう一匹が地面に転倒する。
私はそいつが起き上がる前に駆け寄り、力いっぱい剣を振り下ろした。頭部に向かって、なんども剣を叩きつけているうち、やがて化け物が動かなくなる。
這う這うの体でパメラところに戻った私は、彼女と共に石柱の陰に隠れ、互いに抱き合って身を震わせる。
十匹ほどだった化け物たちは、その後カイとゲルダの活躍でどんどん数が減り、ついに最後の一匹が息絶えた。
「周囲に敵影なし。戦闘終了だな」
カイは周囲に危険がないことを確認し、剣を鞘に戻す。
「二人共、怪我はない」
心配そうにこちらに歩いてくるゲルダ。
「終わったみたいですよ、クロエさん。もう大丈夫ですから、手を放していいですよ」
パメラは縋りついていた私の手を優しく解く。
「ありがとうございます。みなさんのおかげで助かりました。やはり依頼を出して正解でした」
パメラに頭を下げられるも、気分は複雑だった。
「気にすんなって、誰でも最初はあんなもんさ」
「初依頼でコボルトを一匹仕留めたんなら上出来よ」
カイとゲルダは慰めてくれるも、狭い肩身が広がることはなかった。
気分が沈んだまま街に戻り、ギルドで報酬を受け取る。カイとゲルダの好意により、報酬は私が満額もらうことになった。その額十ラロッド。日本円に照らして僅か千円。命の危険に晒されたのに千円だ。全然割に合っていない。
肩を落としてギルドを出ると、辺りには夕日が差し、この世界の一日が終わろうとしていた。
「それじゃあな。俺たちは宿に戻るぜ」
「また明日会いましょう」
二人と別れたところで、今夜のことをまるで考えていなかったことに気づく。
野宿する勇気はないので、どこか適当な宿に泊まる必要がある。大きな街だ。格安宿が一軒くらいあるだろう。
「あのー、クロエさん」
声をかけてきたのはパメラだった。ギルドでの依頼終了の手続きが終わったらしい。
「今夜泊まるところは決まっていますか?」
「ちょうど今、この街で一番安い宿屋はどこかな、て考えてたところ」
パメラはパンと柏手を打つ。
「ならうちの宿はどうですか。クロエさんなら歓迎しますよ」
「ほんと、お言葉に甘えさせてもらうわ」
私はパメラと一緒に、彼女の宿へと向かう。
パメラの宿は小さなものだった。一階には接客カウンターと厨房、浴室。二階には小さな部屋が五部屋のみ。お世辞にも豪華とは言えないけれど、今の私には贅沢を言う余力などない。
「ちなみに一泊の値段はいくら? 余り持ち合わせがないもんで……」
「クロエさんならタダでいいですよ。こちらで色々と大変な目に遭ったみたいですし。私としても助けてもらった恩がありますから」
パメラは屈託なく語ったのち、「それに、困っている人がいたら助けるのが普通でしょ」と後に続けた。
その言葉は私の胸をチクリと刺激した。
「どうかしましたか?」
「いいえ、なんでもないの。ありがとう、泊まらせてもらうわ」
脳裏に浮かんできた放課後の白河桐花の姿を振り払い、私は引き攣った笑みを浮かべた。