魔物との初遭遇
宿屋はギルドからほど近い場所にあり、入口をノックすると一人の少女が応対に出てきた。
歳は私と同じくらいで、茶色のロングを三つ編みにまとめている。
「いらっしゃいませ。三名さまでよろしいでしょうか?」
彼女は、私、カイ、ゲルダを順番に確認する。
「あっ、いえいえ。えーと……、我々はこういうものです」
ぎこちない口調で、私は首にかけているメダルを提示した。
「失礼しました。ギルドの冒険者さんでしたか。……もしかして、頼んでいた護衛の依頼を受けてくださるのですか?」
「ええもちろん。我々三人があなたの護衛につきます」
やり手の営業マンを意識し、気取った態度で接する。
「早速出発してもよろしいでしょうか。なるべく早く薬草がほしいもので」
「ええ、我々はいつでもオーケーです」
「ではお待ちください。すぐに準備しますので」
そう言って少女は、急いで宿屋の中に戻って行った。
「ここまでの採点は?」
私は二人に尋ねる。
「そうね、初めてにしては上出来といったところかしら。キザな吟遊詩人みたいな口調をやめるなら、尚のことよしよ」
ゲルダのダメ出しに、私は頭を掻く。
「大したもんじゃねえか。俺たちなんか最初は緊張しまくってガチガチだったぜ」
「以前は私たちも新人だったのよね。冒険者になってもう一年か、早いものよね」
「ご指導のほどよろしくお願いしますよ。先輩方」
二人は初依頼に赴く私を心配し、同行を願い出てくれた。なんでそんなことをするのかと訊けば、後輩の指導は先輩の務め、との答えが返ってきた。二人は去年ギルドに登録されたばかりの、まだキャリアが浅い冒険者なのだ。そんな二人にとって、私は初めての後輩だ。部活で初めてできた後輩を可愛がるのと同じ感覚だろうか。
「お待たせしました。それでは参りましょう」
先ほどの少女が籠を背負って戻ってくる。かくして私たちは出発した。
行き先は街の北にある遺跡だそうで、二人が話すところ、それほど危険な場所ではないようなので安心する。
「それでも、やっぱり怖いですよ。私なんか、野犬一匹にも殺されかねないですから」
少女は両手で自分を抱く。名前はパメラといい、現在十五歳だそうだ。既に両親は亡く、あの宿屋は自分一人で切り盛りしているというから驚きだ。
緊張のためか会話も少なめに歩き続け、目的地に到着する。
岩肌に築かれた石造りの神殿。倒壊した石柱。それらが蔦に覆われている様は、いかにも古代の遺跡といった感じだ。
「よかった。安全そうですね」
周りを見渡し、パメラはホッと胸を撫で下ろす。
「早いうちにすませちまおうぜ。俺たちは辺りを見守っているから、薬草の採取を初めてくれ」
私たちは等間隔に遺跡の周りに立ち、薬草を採取するパメラをガードする。
最初は剣に手をかけ、固唾を飲みながら周囲に目を走らせていたのだけれど、危険そうな動物が現れる気配もなく、時間の経過と共に張りつめていたものは薄らいできた。
パメラの方に視線を向けると、彼女の籠は満杯になりつつある。どうやら何事もなく依頼は終了しそうだ。
そして、こちらの気が緩むところを狙ったかのように異変が起こる。
最初は野鳥でもいるのかと思った。ギャーギャーと奇妙な鳴き声が聞こえ、そちらを見やると、見たこともない生物がいた。
背丈は子供ほどで、狼と人を混ぜたような悍ましい顔。動物かと思えば二本の足で立ち、その手には槍を握っている。
「気をつけて、コボルトよ!」
ゲルダが叫ぶと、遺跡の陰からそいつらが何匹も顔を見せる。
一斉に槍を構え、遠吠えと共にこちらに襲いかかってくる化け物たち。
カイとゲルダの反応は迅速だった。二人は迷わず武器を抜き、化け物たちを迎え撃つ。
まずゲルダが矢を放ち、戦闘の一匹を仕留める。素早くもう一本の矢を弓に番え、更に一匹。カイは向けられる槍を剣で捌きながら、容赦なくやつらの喉笛を切りつける。
「クロエ、お前はパメラを守れ!」
カイから檄が飛ぶも、私は体が固まっており、咄嗟に動けなかった。
不意に化け物の一匹と目が合う。そいつは私に向かって持っていた槍を投げてきた。
心の中で絶叫しながら、咄嗟に身を捩る。なんとか直撃は免れたものの、槍は私の左太腿を掠り、鋭い痛みと共に血が溢れ出る。
ここでようやく硬直が解け、私はパメラの元に走った。
(なんなのこれ! あり得ないてのよ!)
ありったけの不満を胸中で上げつつ、私も剣を手にするのだった。