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異世界転生は夢の中で  作者: 実乃里
第四章 過去との決着
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意地悪な魔女

 早瀬は先程からジッと天井を仰いでいる。ときより「ウーン」と唸りつつ、思考を巡らせているようだった。

 私は手元のノートを見る。そこにはクロエの現状が箇条書きされ、その横には『打開案?』と記された空欄がある。


「ねえ、中学時代の黒江さんってどんなだったの?」


 脈略なく早瀬が口を開く。


「なっ、なんでそんなこと訊くわけ。関係ないでしょうが」

「だって、サキは中学時代の黒江さんと似ているんでしょ。無関係なわけがない。僕はこの辺が君の夢世界の出現にかかわっていると睨んでいる」

「ちょっと雰囲気が似ているだけよ」


 慌てて否定する。実をいうと、昨晩の夢の内容を正確に早瀬に伝えてはいない。

 サキが中学時代の私と似ていたことを早瀬に告げたのち、ふとしたことが頭を過ったのだ。このまま全て話してしまったら、中学時代のことが早瀬に知られてしまうのではないかと……。

 そんな危惧もあり、いくつかのことを秘密にしたのだ。


「……今とあんまり変わらないわよ」

「そう、ならいいや。……それにしても空の上とは参ったな。救助が期待できない以上、自力での脱出しかない。そうなると、やれることは限られてくるね」


 早瀬は体制を戻し、私と同じくノートに視線を落とす。


「なにか案はある?」

「二つほどね。真っ先に思いついたのは、黒騎士たちが使っている空駆ける馬を奪うことだ。ただ黒騎士が人形なら、馬はその移動装置みたいなものだと思う。多分人間では扱えないんじゃないかな」


 馬も黒騎士同様、全身を鎧で覆っている。同じく自動人形である可能性が高いだろ。


「一応、チェックはしてみるわ」

『馬を調べる』と、私は頭の中にメモを記す。

「最有力候補はもう一つの手段かな。……ねえ黒江さん、サキってキレイだった?」

「はあっ? なに言ってんのよ」


 意味がわからず私は首を傾げる。


「大事な要素なんだって。説明するね……」


 かくかくしかじかと、早瀬は脱出プランの説明をした。


※ ※ ※ ※ ※


 要塞に捕まっている奴隷は私を含めて十一人おり、それぞれ役割分担がなされている。料理が得意な子は厨房を担当し、手先が器用な子はサキの傍らで侍女のように振る舞い、その他は洗濯や掃除といった雑用を担い、私もこれに含まれる。

 初めて体験する奴隷生活は、苦痛と言うより他なかった。

 朝は早くから起き、眠い目を擦りながら要塞の内部を清掃していく。溜まっている埃を箒で掃いたり、床をブラシで磨いたり、汚れを雑巾で拭き取ったり、やることは至って単純なのだけど、その規模が半端ない。終わる頃にはもうヘトヘトで、質素な夕食を口にしてベッドに横になる。

 プライバシーはなく、全員が一つの部屋で眠るのだ。部屋の扉に鍵はついていないも、入口には監視の黒騎士が一体待機しているため、気分転換に部屋から出ることすらできない。

 夜になると誰かの泣いている声が聞こえてきて、いたたまれない気持ちにさせる。

 隙を見てサキを倒すことも考えたけど、そのことは当人も考慮していた。サキは私の前で、黒騎士たちにある命令を下した。それは、自分の身になにかあった場合、奴隷全員を殺害せよというものだった。現時点で彼女に手を出すのは得策ではない。

 サキを倒すには、事前に全員をここから逃がさなくてはならない。なにはさておき脱出手段の確保が最優先事項だ。

 皮肉なことに、これは私が与えられた掃除当番という役目が大いに役立った。掃除という名目で要塞内をある程度自由に動くことができるからだ。

 黒騎士たちはあちこち覗き回る私を見ても、関心を示すことはない。これは彼らが主に忠実であるが故の弊害だろう。黒騎士たちはサキの命令に絶対服従。言い換えれば、命令にないことは絶対に行わないのだ。「覗き回る輩を排除しろ」という指示が出ていない以上、私をどうにかすることはないのだ。

 気の利かない人形を尻目に、私は悠々と脱出プランを立てる。

 予想どおり馬はダメだった。早瀬が推測したとおり、馬は黒騎士と同じ自動人形のようだ。小屋ではなくホールに一列に並び、どれもピクリとも動かない。まるで駐車場に並ぶ車のようで、とても生物とは思えなかった。試しに手で触れてみるも反応はなく、これを操って地上に降りることはできなさそうだった。

 となるとやはり、本命の作に縋るしかない。

 サキは身なりをキレイにしている。身に着けているローブは清潔に保たれ、顔には化粧を施し、体には香水を纏っている。当然これらの品がここで生産されているわけはなく、食料品も含め、地上から搬入される物資で維持されている。搬入用のコンテナは特定ずみだ。馬が五匹で牽引する大型のもので、中は木箱や樽で一杯だ。一人二人が紛れ込んでいても気づかれないだろう。

 問題は脱出できる人数が限られることだ。有力候補は、私とキリカの二人だ。他のみんなには申しわけないけど、私がここにきた目的の一つはキリカの救出なのだ。手ぶらで戻ってはラデルへの申しわけが立たない。彼女だけはなんとしても連れ出す必要がある。


「あっ、クロエさん。服が解れていますよ」


 床に雑巾をかけていると、隣りで箒を握っていたキリカが声をかけてきた。

 言われてみると、確かに腰の縫い目が解れ、穴が開いたようになっている。


「日々過酷だしね。服の一つもボロボロになるわよ」


 溜息を吐き、自分が着ている服を見下ろす。

 奴隷生活を始めるにあたり、専用の服に着替えさせられた。最初に玉座で見た二人が着ているのと同じで、これがここの制服らしかった。

 薄い生地で縫われた頼りない作りで、肌着の類は認められていない。


「せめてまともな服を着せてほしいわ」

「サキは人が嫌がっているのを見るのが好きなんですよ。あと、私たちがなにか隠し持つことができないようにとの意味もあるのでしょう」


「あの女は臆病なところがありますから」と、キリカは続けた。彼女は最初の奴隷だ。三年間見てきて思うことがあるのだろう。

 それについては思うところがある。記憶を調べられ、私は自分の素性を知られてしまったわけだけど、そのわりに指輪の出所を把握していなかったりと、やや大雑把な部分が見受けられる。

 そしてこの要塞だ。要塞には瓦礫が積もっている個所がいくつかある。他にも苔に覆われたところや、なぜか外壁にフジツボが付着しているのだ。これらのことから、この要塞が海にでも沈み、長らく放置されていたと推測できる。

 つまりトート・シュテルンはサキが作ったわけでなく、どこからか見つけたものを利用しているにすぎないのだ。

 恐らく、サキ自身は大した実力を持ってはいない。たまたま見つけた強大な力に酔いしれているだけなのだ。


「兄は私が空の上にいるのを知ったでしょうか?」

「難しいわね。捕まる前、体に監視魔法をつけてきたけど、ここまではカバーできないわ」


 魔法自体はまだ効果が持続していると思われるも、さすがにここは圏外だ。途中までの道のりは三人も水晶玉で確認していただろうけど、正確な位置はなにも伝わっていないことだろう。


「ねえキリカ」

「なんでしょう?」


 私は彼女に、ここから脱出する手立てがあることと、一緒に逃げることを提案した。


「それはできません。そんなことをすれば、サキは腹いせに、残った子たちにどんな酷いことをするかわかりません。脱出するなら全員一緒でないと……」


 キリカは強い意志でこの誘いを断った。

 それからしばし説得を試みるも、彼女の意思は揺らぐことがなかった。


「ですが、もしクロエさんが脱出したいならどうぞ。サキは怒るでしょうが、私がみんなを庇ってみます」

「そんなことしたらラデルに顔向けできないって。……わかったわ、全員で脱出する手段をなんとか考えてみる」


 彼女の心意気に負けた。自分より他人のことを考えるとは、立派な精神と褒めるべきか、とんだお人好しと呆れるべきか。なにはともあれラデルの妹というのは納得できた。

 そして、そんな彼女の自己犠牲精神を垣間見るできごとに遭遇する。

 その日、私とキリカの他、アニーという子を加えた三人で、サキの寝室の模様替えをしていた。

 新しく地上から強奪してきたのだろう。貴族の家にありそうな豪華絢爛なクローゼットやベッドを部屋に入れ、壁紙を新品に貼り換える作業をしていた。

 作業が佳境に差しかかった頃、アニーがミスをする。誤って花瓶を割ってしまったのだ。飛び散った水滴がサキのスカートの裾を濡らしてしまったのは不幸と言うより他ない。

 当然サキは気分を害し、抜刀した黒騎士をアニーへと迫らせる。


「申しわけございません。手が滑ってしまいました」


 アニーは跪き、涙交じりに許しを請う。


「あら、なんて悪い手なのかしら。なら望みどおり、その手に罰を受けてもらいましょう」


 瞬間、サキの顔に邪悪な色が差す。


「その女の手を切り落としなさい」


 発せられた命令を実行すべく、アニーへ迫っていた黒騎士が剣を振り上げる。

 私は咄嗟に走り寄り、後ろから黒騎士に体当たりする。ぶつかる寸前に剣の柄を掴み、反動を利用して剣を奪い取り、サッと構える。早瀬の家でやったテレビゲームで覚えた技だ。


「なに? 死にたいわけ?」


 サキは私を見て首を傾げる。口調からは不機嫌さがビンビン伝わってくる。


「死にたいわけないでしょ。ただこの子を傷つけるのをやめてほしいだけよ」

「はっ? バカじゃないの。勝てるとでも思ってるわけ」

「さあね。でもこのまま戦闘になったら、私はなんとしてもあなたの命を奪うわ」

「私を殺したら、トルーパーたちは報復で奴隷全員を殺すのよ。それでもいいの」

「でもあなたは死ぬ。死後に報復が行われるからって、わざわざ一つしかない自分の命を投げ出すの?」


 私の言葉に、サキが怯んだように肩を強張らせる。


「いい覚悟ね。わかったわ。なら一つゲームをしましょう。あんたがそのトルーパーに勝てたなら、そいつの無礼をチャラにしてあげる」


 サキがサッと手を上げると、先ほどの黒騎士が予備の剣を抜いて私の前に立つ。

 こうなってしまってはあとには引けない。今の私はド素人ではない。それなりに実力のある冒険者になったのだ。黒騎士相手でも引けは取らないはず。

 自分を信じて黒騎士と剣を交えたところ、世の中そんなに甘くないと知る。

 正面から戦ったところ、やつらのとんでもなさが実感できた。まずパワーが圧倒的だ。相手の攻撃を受け止めようものなら、衝撃で手が痺れ、体ものけ反り、姿勢を維持するのがやっとだ。回避すればいいかと言われると、やつらは決してノロマではなく、それも難しい。そしてなによりこちらの攻撃が通用しないのだ。斬撃、打撃。全ての攻撃が硬い鎧に阻まれ、決定的なダメージを与えられない。これではどう足掻いても勝つことなどできない。

 五分は経っただろうか。私はすっかり息切れするも、向こうは疲れた気配すらない。

 ――ダメだ、勝てない。

 絶望的な結論に達したとき、キリカが動いた。


「サキさま。どうかこの勝負を中止してください」


 彼女はサキの傍らに跪く。


「邪魔すんじゃないわよ。奴隷風情がなに意見してんのよ。ウザイんだけど」

「奴隷長として、私が彼女らの働いた無礼の責任を持ちます」

「責任? あんたがどう責任を持つのよ」

「それは……。腕を切るなり、あなたのお好きなようにしてください……」


 そう言ってキリカは硬く両目を瞑る。


「素晴らしい自己犠牲精神ね。ならその覚悟に答えてあげるわ」


 サキが手を伸ばすと、傍らの黒騎士がその手に鞭を渡す。


「さあ、服を脱いで壁に立ちなさい」


 言いつけに従い、キリカは全裸になり、壁の脇に立つ。

 鞭がしなる音と、キリカの悲鳴と、サキの高笑い。それは語るのも躊躇われる光景だった。

 やがて鞭の音が止み、私は瞑っていた瞳を開く。

 キリカはボロボロになっていた。キレイだった白肌にはいくつも鞭による傷がつき、痛々しい限りだった。


「いい汗掻いたわ。体を動かすのは気持ちがいいわね」


 満足そうに額の汗を拭うサキに只ならぬ殺意を覚えるも、グッと堪える。ここで手を出したらキリカの行為が無駄になる。


「ああ、それと、あんた……」


 サキは先程私と戦った黒騎士を指さす。


「結局この女を倒せなかったわね。不意打ちとはいえ、最初に武器を奪われる失態も犯しているし。あんたみたいなグズはもういらないわ。自害なさい!」


 命令が下るや、黒騎士は剣を自分の胸に突き刺す。できた亀裂に両手を捻じり込み、バキバキと胸を開いてゆく。


「自殺すら素早くできないの。ほんと鈍臭いわね。ほらあんたたち、介錯してあげなさいな」


 サキが手を上げると、脇にいた黒騎士たちが動き、自害中の黒騎士に武器を振り下ろす。

 胴体が潰れ、両手両足が砕け、頭部が床に落ち、私の足元に転がってくる。

 自動人形というわりに、内部には歯車などの機械部品は見られない。鎧の中身は空っぽで、どちらかと言うと、動く甲冑というイメージだ。

 ふと転がってきた頭部内に光るものを見つけた。それは電子チップのようなもので、近いところではスマホのSIMカードに似ている気がした。

 ある可能性に思い当たった私は、怯えたふうを装い、その場に座り込む。


「ふん、やっぱヘタレ冒険者ね。ビビッて腰抜かしてやんの」


 サキがまんまと騙されている隙に、私は素早くチップを手の中に忍ばせた。

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