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異世界転生は夢の中で  作者: 実乃里
第三章 契約にはご注意を
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街に出よう(現実)

 寝ぼけ眼を擦りつつ、私は枕元のノートを開く。

 バーミングの街に入り、ゲオルさんの屋敷に向かったこと。正式に護衛として雇われたこと。アルミナと共に街に出たこと。彼女のわがままで鎧から普通の服に着替えたこと。買い物につき合わされたこと。最後にオープンカフェに入ったこと。

 夢のできごとをノートに記載したのち、それを要約した文をスマホで打ち、早瀬にメールする。

 今日は日曜なのだ。学校のない日はメールで報告している。

 五分ほどすると、『受け取った。打ち合わせは必要?』と返信がきた。

『不要よ』と短い文書で返すと、向こうからも短く、『了解』と返事がきた。

 緊急事態に遭遇した場合などは、休日でも会って対策を練ることになっているけれど、今回はとくに変わったこともないのでメールのみだ。

 会えないことがわかると、不意に早瀬の顔が脳裏に浮かんできた。なんとか今日彼と合う理由がないか模索するも、とくに思いつかず、私は深い溜息を吐く。

 そんな中スマホが着信し、もしやと思って確認するも、ディスプレイに表記されている『美香』の文字に肩を落とす。


『なによ、つまらなそうな声ね』


 電話に出るなり、美香はこちらの深層を見透かしてきた。


「今起きたばかりで眠いのよ。それよりどうかしたの?」


 美香からの要件は遊びの誘いだった。今日退屈だから街に出ないかということだった。

 少々迷う。今日は早瀬から借りたアニメのDVDを視聴する予定だったのだ。今後のため、空いている時間は可能な限り、クロエの強化に当てたかった。

 とはいえ、最近美香とは疎遠になっている。久しぶりに一緒に遊ぶのも悪くない気がした。

 私が承諾すると、彼女は待ち合わせ場所と時間を指定し、電話を切った。

 その後は少々バタバタしてしまった。急いで朝食を摂り、洗顔と歯磨きをすませ、ハンドバッグを準備したのち、鏡台の前で身だしなみを整える。

 洋服のボタンをかけ終えたところで、ちょうどよい時間となり、私は家を出た。

 待ち合わせ場所へは徒歩で向かったのだけど、途中、地図を片手に困り果てている年配の女性を見かけた。声をかけると、案の定、道に迷っているようだ。

 目的地を訊くと、どうも彼女は見当違いの場所にきてしまったようだ。この辺は路地が込み合っており、よく人が迷うのだ。

 私は躊躇なく道案内を申し出ていた。思案することもなく、然もそれが当然であるかのように手を差し伸べていたのだ。

 彼女を目的地に届けたのち、再度待ち合わせ場所に歩く。


「遅いじゃない。三十分遅刻よ」


 先にきていた美香は不満を口にする。

 私が平謝りで事情を告げると、美香は頬を膨らませる。


「黒江、最近変わったよね」

「私は昔からこんなよ」

「いいえ変わったわ。以前なら、頼まれもしないのに、わざわざ他人に世話を焼くことなんてしなかったじゃん。なんて言うか、『いい子』になった……」


 美香の意見は正しかった。以前の私なら、さっきの女性も無視していたことだろう。夢世界での体験により、私は大きく心変わりしたのだ。


「ちょっ! それどういう意味よ。まるで昔の私が悪人だったみたいじゃない」

「どっちかって言うと、悪い子から数えた方が近かったじゃん」

「うーわ、暴言吐きやがった、この女。これは昼食奢りの刑に処すしかないわね」

「まあ誘ったのはこっちだし、奢るのは覚悟していたわ」

「うむよろしい。汝の罪は許された」

「じゃあ、黒江の遅刻罪と相殺するということでチャラね。さあ行きましょう」

「ちょっ、なんかすんごいペテンに引っかかった気分なんですけど!」


 そんなわけで私たちは休日を満喫するべく歩き出した。

 満喫と言っても、ただ街中をブラブラするだけだ。美香もこれといって目的があったわけではないようで、適当に店々を回りつつ、買いもしない商品を眺めながら時間を潰した。

 そうこうしているうち時刻は正午を回り、私たちはコンビニでオニギリやサンドイッチを買い、近くの公園のベンチへ落ち着く。


「ねえ、黒江……」


 私はトマトサンドを咀嚼しながら、「んっ?」と美香に相槌を打つ。


「あんた早瀬とつき合ってんの?」


 思わず食べていたものを吐き出しそうになった。


「いきなりなにを言い出すのよ!」

「だから、あんたが早瀬とつき合ってるのか訊いてんのよ」

「どんな発想よ、それ」


 トントン胸を叩きながら、喉を落ち着かせる。


「隠したって無駄だからね。最近二人でコソコソしているのは知っているんだから。私の目は誤魔化せないわよ」


 そう言って笑みを浮かべる美香からは、下世話な雰囲気が漂っていた。


「もしかして、今日私を誘ったのはこれを聞くためだったりする?」

「想像に任せるわ。……それはそうと、つき合っていることは認めるわけね」

「つき合ってはいないわ。ただ相談に乗ってもらっているだけよ」

「相談? どんな相談よ」

「詳しいことは教えられないんだけど、私は今ちょっと特殊な状態にあるのよ。そして早瀬にはそれをどうにかできる手段があり、それで力を借りているわけ。黙っていたのは美香に対して悪意があるからじゃないわ。その辺は誤解しないでね」


 私の話しを、美香は口に指を当て真剣に聞いている。


「……そっか、放課後に早瀬の家に行っていたのもそのためか」

「色々あってね……」


 ここでハッと言葉を止める。美香がしてやったりといった表情を浮かべていたからだ。


「なーるほど、なるほど。あいつの家にまで行ってたんだ。ほっほ~」


 ……まんまとしてやられた。自分のマヌケさに頭を押さえる。


「うんうん、確かに早瀬って顔はいいからね。面食い黒江が手を出すのもわかるってもんよ」

「だから違うんだってば!」

「成績も優秀で、趣味があれなだけで他は問題ないしね。上手く調教すればベストなラブパートナーになるでしょうね」

「調教って、私をなんだと思ってんのよ。てか、ラブパートナーってなによ」


 美香の冷やかしがやけに応えた。早瀬について語られるたび、動揺で胸が破裂しそうな心地になる。


「でっ、ドッキングはすませたの?」


 一瞬ポカンとなるも、すぐに意味を理解し、恥ずかしさで頭の芯がカァーと熱くなる。


「やるわけないでしょうが! 本当にあいつとはそんな関係じゃないんだって」


 あり得ない。私と早瀬はそんな間柄では断じてない。


「でもキスぐらいはしたんでしょ?」

「冗談じゃないわ。私のファーストキスは大切な人のため大事に取っておくんだから。早瀬にあげるわけないじゃん!」

「はいはい、そういうことにしておきましょうね。じゃあそろそろ移動しようか」


 一頻り私をからかったあと、美香はベンチから立つ。

 色々と言いたいことはあったけれど、下手に反論すると余計に囃し立てられそうだったので、黙ってあとに続く。

 午後も無目的に街を徘徊し、さすがに飽きてきた。美香もそのようで、なにか別のことをしようと思案したすえ、私たちは近くにあった映画館へと入った。

 上映作品はどれも興味のないものばかりだったけれど、せっかくだからどれか見ようという話しになった。

「どれにしようかな~」と数え歌に任せた結果、よく知らないアクション映画が選択され、私と美香は不平を漏らしつつも天の神さまの決定に従い、座席へと座る。

 銃撃、爆発、殴り合い。内容は絵に描いたようなハリウッド映画だった。関心がないジャンルのため、退屈で仕方がない。

 何回目かの欠伸をしたところで、私の意識は途切れた。

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