街に出よう(現実)
寝ぼけ眼を擦りつつ、私は枕元のノートを開く。
バーミングの街に入り、ゲオルさんの屋敷に向かったこと。正式に護衛として雇われたこと。アルミナと共に街に出たこと。彼女のわがままで鎧から普通の服に着替えたこと。買い物につき合わされたこと。最後にオープンカフェに入ったこと。
夢のできごとをノートに記載したのち、それを要約した文をスマホで打ち、早瀬にメールする。
今日は日曜なのだ。学校のない日はメールで報告している。
五分ほどすると、『受け取った。打ち合わせは必要?』と返信がきた。
『不要よ』と短い文書で返すと、向こうからも短く、『了解』と返事がきた。
緊急事態に遭遇した場合などは、休日でも会って対策を練ることになっているけれど、今回はとくに変わったこともないのでメールのみだ。
会えないことがわかると、不意に早瀬の顔が脳裏に浮かんできた。なんとか今日彼と合う理由がないか模索するも、とくに思いつかず、私は深い溜息を吐く。
そんな中スマホが着信し、もしやと思って確認するも、ディスプレイに表記されている『美香』の文字に肩を落とす。
『なによ、つまらなそうな声ね』
電話に出るなり、美香はこちらの深層を見透かしてきた。
「今起きたばかりで眠いのよ。それよりどうかしたの?」
美香からの要件は遊びの誘いだった。今日退屈だから街に出ないかということだった。
少々迷う。今日は早瀬から借りたアニメのDVDを視聴する予定だったのだ。今後のため、空いている時間は可能な限り、クロエの強化に当てたかった。
とはいえ、最近美香とは疎遠になっている。久しぶりに一緒に遊ぶのも悪くない気がした。
私が承諾すると、彼女は待ち合わせ場所と時間を指定し、電話を切った。
その後は少々バタバタしてしまった。急いで朝食を摂り、洗顔と歯磨きをすませ、ハンドバッグを準備したのち、鏡台の前で身だしなみを整える。
洋服のボタンをかけ終えたところで、ちょうどよい時間となり、私は家を出た。
待ち合わせ場所へは徒歩で向かったのだけど、途中、地図を片手に困り果てている年配の女性を見かけた。声をかけると、案の定、道に迷っているようだ。
目的地を訊くと、どうも彼女は見当違いの場所にきてしまったようだ。この辺は路地が込み合っており、よく人が迷うのだ。
私は躊躇なく道案内を申し出ていた。思案することもなく、然もそれが当然であるかのように手を差し伸べていたのだ。
彼女を目的地に届けたのち、再度待ち合わせ場所に歩く。
「遅いじゃない。三十分遅刻よ」
先にきていた美香は不満を口にする。
私が平謝りで事情を告げると、美香は頬を膨らませる。
「黒江、最近変わったよね」
「私は昔からこんなよ」
「いいえ変わったわ。以前なら、頼まれもしないのに、わざわざ他人に世話を焼くことなんてしなかったじゃん。なんて言うか、『いい子』になった……」
美香の意見は正しかった。以前の私なら、さっきの女性も無視していたことだろう。夢世界での体験により、私は大きく心変わりしたのだ。
「ちょっ! それどういう意味よ。まるで昔の私が悪人だったみたいじゃない」
「どっちかって言うと、悪い子から数えた方が近かったじゃん」
「うーわ、暴言吐きやがった、この女。これは昼食奢りの刑に処すしかないわね」
「まあ誘ったのはこっちだし、奢るのは覚悟していたわ」
「うむよろしい。汝の罪は許された」
「じゃあ、黒江の遅刻罪と相殺するということでチャラね。さあ行きましょう」
「ちょっ、なんかすんごいペテンに引っかかった気分なんですけど!」
そんなわけで私たちは休日を満喫するべく歩き出した。
満喫と言っても、ただ街中をブラブラするだけだ。美香もこれといって目的があったわけではないようで、適当に店々を回りつつ、買いもしない商品を眺めながら時間を潰した。
そうこうしているうち時刻は正午を回り、私たちはコンビニでオニギリやサンドイッチを買い、近くの公園のベンチへ落ち着く。
「ねえ、黒江……」
私はトマトサンドを咀嚼しながら、「んっ?」と美香に相槌を打つ。
「あんた早瀬とつき合ってんの?」
思わず食べていたものを吐き出しそうになった。
「いきなりなにを言い出すのよ!」
「だから、あんたが早瀬とつき合ってるのか訊いてんのよ」
「どんな発想よ、それ」
トントン胸を叩きながら、喉を落ち着かせる。
「隠したって無駄だからね。最近二人でコソコソしているのは知っているんだから。私の目は誤魔化せないわよ」
そう言って笑みを浮かべる美香からは、下世話な雰囲気が漂っていた。
「もしかして、今日私を誘ったのはこれを聞くためだったりする?」
「想像に任せるわ。……それはそうと、つき合っていることは認めるわけね」
「つき合ってはいないわ。ただ相談に乗ってもらっているだけよ」
「相談? どんな相談よ」
「詳しいことは教えられないんだけど、私は今ちょっと特殊な状態にあるのよ。そして早瀬にはそれをどうにかできる手段があり、それで力を借りているわけ。黙っていたのは美香に対して悪意があるからじゃないわ。その辺は誤解しないでね」
私の話しを、美香は口に指を当て真剣に聞いている。
「……そっか、放課後に早瀬の家に行っていたのもそのためか」
「色々あってね……」
ここでハッと言葉を止める。美香がしてやったりといった表情を浮かべていたからだ。
「なーるほど、なるほど。あいつの家にまで行ってたんだ。ほっほ~」
……まんまとしてやられた。自分のマヌケさに頭を押さえる。
「うんうん、確かに早瀬って顔はいいからね。面食い黒江が手を出すのもわかるってもんよ」
「だから違うんだってば!」
「成績も優秀で、趣味があれなだけで他は問題ないしね。上手く調教すればベストなラブパートナーになるでしょうね」
「調教って、私をなんだと思ってんのよ。てか、ラブパートナーってなによ」
美香の冷やかしがやけに応えた。早瀬について語られるたび、動揺で胸が破裂しそうな心地になる。
「でっ、ドッキングはすませたの?」
一瞬ポカンとなるも、すぐに意味を理解し、恥ずかしさで頭の芯がカァーと熱くなる。
「やるわけないでしょうが! 本当にあいつとはそんな関係じゃないんだって」
あり得ない。私と早瀬はそんな間柄では断じてない。
「でもキスぐらいはしたんでしょ?」
「冗談じゃないわ。私のファーストキスは大切な人のため大事に取っておくんだから。早瀬にあげるわけないじゃん!」
「はいはい、そういうことにしておきましょうね。じゃあそろそろ移動しようか」
一頻り私をからかったあと、美香はベンチから立つ。
色々と言いたいことはあったけれど、下手に反論すると余計に囃し立てられそうだったので、黙ってあとに続く。
午後も無目的に街を徘徊し、さすがに飽きてきた。美香もそのようで、なにか別のことをしようと思案したすえ、私たちは近くにあった映画館へと入った。
上映作品はどれも興味のないものばかりだったけれど、せっかくだからどれか見ようという話しになった。
「どれにしようかな~」と数え歌に任せた結果、よく知らないアクション映画が選択され、私と美香は不平を漏らしつつも天の神さまの決定に従い、座席へと座る。
銃撃、爆発、殴り合い。内容は絵に描いたようなハリウッド映画だった。関心がないジャンルのため、退屈で仕方がない。
何回目かの欠伸をしたところで、私の意識は途切れた。




