街に出よう
一夜明けた次の日、私たちはアルミナに同行して街中へと赴いた。
馬車から降りると、彼女をガードするべく周りを固めて歩く。
「なんかさ、あり得なくない」
早速クレームが飛んできた。
「気持ちはわかるけど、警護なんだから仕方がないわ。離れちゃあなたを守れないのよ」
アトラは臆することなく対応する。
「そっちの都合なんか知らないわ。私に取っては、ただうざいだけ。早急にやめなさい。これ命令ね」
頭から湯気を出しているアトラを、ラデルが必死に押さえつける。
「私の近くを歩くなら、せめて鎧やローブはやめて、もう少し小奇麗な格好してよね」
まさに性格の悪さここに極まりだ。アルミナは私たちの服装をこれでもかと扱き下ろす。
「なら話しは簡単じゃないですか。私たちが着替えればアルミナさんも文句ないわけですね」
散々悪口を浴びせられても、ノルルは冷静だった。
「私たちを遠ざけるのはいいですが、それを伯爵が知ったらアルミナさんは怒られてしまうのではないですか? お父さんから無駄に叱られるよりは、これで妥協するのが賢明と思いますよ」
落としどころとしては無難だろう。
「まあいいわ。今日のところはそれでよしとするわ」
アルミナは渋々ではあるも一応納得し、私たちは服屋へと入り、思い思いの服を購入して着替える。
「多少はマシになったわね。いいわ、同行を許可してあげる」
アルミナの許可が出たことで、バーミングの街を歩く。
ラバマには及ばないものの、ここも大都市と言って差し支えない規模を誇っている。私たちが入った服屋の他にもさまざまな店が軒を連ね、アルミナはそれらの店を順番に回り、散財の限りを尽くした。
靴屋ではハイヒールやサンダルを複数、香水屋では今年の新製品を全て、宝飾店では視界に入ったものを根こそぎ購入。その狂気じみた金銭感覚に唖然とする。
「あー美味しい。思いっきり買い物したあとの一杯は格別ね」
ひとしきり店を回ったあと、休憩で入ったオープンカフェの席、アルミナは満足げにジュースで喉を潤している。
ちなみにラデルとノルルは、アルミナが買ったものを馬車に運ぶため、一時的に離れている。これでは警備というより使用人だ。
「そういえば、あんた魔術師なのよね。なにか魔法見せなさいよ」
ジュースを飲み終えると、アルミナはアトラを指さす。
「あのね、魔法は見世物じゃないのよ。それにここは街中でしょうが」
「いいじゃない、減るものじゃないんでしょ。ちょっとしたものでいいから早くやんなさい」
「減らない代わりに溜まっていくのよ。私の精神疲労が……」
顔一面に不満を示しつつも、アトラは植え込みの植物から葉を一枚千切ると、指先に宿した極小の火炎球でそれを燃やして見せた。
「いいなぁ~。私も精霊の加護ほしいな」
「王国でも有数の貴族令嬢に羨ましがられるなんて光栄よ」
アトラは精一杯の皮肉を込める。
「お金や権力だけじゃ得られないものがあることぐらいは理解しているわ。……ちなみにだけど、六大精霊以外にも精霊はいるわよね。そういう存在から加護を得ることはできないわけ?」
「たくさんいる精霊種の中で、炎、氷、地、風、光、闇、が六大精霊と呼ばれる所以は、これらが人間に対し有益な働きをするからなのよ。さあ、これを逆に考えてごらんなさい」
「他は役立たずというわけね。つまんないの……」
「役立たずというだけなら可愛い方ね、中には害をもたらす種もいるんだから。素人が迂闊に手を出すと碌な目に遭わないわよ」
「はいはい、わかりましたよ。精霊の加護なんかいるものですか。そんなものなくても私の価値は下がらないわ」
お手本のような負け惜しみを発するアルミナ。そんな彼女の脇に、少年が一人近づいてくる。
歳は十二か十三ほどだろうか、顔立ちは私よりやや幼い印象で、背丈も一回り低い。特徴的なのが髪の色で、成熟した果実のような赤色をしている。その両手には箱を抱え、中には色とりどりの飴が収められていた。
「お姉さん。砂糖菓子を一ついかがですか」
彼は優しげな笑みでアルミナに話しかける。どうやら売り子のようだ。
「あら美味しそう。一つもらおうかしら」
アルミナは棒キャンディーを一本取ると、代わりに金貨を一枚箱の中に落とす。
「お釣りはいいわ。取っておきなさい」
「ありがとう、気前のいいお姉さん。そちらのお二人もどうです。お姉さんの度量に免じ、つき人さんにはタダにしておきますよ」
断る理由はない。私とアトラは遠慮なくキャンディーを一つずつ手に取る。
口に入れると、甘い香りが口内に広がる。材料の違いだろうか、現実で売られている商品とは微妙に味が異なっている。甘いはずなのにどこか苦さも感じる変わった味だ。
その奇妙な味を堪能していると、不意に目の前が白んできた。今日の冒険は終了だ。




