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異世界転生は夢の中で  作者: 実乃里
第一章 夢世界は危険地帯
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夢の続き

 一階に下りると、キッチンのテーブルに朝食が並んでいた。


「あらっ、おはよ。今日は早いわね」


 料理用のボウルを洗っていた母は、物珍しげな視線をこちらに寄越す。


「私の勝手でしょ」


 椅子に座り、朝食に手をつける。


「おっ、今日の咲は早いな」


 今度は父だ。キッチンで私を見るなり、母と同じことを口にする。


「だから勝手って言ってんじゃん!」

「なに怒ってるんだ? 母さん、咲はなにかあったのか?」

「さあ、年頃って難しいのよ。私が高校生くらいの頃も、親に向かってつい乱暴な口を聞いちゃったし。親がキライになる時期があるのよ」


 私はイライラしながら二人の会話を聞いていた。

 途中で我慢も限界に達し、朝食を途中で切り上げる。


「せっかく作ったんだから残さず食べなさいよ」

「食欲がなくなった」


 そのまま登校の準備をすませ、とくに挨拶もせず家を出る。

 いつもの通学路を歩き、学校の校門を潜り、昇降口で靴を履き替え、廊下を進む。


「あれっ、今日はいつもより早いね、黒江」


 教室に入ると、友人の美香が声をかけてきた。よりによって両親と同じ反応だ。


「いつもより早く起きちゃったのよ。そんで、たまには早めに登校するのもいいかなと思っただけ」

「偉い偉い。早起きは三文の徳ってね」

「むしろ三文払うから、お昼頃まで寝かせてほしいわね」


 私は欠伸をしながら自分の席につく。

 授業開始までしばし時間があるため、教室は賑やかだ。クラスのみんなはそれぞれのグループで集まり、友人同士の会話を楽しんでいる。

 ただし例外が一人。ちょうど窓際の席の真ん中。一人で読書に耽る男子生徒の姿があった。


「見て。早瀬のやつ、またキモイ本読んでるよ」


 早瀬(はやせ)(しょう)()が彼の名前だ。高校入学から二か月が経つも、未だ友達もつくらず、休憩時間や昼休みには、ああやって読書ですごしている。俗に言う、『ボッチ』というやつで、我がクラスのスクールカースト最下位に位置するのが彼だ。


「ラノベ小説っていうんだっけ? あんな美少女アニメみたいな表紙の本、教室で読むのやめてほしいわ、ほんと」


 そう言って美香は蔑んだ目を早瀬に向ける。

 さすがにそれは横暴だとは思うも、美香の言いぶんも一理ある。本の表紙がどうこうではなく、周りの目を気にも留めない早瀬の神経が理解できないのだ。


「早瀬のことなんか無視すればいいじゃん。あんなやつ気にするだけ損よ。それより昨日スマホ弄ってるとき、ネットで可愛いもの見つけてさ――」


 そうこうしているうち、クラスの女子仲間も次々登校してきて、私の周りに集まり始める。

 私が話すことにみんなが耳を傾け、頷き賛同する。こうしていると、自分がスクールカーストの上位にいるのだと実感できる。

 早瀬の方をチラリと見て、気持ちのよい優越感に浸っている自分がいた。

 そしてなにごともなく放課後を迎え、私は友人たちと街に行き、カラオケやらなにやらで一頻り遊んだのち帰宅した。

 家では母が夕食を用意してくれていただけど、生憎、遊んでいる間に色々と頬張っていたせいでお腹がいっぱいだった。

 夕飯はいらないことを告げ、私はさっさと入浴をすませる。

 ベッドに寝転がり、本棚から適当に取った漫画をパラパラと捲っているうち、徐々に瞼が重くなってきた。

 とくにすることもないので、そのまま就寝した。


※ ※ ※ ※ ※


「大丈夫か」


 急に聞こえてきた声に顔を上げると、そこには見知らぬ男が立っていた。

 歳は私より少し上くらいで、鎧を身に着け、腰には剣をぶら下げている。


「悪い悪い、急に入ってきたから避けらんなかった」


 彼は尻餅をついている私の手を取り、スッと立ち上がらせる。

 事態が理解できず、私が言葉を失っていると、彼の後ろからもう一人現れる。


「いつも言ってるでしょ。油断せず常に気を引き締めてろ、って。……あなた怪我はなかった。ゴメンなさいね、こいつがノロマなせいで」


 こっちは女性だ。キレイな金髪ロングに青い瞳、そして特徴的な長い耳。


「エルフ?」


 思わず口に出してしまった。


「驚くのも無理ないわね。この辺では私のようなエルフは珍しいもの」


 彼女は苦笑いを浮かべつつ、肩にかかった髪を両手で背中に流す。


「私はゲルダよ。そしてこっちのノロマがカイ」


 エルフの女性がゲルダで、私とぶつかった男の人がカイ。


「あー、えっと、黒江です」


 私は軽くお辞儀をする。


「クロエか、いい名ね。もしかして冒険者登録にきたのかしら?」


 彼女は私が手にしている銅筒に視線を落とす。

 先ほどから耳にする、この『冒険者』とはいったいなんなのだろうか。


「あの、よくわからないんですけど……」

「大丈夫よ。ギルドスタッフが全部教えてくれるわ」


 彼女に腕を引かれるまま建物の中に入ると、喧噪が耳を刺激してくる。

 内部は人でいっぱいだった。重厚な鎧を着た男の人、きらびやかな鎧を着こなす女の人、魔法使いのような帽子を被り、これまた魔法使いのような杖を持つ男性と女性。教会の神父みたいな格好の人もいれば、道着のようなものを着た人もいる。皆が、剣、斧、槍、弓、杖といった武器の類を携えており、この空間の異常性が伝わってくる。


「リサ、新入りだよ」


 ゲルダはカウンターの女性に声をかけた。歳は二十歳くらいで、かけた眼鏡が知的な印象だ。


「新人なんて久しぶりですね。どうぞその筒をこちらに」


 言われたとおり、私はリサと呼ばれた女性に銅筒を渡す。


「あなたがクロエさんですね。待っていましたわ」


 中の書類に目を通したのち、リサさんは笑顔を作る。


「登録が完了したらお呼びしますので、それまでお待ちください」


 リサさんが奥の部屋に引っ込んだのち、近くの椅子に腰を下ろす。

 頭を整理する必要がある。まずここは、昨日と同じ夢の世界で間違いない。建物の外観や、外の風景も合致する。昨日はこの建物に入ろうとしたとき、誰かとぶつかったところで目が覚めた。今日はその続きと考えてよいだろう。

 夢なら覚めればいいと、私は自分の頬を思いっきり抓る。

 ギリギリと力を込めるも、頬が痛いだけで一向に目覚める気配はなく、今度は太腿を抓るも結果は同じ。頬を叩いたり、壁に足の小指をぶつけてみたりするも、やはり目が覚めることはなかった。

 気になるのは、耳に入ってくる周囲にいる人たちの会話だ。

 大斧でオーガの首を撥ねてやった。友人がバジリスクの毒で死んだ。西の村が黒騎士団に焼き払われた等々……、どれも物騒な内容だ。私の夢はどうなっているのだ。


「クロエさん。手続きが終わりましたので、カウンターにどうぞ」


 呼ばれてカウンターに歩くと、リサさんは一枚の紙を私に寄越す。


「事前に大体の手続きはすませていたようなので、ここにサインするだけで登録完了です」


 半信半疑ながら、私は指定されたところに自分の名前を記入する。

『黒江咲』と漢字で書いたつもりだった。けれど頭で考えたこととは別に、ペンを握る手は見たこともない字を綴ってしまう。

 それはこの世界で使われている文字だった。書類を構成する文字もこれで、不思議なことに書かれている内容がわかる。そういえば、ここの看板もなにげなく読んでいたのだった。


「おめでとうございます。たった今あなたは冒険者となりました。これが身分証です」


 渡されたのはメダルがぶら下がったペンダントだった。銀色で+と×を組み合わせたような模様が彫られている。


「それがあれば各地の支部で依頼が受けられますので、無くさないようご注意ください。それとこちらへどうぞ、支給品を用意しております」

「支給品?」

「はい、新人への我々からのプレゼントと思ってください」


 そして案内された部屋にあったのは、一本の剣と、一着の鎧だった。


「あなたのものです。早速装備してみてはどうですか。きっと似合いますよ」


 私は難色を示した。こんなコスプレみたいなもの着たくはない。

 強く拒否するも、リサさんは引き下がらない。


「お願いしますよ。この鎧一式はあなたを見たあと、似合いそうなものを私が見繕い、コーディネートしたのです。あなたが着てくれないことには、自分のセンスが正しかったと証明できません」


 そのあとも彼女は巧みな話術を発揮し、ついに私は説得されてしまったのだった。

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