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異世界転生は夢の中で  作者: 実乃里
第三章 契約にはご注意を
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私も強くなった

 背後から振り下ろされた棍棒を、私は咄嗟に右手のガントレットで受け止めた。

 不意の一撃を止められたことは予想外だったらしく、鬼を彷彿させる形相に動揺の色が差す。

 その隙を逃さず、私は足払いでそいつの体制を崩す。よろめいたそいつの腕を掴み、先ほどまで刃を交えていたオーガの方に放り、剣で二体まとめて串刺しにする。

 息絶えた二体から急いで剣を引き抜き、周りの状況を確認する。

 右上の高台では、ラデルが二体のオーガと戦闘中だ。数では負けているも、彼は巧みに立ち回り、ほどなく一体を切り捨てる。こちらは問題ないようだ。

 左奥の広場では、アトラとノルルが五体を相手にしている。あちらも一見不利な状況に思えるも、アトラの魔法は大人数を相手にするのに最適だ。これにノルルのサポートが加われば、数による劣勢などないようなものだ。五体のうち四体が炎に焼かれ、残った一体はノルルが自慢の体術で仕留めた。

 獣のような悲鳴が聞こえたので振り返ると、上から降ってきたオーガが地面に落下し、そのまま動かなくなった。

 見上げると高台からラデルが手を振っている。あちらも無事に終わったようだ。

 戦闘を終え、私たちはいったん集合する。


「複数相手だとしんどいぜ。そっちはどうだった?」

「数は結構いたけど、魔法一発で片がついたわ」

「オーガたちは戦略的に動かないですからね。アトラさんからすればただの的です」

「それでも背後から攻めるくらいの頭はあるみたいよ。私は不意打ち受けたわ」

「お怪我はなかったですか?」

「大丈夫、適切に対処したから」


 そう言って私は倒したオーガの死体を指さす。


「なんかクロエって、一気に強くなったよな」


 ラデルは好奇心を称えた瞳で私を見る。


「だから言ったじゃないですか。最初は弱っちくても、すぐに実力がつくって」

「腑に落ちないのよね。インチキでもしてるんじゃないかって疑いたくなるわ」


 ラデルとは違い、アトラはジト目をこちらに向ける。


「なによ、私が強くなっちゃいけないわけ」

「そうは言ってないわ。ただ余りに急激すぎて不気味なのよ。私やラデルも、施設で数年の訓練を積んだうえで戦う力を会得したわ。けれども素人同然だったクロエはこの短期間であり得ないほど実力をつけた。……ねえ、真面目に魔神とかヤバイ存在と契約なんてしてないでしょうね」


 アトラは本気で心配そうにしている。


「あなたが考えているようなことはしていないわ。これについてはいずれ説明するから。それより、早く遺跡の奥にいるオーガのボスを倒して依頼を終わらせましょ」

「……わかったわ。どんなトリックなのか、ちゃんと説明しなさいよね」


 アトラが納得したところで、私たちは遺跡の奥へと進む。

 私がラデルたちの仲間になり、一か月が経過した。このひと月、彼らと共に多数の依頼を熟した。盗賊団の捕獲。村を襲う魔物の討伐。遺跡からマジックアイテムの入手。どれも困難な依頼ばかりだったけど、私もしっかりパーティーに貢献している。今の私はコボルトに怯えていた頃とは違う。冒険者として確かな実力を身に着けたのだ。

 全ては早瀬の発見によるものだ。地竜を倒したことを報告した日の放課後、私は再度早瀬の家を訪れた。いつかと同じく自分の部屋へと私を招くと、彼は本棚から一冊の本を取り出した。

 見覚えのある本だった。初めてここにきたとき、暇潰しにパラパラと捲っていた漫画だ。


「ここを見てよ」


 彼が提示したページに視線を落とし、ハッとする。

 そこには私が地竜を倒したのと似たシーンが描かれていたのだ。地竜でなく人型の怪物という違いはあれど、主人公が落下した際に剣を頭部に突き立てるシーンなどは酷似している。


「黒江さんがあのとき見ていたこの漫画に、似た描写があるのを思い出したんだ。間違いなくこのシーンが記憶にあったからこそ起こせたんだよ」

「私は流し読みしていただけよ。現にこんなシーンがあったことも覚えてなかったし?」

「確かめる方法は一つさ」


 その日から、私は早瀬に勧められるまま大量の漫画を読み始めた。彼から借りる他、漫画喫茶や、古本屋などを活用し、時間が許す限り読んだ。ジャンルはバトル物に限定され、主人公たちが剣やら特殊能力やらで戦うシーンを頭に叩き込んだ。

 結果として早瀬の読みは当たっていた。各作品内で見たアクションを、私がこの夢の中で行えるようになったのだ。つまり、漫画を読めば読むほど強くなるわけだ。

 それが発覚するや、早瀬は漫画だけでなく、ライトノベル、アニメや映画のDVDなども私に貸してきた。そしてそれらもしっかり効果を示したのだった。

 問題はこのことをどう三人に伝えたらよいのやら。漫画やアニメや映画などをどう説明すればいいのかまるでわからない。この辺も早瀬に相談してみるとしよう。


「ところで、それって本当に使うのか?」


 ラデルの声で物思いを中断する。

 彼は私が右手にしているガントレットを指さしている。


「うーん、必要に迫られたら使うつもり」


 ガントレットの調子を確かめる。手首のピンは問題なし、甲の特殊プレートも問題なし。


「構造を聞く限り、凄まじく危険な臭いがするんだが……」


 ラデルはいまいち浮かないようすだ。


「あの怪しい錬金術師が制作したんでしょ。そんなものよく使う気になるわね」


 アトラは両手を広げ、呆れポーズを取る。


「腕の方は確かよ。現にオーガの棍棒を受け止めたけど、誤作動はしなかったわ。安全性は問題ないと信じているわ」


 補足するなら、信じているのは錬金術師でなく、この武器を考案した早瀬のことをだ。


「でも、今私たちが愛用している新しい道具類は、全てあの錬金術師さんが制作したものですよ。きっと大丈夫ですって」


 ノルルだけが肯定的だ。彼女はなにごとにも常に前向きだ。

 そうこうしているうち遺跡の最深部に到達し、私たちは声のトーンを落とす。

 最深部はホール状に開けている。出入口が上部にあり、下が広場、ちょうどオペラハウスや映画館に近い構造だ。

 私たちは近くの柱に身を顰め、広場を伺う。

 広場には多数のオーガがおり、その中央にはひと際大きな個体が鎮座していた。


「ターゲット確認だな」


 ラデルは手袋の紐を締めなおす。


「あれがキングなのね」


 オーガの群れのボス、オーガキングだ。遺跡に巣食うキングの討伐が、今回私たちが受けた依頼だった。


「どう攻めるわけ? あの数相手に正面からは無謀よ。私の魔法だって限りがあるし」

「ならやることは一つです。幸い、この広場には遮蔽物がたくさんありまから、隠れるにはもってこいです」


 ノルルは杖をしまうと、代わりにナイフを取り出す。


「地味だが、それが確実だろうな。気づかれないように一体ずつ仕留めよう」


 ラデルも剣からナイフに持ち返る。


「まずはやつらをバラけさせましょう。ラデル、自慢の肩を披露してちょうだい」


 私はポーチから出した筒をラデルに渡す。


「任せろ。投擲と同時に二手にわかれるぞ」


 ラデルは筒からピンを抜き、それをオーガたちの中に投げる。

 広場に響く乾いた音と、訝しむオーガたちの呻き声。そして爆発と衝撃。


「作戦開始だ」


 ラデルとノルルが右から、私とアトラが左から。周囲を探索するオーガたちを一体ずつ仕留める。

 岩陰に隠れ、通りかかったオーガをナイフで一突き。側溝の中を匍匐で進み、脇に立つオーガを引き摺り込み、同じくナイフで一突き。アトラに周囲を監視してもらい、孤立しているオーガのみに狙いを絞る。俗に言うプレデター戦だ。


「しかしエグイ戦法よね」


 六体目を片づけたとき、アトラが呟く。


「正面から戦いたくないって言ったのは誰よ」

「別に悪く言ってはいないわ。ただ暗殺者みたいで卑怯だなって思っただけよ」

「戦いに卑怯もなにもないわよ。負けたらそれまでなんだから」


 つい無駄話しに気を取られてしまい、一体の接近に反応できなかった。

 そのオーガは私たちへの攻撃より、仲間への警告を優先させたようで、大きな声を上げる。

 アトラがすかさず魔法で仕留めるも、一歩遅かった。多数の気配がこちらに近づいてくるのがわかった。


「見つかったわ!」

「わかってる!」


 私は足元に煙幕筒を落とし、立ち込める煙の中をアトラと共に走る。

 煙から出ると、広場の奥でラデルとノルルが、オーガ数匹を相手に立ち回っている光景が見えた。私たちが発見されたのを知り、彼らも隠れるのをやめたようだ。


「大変! 二人の援護に向かうわよ」

「待って!」


 私は、ラデルたちの方に駆けようとするアトラを止める。


「見て、キングの周りが手薄になってる。キングを仕留めさえすれば群れは瓦解するわ」


 そのキングもラデルたちの方に気を取られている。まさに千載一遇のチャンスだ。


「……そうね、じゃあ手早くすませるわよ」


 アトラは一瞬躊躇いを見せるも、私の案に乗ってきた。

 先手必勝とばかりにアトラはキングに魔法を放つ。彼女お得意の爆炎球(モルトフ)だ。バスケットボールほどの火炎の塊がキングに直撃し、辺りに爆風と炎が広がる。

 キングがダメージに苦しんでいる隙に、私はダッシュで近づく。

 手前にいたオーガを足場に宙を舞い、キングの胸に剣を根元まで突き刺す。

 そこで勝利を確信したのは早計だった。さすがはキングと言われているだけあり、他とは生命力が違った。炎で焼かれ、剣で胸を突かれてもまだ息をしているばかりか、戦意を失ってすらいない。

 私はキングの巨大な両手で左右から鷲掴みにされ、恐ろしいほどの力で締めつけられた。筋肉が切れる感覚、骨が軋む音。気が狂いそうになる痛みが全身を駆け巡る。

 アトラは私を助けようとするも、他のオーガに邪魔をされ、自分のことで手いっぱいのようだ。

 もうダメかと思われる状況だけど、生憎、戦意を失ってないのは私も同じだ。こちらにはまだ奥の手が残っているのだ。

 私は右手のガントレットのピンを歯で引き抜く。すると手の甲にあったプレートが指の上にスライドし、ナックルのような形状に変わる。

 そしてそれを、ありったけの力でキングの頭部に打ちつける。

 巻き起こる閃光と爆発。右手に伝わる熱と衝撃。頭部を失ったキングと、地面に倒れるその体。

 両手から解放されるや、私は右手を押さえ、悶絶しながら地面を転がり回った。


「ちょ、クロエ。あんた大丈夫!」


 アトラが慌てて駆け寄ってくる。


「大丈夫じゃない! メッチャ痛いし熱い。多分骨も逝った」

「だからそんな武器使わない方がいいって言ったじゃない!」

「うるさいわね。それよりオーガたちは?」

「今大勢で逃走中よ。キングが倒れたから群れは解散ね」

「それなら早く回復薬ちょうだい。痛くて死にそう」

「わかってるって。ほら、手を出して」


 アトラは懐から細長の容器を取り出し、私の手にスプレーする。

 一瞬焼けるような痛みが走るも、それはすぐに収まり、患部に残るじんわりとした温かさと共に傷が癒えてゆく。


「タブレットもちょうだい。体をミシミシやられたわ」

「そっちはノルルに癒してもらいましょ。アイテムはタダじゃないんだから」

「私より、お金を取るわけ」

「冒険者ってのはそういうものよ」


 私は痛みを堪えつつ、ノルルがこちらに駆けつけてくるのを待つのだった。

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