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異世界転生は夢の中で  作者: 実乃里
第二章 パーティー・イン・テスト
18/42

キノコ作戦始動

「タリオン、ありったけのキノコを採取して!」


 夢世界に戻るなり、私は足元の靴下茸を抜き始める。


「おいおい、いきなりどうしたんだ。腹でも減ったのか?」

「地竜の裏を掻く方法がわかったのよ。いいから手伝って」


 タリオンと二人でキノコを採取し、ほどなくキノコの山ができあがる。


「これだけ密集させると臭いもすごいな」


 タリオンは鼻を押さえ、顔を背ける。


「水はよし。布もある。なんとかなりそうね」


 食料樽から水瓶を、棚からは埃除けの布を取る。


「いったいなにをするつもりなんだ。そろそろ教えてくれてもいいだろ」

「地竜はニオイで私たちの動きを察知しているのよ。頭部にある複数の穴がニオイを感知する器官で、頭部全体が高性能な鼻ってわけ」

「頭全体? そりゃあまた、デカ鼻なこって……」


 タリオンは自分の鼻と頭を摩る。


「つまり私たちのニオイを覆い隠しさえすれば、やつは標的をロストするわ。この靴下茸のキツイ臭いなら、じゅうぶんな効果が得られるはずよ」


 私は作業を開始する。キノコを細かく刻んだのち、容器の中ですり潰す。水を少量加えてペースト状にし、それを布に刷り込んでいく。


「なるほど、こいつを羽織ればニオイは消せるな」

「念には念を入れないとね……」


 私はキノコペーストを手に取り、思い切ってそれを顔面に塗りたくる。

 首、二の腕、素足。強烈な臭いに涙目になりつつも、素肌が剥き出しの部分をペーストでガードする。


「さあ準備完了よ。行くわ」


 頭から布を羽織り、隙間に近づくも、地竜がやってくる気配はない。

 外に松明を向けると、隙間の手前で待機している地竜の姿が見える。私に気づいてないようで、まったく動きはない。


「成功ね」

「こいつはすげえや。キノコが地竜に勝っちまったぜ」


 次の瞬間、地竜が頭をもたげたため、私たちはハッと口を噤む。どうやら物音も厳禁なようだ。

 私はゆっくり隙間を抜けると、音を立てないよう慎重に地竜の前を横切る。

 地竜はこちらに気づいたようすもなく、ジッと隙間の前から動かない。私は小さく息を吐いて肩から力を抜いた。

 キノコ作戦も早瀬のアイデアだ。曰く、体に泥を塗って異星人の目を誤魔化す要領らしい。正直半信半疑だったものの、見事に作戦は成功だ。

 そのまま静かに洞窟の奥へと進み、箱の場所へと向かう。

 洞窟の奥は木材で複数のパーテーションが作られ、ベッドやテーブルが並んでいる。ここが樫木団の寝床および、プライベートスペースのようだ。

 タリオンが言うには、箱はここのどこかにあるらしい。

 周囲をくまなく見渡すと、スペースの一角に大箱を発見する。これがそうだろう。

 箱は金属製で、蓋だけでかなりの重さがあった。両手をかけ、全身の力でなんとか蓋を開く。

 開き切ったところで気を抜いたのは失策だった。力を緩めた瞬間、蓋が勢いよく後ろに反り、耳触りな金属音が洞窟内に反響する。

 こちらのミスに答えるように、背後から巨大なものが近づいてくる。

 闇の中から迫ってきた地竜は私の前で足を止め、周囲を探るように頭部を動かす。

 生きた心地がしなかった。地竜の頭部が目の前を通過するたび、全身の血液が凍ったように冷たくなる。

 私は静かに箱の中に手を伸ばし、手頃な大きさの銀杯を掴むと、それを闇の中に放り投げた。

 遠くでカランと乾いた音が鳴ると、地竜は踵を返してそちらに走って行く。

 今のうちだ。私は素早く箱の中を探り、目的のアミュレットを見つける。

 アミュレットをポーチにしまい、洞窟の外を目指そうと身を翻したとき、頬から汗が一筋流れる。

 地竜を前にしたときの冷や汗に、松明の熱による発汗。自分が全身汗だくになっていることに気づく。肌に塗ったキノコペーストは落ち、纏っている布の臭いも心なしか薄れてきている。

 状況はすこぶるまずい。一刻も早く洞窟から出なければと思ったとき、地竜が戻ってくる音がした。

 私は走った。追跡を阻害するため、その辺にあるパーテーションや木柱の隙間を縫うように進むも、地竜はそれらを破壊しながら追いかけてくる。足は地竜の方が早いも、急な方向転換は苦手なようで、ジグザグに走ることでなんとか逃げ切れている状況だ。

 息が上がってきたとき、運悪く地竜の尻尾に弾かれ、私は地面を転がる。

 体を回し、ゆっくりとこちらを振り向く地竜。立ち上がって逃げる隙はあったものの、私は反射的に頭を抱えて蹲ってしまった。こうなるともう体が竦んで動けない。

 あとは地竜の餌になるばかりかと思われたとき、地竜の頭に横から石が飛んできた。


「おーいトカゲの王さま。そんなキノコ臭い肉より、こっちの身が締まった肉の方が美味いぜ」


 タリオンだった。彼は大声を上げながら、地面から拾った石を地竜に投げ続ける。

 地竜は新しい獲物に興味を示したようで、タリオンの方に頭を向ける。


「今のうちに後ろの梯子に上れ!」


 後ろを見ると、岩肌に板を組み合わせた梯子らしきものが見受けられた。

 すぐに立ち上がり、梯子を駆け上がる。洞窟上部には人が乗れるほどの段差があり、梯子はそこに続いていた。なんの場所かはわからないけれど、とにかく助かった。


「タリオン、そっちは大丈夫!」


 彼の安否を心配して下を覗き、そして絶句する。

 ……地竜が壁を上っているのだ。巨体を器用に揺らしながら岩壁に爪をかけ、まるでロッククライミングのようにこちらに這い上がってくる。


「冗談でしょ」


 頭を抱えつつも、腹の中では覚悟が決まっていた。

 やるしかない。私は剣を抜き、地竜が上がってくるのを待つ。やつが顔を出した瞬間、無防備な頭部に一撃を食らわせるのだ。

 まず現れたのは右前足だ。段差に前足を乗せると、先端の爪で岩肌をガッシリ掴む。次に左前足で同じ動作を行い、ついに頭部が縁から現れる。

 私が構えていた剣を渾身の力で振り下ろそうとしたとき、足元がグラッと揺れる。

 段差は地竜の重さに耐えられるほど頑丈ではなかったのだ。私は地竜と共に地面へと落ちる。

 普通なら無事にすむ高さではないものの、皮肉なことに地竜のおかげで怪我を免れた。段差が崩れた際、地竜の頭に乗っかったため、結果として落下距離と衝撃が軽減されたようだ。


「クロエ、無事か」


 タリオンがやってきた。いつの間にかその手には松明が握られている。地竜から逃げるとき私が落としたやつだろう。


「地竜はどうなったんだ?」

「わからないわ」


 落下したあと、地竜は地面に突っ伏したままピクリとも動かない。私にとっては結構な高さだったけれど、地竜が転落死するほどとは思えない。

 タリオンは静かに地竜に近寄り、松明で照らす。


「こいつは驚きだ。きてみな。お前さんの勝ちだ」


 そう言ってタリオンは松明で地竜の頭部を照らす。


「嘘……」


 私は信じられない気持ちで、地竜の脳天に突き刺さった剣を見つめた。

 どんな奇跡が起きたのか、段差から転落した拍子に刺さってしまったようだ。


「偶然とはいえ、お前さんは地竜を退治したわけだ。大したもんじゃねえか。ドラゴンスレイヤー・ジョージ、ここにありってか」


 結果的にそうなるのだけれど、どうも偉業を成し遂げた気がしない。


「さてと、邪魔者が消えたところで外に出ようぜ。新鮮な空気が恋しくてたまらん」


 そして私とタリオンは洞窟を出る。


「これからどうすんの?」

「故郷に帰るつもりだ。ネブラにあるオーク要塞が俺の故郷なんだ。もし立ち寄ることがあったら歓迎してやるよ。それじゃあな」


 こちらに手を軽く上げたのち、タリオンは去って行った。

 なかなかいいやつだった。ギルドの資料にはオークが魔物のように書かれていたけれど、どうも事実とは異なるようだ。

 色々と釈然としないことはあったものの、依頼は無事に達成できた。ポーチのアミュレットが無事なことを確かめ、ラバマへと帰る。

 月明かりに照らされた街道を歩いていると、前方から松明の明かりが近づいてきた。


「ごくろうさん。見事任務達成だな」


 先頭で松明を持っていたラデルは、ニッコリと笑う。


「お怪我はありませんか。落ちたとき、捻挫とかしませんでした?」


 ノルルは私の体をチェックし始める。


「なんで知ってるわけ?」


 任務達成とか、落ちたとか。明らかに二人は、私が洞窟内で体験したことを把握している。

 ラデルとノルルは、後ろに立つアトラの方を見る。


「これのおかげです」


 ノルルはアトラのポケットに手を入れる。


「ちょ! やめなさい、ノルル!」


 そしてアトラの制しを無視し、中からテニスボールほどの水晶玉を取り出す。

 その表面にはノルルとアトラが映っていた。ノルルが体を動かすと、水晶玉に映る彼女も同じように体を動かし、隣りのアトラも現実と同じく仏頂面だ。私が横を向くと、それに合わせ水晶玉の映像もスライドする。どうやら私のどこかにカメラのようなものが仕かけられているようだ。


「監視用の魔法よ。あんたにかけておいたの……」


 アトラはそっぽを向いたまま不機嫌そうに答える。

 彼女が指を鳴らすと、私の右肩でパチッと静電気が弾けるような音がし、同時に水晶玉の映像も消える。

 そういえば彼女に肩をタップされたことがあった。仕かけられたのはあのときだ。


「テストは合格で問題ないわよね」

「約束だしね。仲間にしてあげてもいいわ。せいぜい足を引っ張らないことね」


 そう言ってアトラは一人で歩いて行ってしまった。


「イヤなやつね。不愛想にもほどがあるわよ」


 私は不平を漏らす。労いの言葉が一つくらいあっても罰は当たらない。


「アトラは極度の照れ屋やなんだ。不機嫌そうにするのはただの照れ隠しだから勘弁してやってくれ」

「私も初めて会ったときはあんな感じでしたよ。大丈夫です、アトラさんはチョロイですから、すぐにデレてくれますって」

「実際いいやつなんだって。クロエが地竜に襲われたとき、アトラは大慌てで助けに向かうところだったんだぜ」

「オーク関連の依頼を選んだのも、オークならクロエさんを殺すより生け捕りにするだろうという算段があったからです。私たちが助けに行く時間が稼げると踏んだんですよ」


 二人の説得に私は折れることにした。


「もう、わかったわよ。アトラとは気長につき合ってみるわ。それより、おじゃんになった私の歓迎会、ちゃんとやりなおしてくれるんでしょ?」

「もちろんだ。ラバマに戻ったらすぐに続きを始めようぜ」

「今度は美味しくご飯が食べれますね」


 私たちはアトラのあとに続いてラバマへと続く道を歩いた。


※ ※ ※ ※ ※


 ものごとをやり遂げるというのは気分がよい。それが困難なものであれば尚更で、朝の目覚めは清々しいものだった。

 そのまま気分よく登校し、早瀬に結果を報告したところ、彼はなにごとか考え込んでしまった。


「地竜を倒しちゃったわけか……」


 どうも私が地竜を仕留めたことが気になっているようだ。


「倒しちゃいけなかった?」

「倒したこと自体は問題ない。僕が気になっているのは『倒し方』さ」


 落下したとき、握っていた剣が地竜の頭部に刺さり、奇跡的に勝利を得た。私はただの偶然と結論づけたけれど、彼はなにか思うことがあるらしい。


「はっきり言ってよ。なんか引っかかるじゃない」

「なら今日の放課後、また僕の家にきてくれる。実物を見せるのが手っ取り早いと思うから」


 実物? いまいちはっきりしないけれど、とりあえず放課後の自宅訪問を承諾する。


「なにはともあれ、依頼達成おめでとう。遅ればせながらお祝いを言わせてもらうよ」

「ありがたく受け取っておくわ」


 早瀬から労いの言葉を引き出せたことに満足する。


「僕の予想どおり、地竜はニオイで獲物を探知していたわけか……。これで確信が持てたよ」

「確信?」

「僕が黒江さんの力になれるということさ」


 私はドキッと彼の顔を凝視する。


「正直半信半疑だったけど、確信が持てたよ。僕は黒江さんの力になれる。任せて、なんとかして君を夢世界から救い出してみせるから」


 そう言ってのける早瀬からは、とても頼もしいものを感じるのだった。

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