準備は入念に
夢世界に戻ると、すぐにギルドの資料室へと足を運ぶ。
ズラリと並んだ書物の中から、魔物図鑑を手に取り、オークについて書かれたページを開く。
さて、『エロ』か『硬派』か。固唾を飲んで読み進めると、『人間の女性を手籠めにする習性あり』との一文を見つける。
どうやら私の夢世界のオークは、エロオークのようだ。
……失敗は許されない。あらゆる対策を練って挑む必要がある。
私は図鑑を熟読したのち、ギルドを出てラバマの街へと出た。行き先は鍛冶屋と薬屋、そして錬金術師の工房だ。
まず鍛冶屋に赴き、剣の修繕を頼んだ。黒騎士と戦った際、刃が潰れてしまったのだ。
修繕が終わるまでしばし時間がかかるため、その間に薬屋で薬類の補充をすませる。傷薬、止血薬、シップ薬。高価なヒールポーションも惜しまず購入し、依頼に備える。
次は錬金術師の工房だ。工房の主人とは面識がある。以前、依頼で新薬の実験台になり、酷い目にあった経験があるのだ。
「君はいつかの冒険者ではないか。ちょうどよかった。また試作薬の被験者になってはくれないか。今度のはすごいぞ。なんと透明になる薬だ」
主人は二十代後半か三十代前半くらいの男だ。茶色のローブを纏い、室内にもかかわらずフードを被っている。ギラギラした瞳と、不健康そうな青白い肌。お世辞にも清々しい人間ではない。
「断固お断り、他を当たってちょうだい。それより今日は客としてきたのよ」
工房ではアイテムの販売も行っている。ちなみに扱っているものは、呪いの指輪や麻痺毒、発火液といったヤバイものばかりだ。
「それは失礼した。なにがほしいんだ。私の工房で扱うのは、普通の店では手に入らないものばかりだぞ」
主人は接客モードへと移行したようで、へつらうように両手を擦り合わせる。
「爆薬類を見せてくれない」
「素晴らしい! ようやく爆破の偉大さがわかる人間が現れたか。任せろ。城壁でも木っ端微塵にする高性能爆薬から、最新型の液状爆薬までなんでもあるぞ」
主人は商品ケースの前に私を引っ張る。
「そんなヤバそうなものいらないわ。ちょっと燃える程度でいいのよ。あとネシウムの葉を三束ほど」
「ネシウムの葉だと? そんなものなにに使うのだ。身でも清めて聖職者にでもなる気か」
ネシウムの葉は燃やすと大量の煙を発生させる。この世界の聖職者たちは、身を清めるとき煙を浴びる習慣があり、主に教会内で使用されている。
「教会の使徒になる気はないわ。ただ煙を発生させるものがほしいだけよ」
「君はいったいなにを企んでいる?」
好奇心を刺激されたようで、主人が探るような目で私を見る。
とくに隠す理由もないため、私は用途を伝えた。
「すもーくぐれねーど……とな? なるほど、投げると煙を発して視界を遮る道具か」
作りたかったのは煙幕弾だ。これは早瀬のアイデアで、彼曰く、こちらの世界にあるものでも制作が可能とのことだ。
早瀬が考案した仕様を主人に伝えると、彼はすっかり乗り気になった。
外見と性格には難があるも、錬金術師としての腕は確かなようで、主人は有り合わせの材料で、あっさり煙幕弾を制作してしまった。
できあがった筒の上部を押し込むと、筒から大量の煙が噴出され、辺りを完全に覆ってしまう。想像以上の効果だ。
上部には火炎木の実が仕込まれており、押し込むことにより割れ、内部の延焼剤に着火。あとは詰めてあるネシウムの葉が燃え、内部で発生した煙が外に噴出する仕組みだ。
同じものを五つほど作ってもらい、工房をあとにする。
鍛冶屋に戻ると、ちょうど剣の修繕が終わったところだった。新品同様になった剣に満足して鍛冶屋を出ると、外にはアトラの姿があった。
「なんの用かしら。これから依頼主のところへ行かなきゃいけないんだけど」
「あなたの顔を見にきたのよ。これで見納めになるでしょうから」
アトラは腕を組み、不敵な表情を浮かべる。
「言ってなさい。吠え面かかせてやるんだから」
「それは楽しみだわ。まあ精々がんばることね。オークに捕まって悲惨な一生を送らないよう祈っててあげる」
そう言ってアトラは私の右肩をポンと叩き、歩いて行ってしまった。
なんてイヤな女だ。ムカムカする胸を抱いて、私は依頼主のところ向かうのだった。