試験開始
「確かに気になるね。黒入江の魔女サキ。訳すと黒江咲だ」
次の日、学校で早瀬に夢の内容を報告すると、やはり彼もこの部分に注目したようだった。
「なにかわかる?」
「現時点ではなんとも。ただ、黒江さんの夢世界となんらかの関係がある可能性は高いよ。なにせ同じ名前の人物がいるんだから」
同じ名前と言えば、もう一人いる。
「キリカについてはどう思う?」
「ラデルの妹だね。うちのクラスの白河さんを連想させるけど、どうなんだろ。やっぱまだなにも言えないな」
まあこんなものだろう。黒騎士たちを率いている人物がわかっただけでも収穫だ。
「ねえ黒江さん、いっそラデルたちの仲間になったらどう? やっぱり一人で行動するのは危険だし、それに一緒に旅をする仲間はファンタジーに必要不可欠だよ。三人の目的は魔女サキで、黒江さんも魔女サキについて情報を集めなきゃいけない。利害は一致しているじゃないか」
確かにそれはいい考えだ。あの三人となら上手くやれるかもしれない。
「わかったわ、今晩向こうに行ったら頼んでみる」
こんな感じでやるべきことは決まった。
夢世界での行動を大雑把にイメージし、私は現実での生活を熟す。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど?」
私は休憩時間、白河桐花に声をかけた。個人的にどうしても確認しておきたいことがあったのだ。
「えっ、いいけど、なにかな?」
白河桐花は私に話しかけられたことが不思議で仕方ないようすだった。その表情からは緊張と驚きが読み取れた。
「あなたにお兄さんはいたかしら?」
「いえ、いないけど……。私は一人っ子だし」
その答えに、私は心の中でホッと胸を撫で下ろす。
「ならいいわ、聞きたかったことはそれだけよ。気にしないでちょうだい」
確認を終えるや、私はさっさと彼女の元を離れた。
※ ※ ※ ※ ※
その晩夢世界に下りた私は、ラバマへ戻る馬車の中で、三人へ仲間に加わりたい旨を伝えた。
「俺は構わないぜ」
「歓迎しますクロエさん」
ラデルとノルルは二つ返事で快く私を迎えてくれた。
「この子が仲間ね……。うーん」
ただ一人、アトラが煮え切らない物腰で私をジロジロ見詰めていた。
野営で一晩明けた翌日ラバマに着くや、すぐにギルドに向かう。
もし他の冒険者の身になにかあり、なおかつその場に居合わせた場合、ギルドに報告するルールがある。それにあの黒騎士団が関係しているうえ、村が一つ壊滅しているのだ。ことは冒険者の殉職に留まらない。
報告を受けたリサさんは、重苦しい雰囲気で書類にペンを走らせる。
「かの村が黒騎士団の襲撃を受けたとの情報はギルドも得ていますが、まさかクロエさんもそこにいたとは知りませんでした」
書類への記載を終えたあと、リサさんは重そうな瞳を私に向ける。
「村はすでに衛兵隊の管理下に置かれ、犠牲者の埋葬も始まっています。カイさんとゲルダさんの遺体も回収され、今朝故郷へ送られたそうです」
カイとゲルダが私と仲がよかったことは、リサさんも認知している。
「二人は遥か西のリゾナ出身なのですよ。カイさんはリゾナの街にある実家へ、ゲルダさんは周辺にあるエルフ自治区のナホバへ。無言の帰宅となったことが残念でなりません」
脳裏に二人の姿を思い出し、私は眼の奥が熱くなった。
「クロエさん、これをどうぞ」
そう言ってリサさんは巾着袋をカウンターに置く。それはギルドが冒険者に渡す報酬だった。
「荷物の運搬により、二人が受け取るはずだった報酬です。代わりにクロエさんが受け取ってはくれないでしょうか」
「……わかりました。大切に使わせてもらいます」
一瞬迷うも、受け取ることにした。金欲からではなく、二人との繋がりを維持していたかったのだ。
受付での手続きを終え、私は三人のところに戻る。
「よし、じゃあ二階に上がろうぜ。飯だ飯だ」
「みんなで楽しくご飯です。パアーッと行きましょう」
私たちはギルド二階の食堂へと上がり、四人でテーブルにつく。
注文した料理が運ばれてきたのち、ノルルは各自のコップに果実酒を注ぐ。アルコール度数が極めて低く、飲みやすいお酒だ。
「それではクロエさんのパーティー加入を記念し、乾杯といきましょう」
私、ラデル、ノルルはコップを掲げるも、アトラだけは乾杯の素振りを見せなかった。
「水を差すようで悪いんだけど、やっぱり納得できない。私は彼女のパーティー加入に反対よ」
アトラは両手で×印を作る。
「アトラさん、いきなりなにを言い出すんですか」
「そうだ。もう少し場の空気を読んでだな……」
「二人は甘すぎるのよ。考えてみて、彼女は盗賊すら相手にできないのよ。仲間にしたところで足手まといになるのは目に見えてるわ」
胸にグサリと突き刺さる言葉だった。
「それはそうだが、クロエはつい最近冒険者になったばかりなんだぜ。歴史に名を残す大冒険者でも、最初は初心者だろ」
「そうですよ。クロエさんだって、今は弱っちいかもですが、そのうち実力をつけてきますよ。アトラさんだってなりたての頃は、ピクシー相手に泣いてたじゃないですか」
「私の過去はどうでもいいの! それより今よ。今私たちは一刻も早く黒騎士たちを追わなきゃいけないに。新人を育成している暇なんてないわ」
ラデルとノルルは押し黙る。それはアトラの意見が正論だったことを物語っていた。私が弱いのは否定しようのない事実なのだ。
「まいったな、どうすりゃいいんだ……」
「今更なかったことにするのも気まずいです……」
ラデルとノルルは肩身を狭そうに身を縮めている。
「――つまり私が実力を示せば文句ないわけね」
「へえっ、具体的にどうやって?」
アトラは私の返答に少なからず驚きを抱いたようだった。
「依頼を私一人で達成するというのはどう。見事達成できたなら実力を認めてよ」
こちらにも意地がある。役立たず呼ばわりされて引き下がる気はない。
「面白いわね、どんな依頼を受ける気なのかしら。実力を示すというのなら、それなりに難易度が高いものじゃなきゃね」
「あなたが指定すればいいわ。それが一番納得できるでしょ」
「へえ、私が選んじゃっていいんだ。文句言わないでよ」
私とアトラは視線で火花を散らしながら、一階の掲示板へと赴く。
「……これがいいわ!」
アトラは掲示板を端から端まで眺めたのち、一枚の依頼書を手に取る。
ようすを見にきたラデルとノルルは、その中身を見て青ざめる。
「『オークに奪われた家宝の奪還』。かなり難易度は高いわよ。さてどうする?」
アトラは挑発的な口調で、依頼書をこちらに渡す。
「やるに決まってるでしょ。文句をつける余地がないほど完璧に達成してあげるから、覚悟してなさい!」
私は依頼書を引っ手繰ると、そのまま受付で受注をした。