三人組再び
プランはこうだ。まず素早く納屋から脱出。そして黒騎士たちに見つからないよう隠れながら村を出て、ひたすら遠くに逃げる。実にシンプルな作戦だ。幸いなことに村の近くには森がある。森の中に入ってしまえばやつらの目を逃れる可能性は高い。夜の森がはたして安全かという問題もあるけれど、やつらに捕まったら元も子もない。
お世辞にも妙案とは呼べないものの、それでも希望が湧いてくるのがわかった。
悩みを相談できる相手ができたことが、これほど励みになるとは思わなかった。まさか早瀬から勇気をもらう日がくるとは。
帰宅してすぐ準備に取りかかる。心の準備と練習だ。
まずは迫ってくる刃をどうにかしなくてはならない。なんとしてでも振り下ろされる剣を回避するのだ。
間違いなくやつは油断しているはず。余裕綽綽で私を仕留めようとしていることだろう。
生憎、今の私は泣き叫んでいたときとは違う、折れていた心は元通りに繋がった。
まず夢の中の私は、壁にもたれる形で座っている。この態勢から素早く移動するには、横に転がるのが一番だろう。
黒騎士が剣を持っているのは右手で、刃は私の左上から迫ってくるはず。思わず反対の右に逃げたくなるけれど、ここは敢えて左に逃げることにした。試しに黒騎士を真似て同じ動作をしてみたところ、向かって右に逃げられた方が咄嗟に反応しづらいことがわかったからだ。
寝る前になんども動きを想定した。実際に夢の中と同じ体制を取ったうえで、目の前に黒騎士をイメージし、振り下ろされる刃を避ける練習を徹底的に行った。
ある程度動きが固まったところでベッドに入り、張り詰めた体を鎮めるように目を瞑る。
緊張で寝つけないかと思いきや、意外に眠りはすぐ訪れた。
かくして、徹底した対策を練って夢世界に下り立ったのだけど、先に結論を述べるなら、早瀬が考えた策も、寝る前のイメージトレーニングも全て無駄だった。
というのも、周囲の状況が想定していたものとまるで違っていたからだ。
場所は川辺のようで、すぐ近くから川のせせらぎが聞こえてくる。周囲を雑草が覆いつくす中、一角に土肌が剥き出しな場所があり、私はそこで横になっていた。
野営布団に収まったまま顔を左右に動かし、辺りを観察する。
枝と布で作られた簡易的な天井の下には焚き木の痕があり、誰かがキャンプをしていたことが見受けられる。
「気がつかれましたか」
不意に女性の声が聞こえてきた。誰だったろうか、記憶の片隅にある声色だ。
「また会いましたね、クロエさん」
彼女が姿を現す。白を基調とした服と、特徴的な杖。
「ノルル?」
「覚えていてくれましたか」
以前悪漢に襲われたとき助けてくれた三人組の一人だ。
「いったいなにがどうなってんの? なんであなたがここに? そもそもここってどこ?」
「どうか落ち着いて。もう危険はありませんから」
ノルルは子供をあやすように優しい声を出す。
「おっ、目を覚ましたか。よかった」
「元気そうでなによりね」
鎧を身に着けた少年と、フード姿の少女が姿を見せる。ラデルとアトラだ。
「ここに黒騎士たちはいません。だから安心してください」
その言葉から、三人が私の事情を理解していることが伺えた。
「そっか、また助けられちゃったのね……」
あのあと三人が村にきて、私を救出してくれたのだろう。
「いや、助けてはいない。俺たちが村についたときはもう終わっていたんだ」
それから話しを聞き、大よその事情は理解した。
三人は依頼でこの周辺地域におり、黒騎士たちが近くの村を襲ったという情報を得た。現地に急行したところ、村は既に壊滅。三人は村内を捜査したすえ、納屋で意識を失っている私を発見したのだそうだ。
「次はこっちの質問に答えてよ。昨晩村でなにがあったわけ?」
「アトラさん、クロエさんは目覚めたばかりなんですよ。少しは労わる努力をしてください」
ノルルに注意され、アトラが「むう」と呻く。
「私のことは気にしないで。もう大丈夫だから」
心遣いに感謝しつつ、私は起き上がるべく体を動かす。
「あっ! ちょっと待ってくださ――」
ノルルの静止は少し遅かった。布団から出て、初めて自分が衣類をなにも身に着けていないことに気がついた。
私は悲鳴を上げ、両手で体を隠す。ノルルはすぐにタオルを私の体にかけ、アトラは咄嗟にラデルの両目を手で塞ぐ。
「ゴッ、ゴメンなさい! 勝手にお洗濯してしまいました。その……汚れていたもので……」
ノルルはバツが悪そうに頬を掻く。
私は恥ずかしさで顔から火が出る思いだった。三人の視線から逃げるように顔を手で押さえて俯く。
「そっ、それより服はもう乾いてますので、起きるなら着替えてはどうですか。私たちは向こうに行ってますので、終わったら呼んでください」
ノルルは二人を連れ、草むらの奥へと引っ込んで行った。
情けなさに身を締めつけられながら着替えをすませ、三人に声をかける。
「じゃあ改めて訊くわね。昨晩村でなにがあったか教えてよ」
アトラは最初にコホンと咳払いをしたのち、再度先ほどの質問をしてきた。
私が昨晩村であったことをありのまま伝えると、三人が僅かに肩を落としたのがわかった。
「今回も目ぼしい手がかりはなしか……」
とくにラデルは一層落胆の色が濃いように思えた。
「まるでやつらを探しているように聞こえるけど?」
「そのとおりだ、俺たちは黒騎士団を追って旅をしている。……なんとしてもやつらの手からキリカを救出するんだ」
ラデルの口から聞き覚えのある名前が飛び出し、思わず聞き返した。
「俺の妹さ。三年前、やつらの最初のターゲットになったのが俺とアトラの村だったんだ。その際、妹のキリカがやつらに連れ去られた」
ラデルは悔しそうに唇を噛む。
「生き残った私とラデルは、キリカを助け、村の仇を取るため冒険者になったのよ。ノルルとはその後に知り合ったわ」
悔しい過去を思い出しているのか、アトラは手に持つ杖をギュッと握り締めている。
「私は黒騎士たちに個人的な恨みはありませんが、彼らの行為を許しておくわけにはいきません。ノルティスの使徒として、やつらの背後にいる『黒入江の魔女』に鉄槌を下す必要があります」
「黒入江の魔女? そいつが黒騎士たちのボスなわけ?」
「ああそうだ。黒入江の魔女サキ。黒騎士たちの首領さ」
ラデルの言葉に私は息を呑むのだった。