頼れるオタク男子
「夢の中で異世界転生か……。興味深い体験だね」
私の話しを聞き終えた早瀬は、バカにするでもなく、真剣に取り合ってくれた。
「信じてくれるの? どうして?」
頼んでおいてなんだけど、こんな荒唐無稽な話しをあっさり信じてくれたことが不思議でしょうがなかった。
「それを見せられるとね」
早瀬は私の左腕に視線を寄越す。
私は癒えた傷を彼に見せたのだ。根拠となるかは微妙だったけれど、提示できる物証がこれぐらいしかなかったのだ。
「昨日、黒江さんの腕から血が出ているのをクラス全員が見たからね。もちろん僕も確認した。あの怪我が一日で完治するとは思えないし、そもそもいきなり体に傷ができるのは異常だ。これらのことから、君の身に常識でないことが起きていることは予想できる。夢の中のファンタジー世界については半信半疑だけど、もし人を騙す気なら、もっとあり得そうな話しをでっちあげるはずだ」
早瀬はスラスラと喋る。
「それに黒江さんってプライド高いでしょ。僕をからかうために泣き真似なんかするとは思えないよ」
最後にそうつけ加えた。
「ありがとう……」
素直に言葉が出た。これもみな、その高かったプライドがズタズタになったせいだろう。
「問題はどうやって君を助けるかだけど。わかっているとおり、僕が黒江さんの夢の中に入ることはできない。できるとすれば、助言を与えることくらいだ」
「助言?」
「アドバイスさ。ファンタジー物の漫画や小説は割と齧っているし、これらから得たことは黒江さんの夢にも応用できると思うんだ。話しを聞いた限りでは共通する事項も多々あるようだしね」
「もし応用がダメだったら?」
「もしそうなら、僕がしてやれることはなにもない」
少し冷たい言い草に思えるも、事実そうなのだ。
「なんにせよ情報が足りない。もっと向こうのことを教えてほしい。どんな街があって、どんな人たちが暮らしているのか。住民の種族や生活スタイル、店で売られているものや、生息している魔物の種類も……」
「さすがに全ては把握していないわ。むしろ知らないことだらけなんだし」
「徐々にで構わない。新しいことを知ったなら、その都度情報を更新していこう」
「でも私、今にも殺されそうなのよ。次に寝たら命がないって!」
最大の問題がこれだ。迫ってくる黒騎士の姿を思い出し、また目尻が熱くなってきた。
「近状を詳しく教えてほしい。なにか対策が練れるかもしれない」
私は早瀬の言うとおり、状況を詳しく説明した。とある村へお酒の配達を行ったこと、黒騎士が強襲してきたこと、逃げ場がないこと、仲間だった冒険者二人と村人が殺されたこと、そして私へ刃が迫っていること。
「状況は把握した。……詳しい話しは放課後にしよう。それまでなにか対応策を考えてみるよ」
早瀬から有効な手立てがもたらされるのを期待しつつ、放課後を待つ。
そして迎えた放課後、私は待ち合わせに指定していた公園で早瀬と会った。会話の盗み聞きを警戒したためだ。早瀬と話しているところをクラスメートに見られたくない、という思いも少なからずあったりもした。
「まず確認しよう。三体いる黒騎士たちの位置だ。まず一人は黒江さんの前にいるとして、他の二体は?」
「納屋の隅、ちょうど私が追い込まれているところの反対側よ」
私の話しを聞き、早瀬は鞄から取り出したノートに大雑把な納屋の図面を描き始める。
「納屋の出入口の場所は?」
「ちょうどこの、二体いる黒騎士の後ろよ」
私は納屋の入口の場所を、早瀬が描いた図面内に丸で記す。
「位置的にここからの脱出は難しいな。他に出入口はないの?」
「出入口ではないけど、黒騎士が空けた穴から外に出ることはできると思う。……確かこの辺りだったはずよ」
記憶を頼りに、壁の穴の位置をマークする。ちょうど私が追い詰められているところの右前方だ。
「位置的に申しぶんないね。脱出ルートはここに決まりだ」
早瀬は赤ペンで壁の穴に赤丸をつける。
「そのあとはどうすればいいわけ。あいつらは空にもいるのよ」
「空だって死角はたくさんあるよ。建物の軒下とか、全てを監視できるわけじゃない。それに現地は夜で、霧も出ているんだろ。サーチライトでもない限り地上の人を発見するのは難しいと思うよ」
「村を覆っている霧はあいつらの仕業よ。自分たちに不利になるものを使用するかしら」
「そうかな。だって黒江さんたちが広場から逃げるとき、何本か矢が飛んできて、いくつかは外れたわけでしょ。黒騎士たちは黒江さんが逃げた方向にあてずっぽうに矢を放ち、運のない村人に命中したのが真相じゃないかな」
そう言われると、確かに見当違いの方に飛んでいった矢もいくつかあった気がした。
「ライダーが低空にいたのも、高い位置だと地表のようすが確認できないからだと思う」
早瀬は空から地面を眺める真似をしながら語った。
「そもそも空から監視する者がいるということは、地上の黒騎士だけじゃ頼りないってことじゃないか。馬屋を襲ったのだって、逃走に馬を使わせないためと考えるのが自然だ。つまり、馬を使われると対処できないってことさ。やつらは完璧じゃない。つけ入る隙はきっとある。だから諦めちゃダメだ」
私は早瀬に向かい、「うん、がんばる」と頭を下げた。