その日の夢はとても不思議?
今流行りの異世界転生という要素を別のアプローチで描いてみたく、試験的に執筆したものです。
元々文庫本一冊を意識して書いたものを分割して投稿しているため、話しの区切りが不自然な部分があるのはご了承ください。
気づくと空を見上げていた。
キレイな空だ。絵具を垂らしたように澄んだ青の中に、真っ白く巨大な入道雲が漂っている。飛び交う鳥たちと、涼しい風に煽られるピンクの花びら。排気ガス漂う都会の空しか知らない私には、もの珍しさも相まって、いっそう美しく思えた。
「嬢ちゃん。そろそろ到着するぞ」
その声は頭上から聞こえてきた。ここでようやく、自分が仰向けに寝転んでいることを理解し、ゆっくりと上体を起こす。
「もう少しでラバマが見えてくる。きっと余りの大きさにビックリするぞ」
声の主は初老の男性だ。のっぺりとした安っぽいベストを着込み、馬の手綱を握っている。
彼が操る馬車の荷台、積まれた干し草の上に私は寝転んでいた。
「……えっと」
私は辺りを見渡し、複数のクエスチョンマークを頭上に掲げる。
ここはどこなのだろう? 右手側には草木が生い茂る草原と小川、左手側には林が広がり、野生動物らしき姿を確認できる。遠くにはちらほらと民家のようなものが見えるも、人の気配はない。道は舗装されておらず、穴がいくつも空いている。とても私が住んでいた街とは思えない。
「どうかしたのか?」
男性は怪訝そうに私へ声をかける。
「ここは、なに県のどこなんですか?」
「『県』? 寝ぼけてるのか。早く目を覚ましな。お前さんは冒険者になるのを夢見て故郷の村を出てきたんだろ」
頭上のクエスチョンマークは増えるばかりだ。『冒険者』『故郷の村』。この人はなにを言っているのだ?
「もしかしたら王国の歴史に名を遺す、偉大な冒険者になるかもしれんな。大冒険家クロエってか」
クロエ。確かに私は黒江だ。黒江咲。今年高校に入学したばかりの十六歳。
「ほら、念願のラバマだ」
男性が指さす方角には、多くの建物が立ち並ぶ光景が見えた。
レンガや木造の家々、流れる川には石橋がかかり、道には石畳が敷かれている。ヨーロッパを思わせる優雅な街並みだ。
「ここはどこなんです?」
再度同じ質問をする。
「だからラバマだ。この街まで乗せてくれと言ってきたのは嬢ちゃんじゃないか」
男性が少し苛立ったようなので、私は口を噤み、街の方に視線を向ける。
最初はテーマパークかと思ったけれど、それにしてはスケールが大きすぎる。街並みはどこまでも続き、行き交う人々の格好まで徹底している。若い男女に中年の男女、老人老婆に小さな子供に至るまで、中世のような服を身に着けている。
「お前さん、相当寝起きが悪いようだな。……それはともかく到着だ」
彼は街の入口で台車を止め、私に下りるよう促す。
「ほら、お前さんの荷物だ」
そう言って、椅子の下から取り出したバッグを私に手渡す。
自分のだと言われても、預けた記憶がないため困惑するしかない。
「じゃあな。またどこかで……」
「待って、最後に一つだけ教えてください。私はいつあなたと出会ったんですか!」
「二日前だ。儂が馬車を走らせていると、お嬢ちゃんと街道ですれ違った。そのときお嬢ちゃんの方から乗せてくれと頼んできた。自分は冒険者になるためラバマに行きたいので乗せてほしいと……」
必死に思い出そうとするも、そんな記憶はどこにもない。
「今度こそさよならだ。元気でな」
手綱が撓る音と共に、馬車は走って行ってしまった。
頭は混乱するばかりだったものの、とりあえず落ち着こうと、近くのベンチに腰を下ろす。
家族か友人に連絡を取ろうにも、スマホが見当たらない。というか、私が普段身に着けている所持品がなにもないのだ。着ている服も普段着ではなく、周囲の人と似たものになっている。例によって、いつ着替えたのかは覚えていない。
近くを通りすがった人に声をかけてみるも、要領を得ない答えが返ってくるばかりだ。
「ここはどこなんですか?」「ラバマの街だよ」。
「日本のどこなのでしょう?」「ニホンってなんだい?」。
大方こんな感じの受け答えが展開される。もっともこんな場所があるのなら、多少は話題になって然るべきなのに、今まで聞いたことすらない。ここが日本でないのは明らかだろう。
ではなぜ私は外国にいるのだ?
必死に記憶を探った。覚えているところまででいい、とにかくなにか思い出すんだ。
昨日は普通に学校に行った。放課後になると、友人の美香とバーガーショップで駄弁ったり、お店を回って歩いた。薄暗くなってから帰宅し、夕食と入浴をすませた。それからスマホを弄ったり、テレビを見たり、適当に時間を潰してベッドに入った。
覚えているのはこれだけだ。もしや夢かと思って頬を抓るも、そんなわけはない。こんなリアルな夢があるわけがないのだ。眠った状態でここに連れてこられたと考えるのが自然だ。
ではいったい誰が? なんの目的で? 結局なにもわからないまま不安だけが募る。
「おい、そこのお前」
不意に声をかけられ、私はビクッと身を張る。その拍子にベンチの角に手をぶつけ、血が滴る指を口に咥える。
「不審者がいるとの通報を受けた、意味不明なことを言っている者とはお前だな」
身に着けた鎧と、手に握られた槍。いかにも兵士のような人がそこに立っていた。
「ここでなにをやっているんだ?」
「……道に迷ってしまって」
咄嗟に出たのは、嘘でも本当でもない言葉だった。
「道に迷っただと。行先はどこだ?」
日本と言ったところで、住民たちと同じ反応をされることだろう。返事に窮する私を見て、兵士は瞳をキラリと光らせる。
「怪しいな。荷物を改める」
兵士は有無を言わさず、私の傍らに置いてあるバッグを開ける。
着替えと思しき衣類と、コインが入った巾着袋、そして、独特の装飾が施された銅色の筒が一つ。
「これはギルドの……」
耳慣れない言葉を発し、兵士は筒を開く。どうやら書類入れだったらしく、中から一枚の紙が出てきた。
兵士は紙と私とを見比べたのち、
「なるほど、冒険者候補か。ギルドへ行く道がわからず迷っていたのだな。ついてこい、案内してやる」
なにやら勝手に納得してしまった。なんらかの勘違いをしているとは思うも、下手に否定して事態を悪化させるのもイヤなので、私は黙って兵士について行く。
街中を十分ほど歩くと、やがて一軒の大きな建物に行きついた。
石階段を上がった先には、両開きの立派な扉が設置され、その上に掲げられた看板には、『ヴィジランテ・シルト ラバマ支部』とある。
目的地についたことで兵士が去り、私は一人、その建物の前で立ち尽くしていた。
中に入るべきか、入らないべきか。握り締めた銅筒を見ながら考える。
本来ここに用はない。けれど先ほどの兵士は、私の荷物を確認したうえでここに連れてきたのだ。もしかするとなにかわかるかもしれない。
意を決し扉に手をかけたとき、中から出てきた人とぶつかり、私は地面に尻餅をつく。
瞬間、真っ白になる視界。目の前の白んだ空間に吸い込まれるような感覚に陥り、気づくと自分の部屋のベッドで目を覚ました。
外はすっかり明るくなっており、時計は朝の六時を指している。
(なんだ夢じゃないの。当然よね。眠っている間に外国に行くなんてあり得ないし)
それにしてもリアルな夢だった。肌に感じる風や、街の情景が隅々まで見渡せた。
上体を起こし、胸に手を当てゆっくり深呼吸すると、ふと指に違和感を覚えた。
確認すると、指から薄っすら血が出ているではないか。それは夢の中、ベンチで擦り剥いたのと同じ個所だった。
少し不気味なものを感じつつも、とくに気にせずパジャマから制服に着替えるのだった。