♯2
しかし、一般的な女子高生である由理花に、銃の知識などあるはずもない。由理花はそういう方面に興味を持つ子では無かった。
由理花にとって、ドグマはこの世界特有の銃だという認識が植えつけられていた。無理も無い。なにしろ、喋る銃なのだから。
「俺たちは、ある目的の為に旅をしている風来坊さ。さっきみたいな目に遭うことも多々あるが、それでもまぁ、なんとか今まで生きてきた……」
「多々あるんだ……」
屈託なく笑うライツに対し、由理花はかなりげんなりとした表情だ。あんなことが日常的に起こるような世界に来てしまったとなれば、こんな顔にもなるだろう。
「それにしてもお前、本当にどこから来たんだよ? とぼけてるわけじゃないんだよな?」
ライツはドグマをホルスターに収めると、その辺の花をぷちぷちとむしり出した。ライツの手にはめられた指だしグローブを見た由理花は、なんだか厨二っぽいなどと思ってしまう。
「言って分かるのかどうかだけど……。あたしは、日本って国から来たの」
「ニッポン? 初耳だな」
ライツが下唇を突き出して「むーん」と唸る。
「そして、”クニ”というのも初耳だ。それは〈旅団〉のようなものなのか、ユーリ?」
ドグマの知能は高かった。脳などどこにも存在しない銃でありながら、ライツのそれを上回るほどだった。だからこそ、今の由理花の文脈から、”国”を集団単位だと推定出来た。ライツなど、”国”という単語をスルーしている。知らないことでも知っているかのように振舞うライツは見栄っ張りだった。
「〈旅団〉? な、なに、それ?」
「いや、聞いてんのはドグマだぜ?」
対して、由理花は素直だ。二人と一丁の会話は要領を得ず噛み合わない。”概念”が違いすぎる世界の住人同士なのだから、こうなって当然だった。しばしの沈黙のあと、ドグマが一つ提案した。
「ふむ。ライツ、まずはこちらの説明からしてみよう」
「あん? なんでだよ、ドグマ?」
「ユーリが本当に〈パラダイス〉から来たのであれば、理解力は我々より優れている。かの世界には、人の歴史や叡智を記した〈本〉というものが無数にあるということだからな」
「〈本〉? 魔術師しか持ってないぜ、そんなもん。さんざん世界を渡り歩いてきた俺だって、まだ数回しか見たことねぇくらいに貴重なもんだ。それが、無数にあるだって? んじゃ、ユーリは〈文字〉が読めるっていうのかよ? とても信じられねぇぜ」
肩をすくめたライツが「ぴゅう」と口笛を吹いた。なんとなく馬鹿にされているような気がして、由理花は若干むっとした。
「あたしのいた世界じゃ、文字なんて誰だって読めるもん」
由理花は、そう言うことでライツの態度を改めさせてやろうとした。結構負けず嫌いなところがある。
「はいはいっと。でもよ、見栄っ張りな女は、モテねぇぞ」
「ライツにだけは言われたくなかったけど!」
由理花に突きつけられたライツの指が、「バーン」という声とともに空を向いた。ライツは、由理花をかなり小馬鹿にしているようだ。「むむっ」と頬を膨らませた由理花は、
「レイジング・ブル」
と、一言呟いた。
「それはっ……!」
ドグマが言葉を詰まらせた。
「ふぇ?」
常につらつらと語るドグマらしくない反応に、由理花の方が驚いていた。
「レイジング・ブル? なんだそりゃ?」
ライツが不思議そうに由理花を見つめた。
「え? なにって、それは」
「ユーリ」
ライツに説明しかけた由理花を、ドグマが静かながらも強い口調で遮った。
「ドグマちゃん?」
由理花が小首を傾げる。が、ドグマにとって言って欲しくない事であるらしい。それだけは察することが出来た。
「んだよ? なーに二人で通じ合ってんだよ? 俺だけが退け者かよ」
ライツの花をむしる速度がアップした。
「いや、違う。そういうわけではないのだ、ライツ」
ドグマは困っている。ジョークで切り返すことも出来ないようだ。ドグマに対して信頼感すら抱き始めていた由理花は、この場をどうにかして誤魔化してあげたいと思いながら、どうすることも出来ずに「あわ、わ」とうろたえた。
「へっ。ま、いいさ。言いたくない事なら聞かねぇし、知られたくない事なら調べたりもしない。いい女には、秘密の一つや二つ、なくっちゃな」
そういった空気を、ライツはちゃんと感じ取る。下品で粗野な男だが、ライツは自分なりの美学を持っていた。
「すまない、ライツ……」
「何がだよ? そんなしおらしい態度、お前らしくねぇだろ? 気持ち悪ぃって、そういうのはよ」
言いながら、ライツは白い花で作った輪を、ドグマのマズルにそっと通した。
「これは?」
「お礼さ。今回も、お前のお陰で死なずに済んだ。あと、ユーリ」
驚くドグマに、ライツはぱちりとウィンクしてみせた。
「ふぁっ?」
そして、由理花の頭にも、ふわりと花輪が載せられた。小さな白い花を繋げて作られた素朴で飾り気の無い王冠は、由理花の黒髪に良く映える。
「お前も、あんな絶望的な状況の中で良く頑張ったと思うぜ、俺は。お互い、生きていられて良かったぜ」
「は、へ? あ、う、うん」
由理花に向けられたライツの笑顔。それはとても優しくて、心の奥底にまで染み渡るものだった。由理花の頬が、うっすらと紅潮する。胸も一瞬、どきりと跳ねた。
不意打ちだ。こんなの卑怯。
由理花の心の中は、嬉しいけど悔しい、そして”怖い”という感情が綯い交ぜになっていた。
「銃に花を贈るとは。ふふっ」
ドグマが小さく笑った。それは少女のような、かわいらしいものだった。
「ま、銃でも一応女だし。女には、やっぱり花が良く似合うもんだろう?」
ライツが精一杯かっこうをつけて笑顔を作った。気障な笑顔。でも、さっきの笑顔の方がずっといい。由理花は、そう思う。
「ありがとう、ライツ。……では、話を戻そうか。この世界〈パラノイア〉での人々は、たいていが〈旅団〉という社会に属している」
ライツの傍らに置かれた、花で飾られたドグマが、そう切り出した。
「〈旅団〉とは、〈方舟〉の集合体だと思ってくれればいいだろう。大きな〈旅団〉であれば、数千隻もの〈方舟〉で構成されていたりもするが、平均的な規模であれば100前後。人口は、一万人程度といったところか」
「ふぅん。ところで、〈方舟〉ってなに?」
「それも分からねぇのかよ、ユーリは……」
「むっ。うるさいなぁ、ライツは。ドグマちゃんが喋ってるんだから、あんたはちょっと黙ってて」
かくっと肩を落としたライツに、由理花は眉を吊り上げた。