爆葬のクアッド
渦巻いた空間が元に戻った頃、由理花たちが突如として消え去った砂漠では、残されたサソリたちが、何度も何度も鳴いていた。
そんなサソリたちより遥か遠くには、砂塵を巻き上げて疾走する〈方舟〉があった。小型のクルーザーに似たそれの船底は、地上からわずかに浮き上がり、舳先に切り裂かれた空気が、波のように後方に広がってゆく。
その船内。
張り出した艦橋の中、舵を握る操舵主の後ろに設えられたキャプテンシートには、ひじ掛けを使って頬杖をついた男が、深々と腰かけている。その横には、赤い軍服をきっちりと着こみ、長い黒髪を一つに編んだ少年が、後ろ手に胸を張って立っていた。
キャプテンシートに座る、赤髪を後ろに流した男の右目は、銀色のリベットに縁取られた眼帯で隠されている。
この男の名は、『クアッド』。
多重迷宮世界に存在する〈旅団〉の中でも、最も危険と言われる〈赤壁の旅団〉首席の息子で、〈探査遊撃隊〉の隊長を務めている男だ。
「ヘキスサソリどもが鳴いているな、ロージー」
クアッドは、傍らに立つ少年に抑揚のない口調で話しかけた。
「はい、クアッド隊長。〈マテリアル〉の反応は、確かにあの辺りからありました」
ロージーと呼ばれた少年は、手にした円盤を覗きこみながらそう答えた。続いて、
「このまま進めば、あのサソリどもの大群に突っ込むこととなりますが。よろしいですか、クアッド隊長?」
「構わん」
クアッドは大して興味もなさそうに即答した。
「〈マテリアル〉をロストしたのは、おそらくあのサソリどものせいだろう。無駄足を踏ませてくれたものだ。そのお礼はしてやらねばな」
クアッドは頬杖をついたまま、もう片方の手を挙げた。
「かしこまりました、クアッド隊長。砲手。〈ブルーレイ〉、射撃準備。目標、ヘキスサソリの群れ」
クアッドの意をすぐさま汲んだロージーは、無数の配管が張り巡らされた天井から下がっているマイクを掴むとそう指示した。
指示に従い、中空を駆ける船の前方甲板が口を開け、鋼鉄の塊がせり出した。その鋼鉄の塊の前面には、細かいカットの施された、宝石のような輝きを放つ巨大な石がはまっている。
「〈レイフォース〉充填開始」
ロージーが真鍮製の伝声管に告げると、大きな宝石が、青い光を発し始めた。
「充填完了。発射準備ヨシ」
操舵主の横に腰かける朱色の軍服を着た男が、ロージーに報告する。
「撃て」
クアッドが、無感情に命令した。
「撃て!」
ロージーが復唱する。
直後、宝石から放たれた一条の青い光が、一瞬でサソリたちを焼き尽くした。発射後、わずかに巡った砲塔が、サソリたちを横薙ぎに蒸発させた。〈銃士〉ライツに死を覚悟させたサソリたちの甲殻も、クアッドの〈方舟〉が持つ火力〈ブルーレイ〉の前には紙も同然だった。
ロージーは手にしている円盤を覗きこみ、何の光も表示されていないことを確認すると、
「クアッド隊長。殲滅、完了いたしました」
そう報告し、手を胸に当てて優雅に腰を折り曲げた。
「ああ」
クアッドはつまらなさそうにそれだけの返事をした後、
「〈マテリアル〉の少女の名は、確か『ユーリ』、と言ったか」
真紅の軍服を隠すように羽織られた赤いマントをばさりと広げ、ゆっくりと立ち上がった。
「あれは大事な〈クリテリオン〉だ。我らがようやくにして”召喚”に成功した〈楔〉なのだ。どこの世界に〈スライド〉しようが、このクアッドが、必ず見つけ出して拘束する。探せ、『ユーリ』を! 我が〈赤壁の旅団〉が、〈パラノイア〉の主となる為に!」
真っ赤な左の瞳を燃え上がらせたクアッドの強固な意志が、船内に鳴り響いた。
由理花は、知らない。ライツも、そして、ドグマも。
二人と一丁を中心に鳴動を始めた、強かな人間たちのことを。
〈多重迷宮世界パラノイア〉が、そんな人間たちに――
――全力をもって抵抗するであろうことも――