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パラダイス・ロスト  作者: 仁野久洋
異世界〈パラノイア〉
3/13

♯3

「まずはそこに片膝をついて座りな、お嬢ちゃん」


 ガンマンは自分の傍らを、顎でくいっと指し示した。


「う、うん」


 眼下には、こちらを見上げて凶悪なはさみを広げたサソリがいる。すぐに逃げた方がいいような気がしたが、由理花は大人しく従った。


「ドグマ」


 と、男が意味不明な単語を呟いた。


「はい?」


 由理花は思わず首を傾げる。


「お前じゃねぇ。ドグマ。さっきの徹甲炸裂弾は、あと何発残ってる?」


 由理花はますます首を傾けた。ここには自分たち以外に人はいない。だが。


「ははは。そんなに絶望したいのか、ライツ?」


 口調とは似つかわしくない、きれいな女性の声がした。


「へ? だ、誰の声、これ?」


 由理花は辺りを見回した。


「て、ことは?」


 ライツと呼ばれた男のテンガロンハットが小刻みに震えた。


「徹甲炸裂弾のストックは、今ので尽きた。残っているのは通常弾だけだが、そんなことも私に訊かねば分からなくなったのか、ライツ?」

「うるせぇな、念のために訊いてみただけだ。あんだけの激戦直後だ。俺にだって、勘違いってことはある」

「ふ。むしろ勘違いしていることの方が多いがな。特に女のことに関してはおめでたいくらいだが」

「な! んなことねーよ! 俺は女心のエキスパートだぜ!」

「よく言えるな。しかも迷い無く。お前の良心は鋼鉄製か? 嘘を吐いても屁でもないとは、全くお前は呆れたものだ」


 女性の声は、由理花など無視して返事をしていた。由理花は話しているライツの視線を辿る。と、それは右手に握られている銀色の拳銃へと行きついた。


 ライツは、拳銃と喋っている?


「まさか。まさか、ね……」


 由理花は自分の出した答えを否定した。やれやれ、とばかりに肩を竦めてみたりもした。気付けば砂漠。目の前には巨大サソリ。とどめは喋る拳銃。

 これでは完全にファンタジーの世界だ。ついさっきまで、自分は日本という近代先進国にいたはずだ。文明も科学も進んだ21世紀に生きてきたはずなのだ。

 肌を焼く太陽、じゃりじゃりと熱い砂。これらは夢ではあり得ないほどの現実感を持っている。百歩譲って自分がどこかに飛ばされたのだとしても、それはあくまでも”現実日本”の続きのどこかであって欲しい。それなら、帰る方法だってどうにか出来ないこともない。

 しかし。非現実的なファンタジー世界などに飛ばされた日には、もう帰還する目途すら立たない。それは最悪の事態だった。だから、由理花にとって、拳銃が喋るなど、あってはならないことだった。ここは、由理花にとって、希望と絶望の分水嶺だったのだ。


 だが。


「……んじゃ、ヤツの甲殻はぶち抜けないな。戦っても、勝ち目はないってことになる」

「さよう。だが、逃げることも不可能だ。ここはヤツのホームであり、移動速度も段違いなのだから」


 泣きそうなライツへ容赦なく現実を突きつける拳銃の言葉に、由理花のいろんな希望が瓦解した。


「マジで……?」


 船だろうが飛行機だろうが電車だろうが車だろうが、由理花の元いた世界には連れて行ってくれないだろう。多分、大使館も無いに違いない。自衛隊の救助を待っても無駄だろう。

 唯一頼れそうなのは、時代錯誤のガンマン一人。しかし、そのガンマンも拳銃と話が出来るメルヘンさ。だが、その会話の内容は、あまり愉快な感じではない。むしろ。


「あたし、ここで死んじゃうの?」


 由理花には、帰る方法を探る暇もなさそうだった。


「まぁ、そうなるな。ついでに俺も死んじまうってわけだ」


 ライツはにこりともせずそう言うと、


「おお、なんてこった。俺の人生、あんなヤツに喰われて終わりか? 冗談じゃねぇ。ナイスガイであるこの俺様が、アイツの肛門からひり出されるなんて。そんな臭い最期、あっていいはずがない。俺ぁ、臭いのは女を口説くセリフだけだと決めてんだ」


 片手でがりがりとテンガロンハットの乗った頭をかき、心底憎らしげにサソリを睨んだ。


「やむを得まい。そもそも、初撃で正確に眉間に当てていれば、こんな事態には陥らなかった。だから私があれほど外すなと言ったものを。知っているか、ライツ? 銃のヘタな男は、アッチの方も知れているということを」


 銀色の拳銃であるドグマには、ライツを勇気付けたり励ましたりという選択肢は無いようだ。弱気なところを見せればぐいぐいと追い打ちをかけてくる。


「ああん? 無茶言ってんじゃねぇぞ、ドグマ。ただでさえ反動のでかい徹甲炸裂弾で、あの距離だぜ。眉間のど真ん中、ピンポイントで誤差5センチ以内なんて無理に決まってんだろう? むしろ、頭に当たっただけでも褒められるべきだぜ。あと、俺はアッチもうまい。銃であるお前には、試してやれなくて残念だがな」


 巨大サソリの最大の弱点は脳だった。脳を破壊出来れば、サソリの生体機能は全て停止する。ドグマはそのことを知っていた。が、それは眉間の真ん中、たった直径5センチの範囲だ。体に比べ、脳は極端に小さかった。


「ふ。言い訳とは見苦しい。そう言えば貴様、この前、酒場で出会った女にも『やらせてくれぇ』とか情けなく縋っていたな。たかだか酒の一杯で、どこの女が抱かせてくれるというのだ? トークは溺れたガチョウのようだし、振る舞いっぷりもちょこちょこと柱を齧るネズミのようにケチくさい。そろそろ自分の見苦しさを自覚し、正直に告白したらどうなのだ? 『僕、童貞なんです』とな。死ぬ前に、嘘を懺悔しておくのも悪くはないぞ」

「ちょ、ちょっとちょっと。お二人さん?」


 思わず口を挟んだ由理花にとって、二人(?)の言い争いは、醜く下品で赤面ものだった。それより、サソリがじりじりと動き出している。由理花には、ライツのアッチの話より、そっちの方が重要だ。


「んだよ? 俺はお前を助けようとしただけだ。そんで失敗しただけだ。文句言うなら撃ち殺すぜ」


 ライツの青い瞳は、ぎろりと由理花をめつけた。


「えええ!」


 助けに来た人が言うセリフとは思えない。由理花の顎は限界まで開いていた。


「なるほど。犠牲が必要な時もある。どうせ撃ち殺してしまうくらいなら生贄に差しだし、その隙に逃げる方が有意義だ。これは名案だろう、ライツ?」


 ドグマは至って冷静に悪魔的な作戦を提案した。


「ええええ!」


 まったく冗談には聞こえない。そんな状況とも思えない。今度は由理花の目が極限まで開かれた。

 由理花から見ても、ドグマの提案は上策だった。この二人(?)からすれば、命を張ってまで初対面の自分を助ける理由がないはずだと思えるからだ。だが。


「却下。俺ぁ、女を囮にしてまで生きていたいとは思わねぇ」


 ライツは、即座に否定した。


「ふ。そう言うと思ったよ。でなければ、誇り高い私が、こうして従ってはいないのだから」


 ドグマはライツの返答に満足した。


「ライツ……? ドグマ……?」


 由理花は、二人(?)を不思議そうに交互に見やった。

 迷いの無いライツの瞳は、眼下のサソリに注がれていた。



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