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パラダイス・ロスト  作者: 仁野久洋
邂逅
13/13

二人のレクスサイザー

 赤壁の旅団探査遊撃隊隊長クアッドは、方舟の艦橋に設えられた自身の専用席にもたれかかり、頬杖をついて窓の外に広がる砂漠を見つめていた。遠く向けられた赤い隻眼は、ぎらつく野心を映している。


「……ダメです。申し訳ありません、クアッド隊長……」


 クアッドの傍らで手にしている円盤を覗き込んでいたロージーが力なく項垂れた。この部隊の〈目〉を任されているロージーにとって、こう報告しなければならないことは身を切られるように辛いことだ。

 少年と呼んで差し支えないほどに若く未完成な体躯を持つロージーは、そうしているとより一層情けなかった。


「スライドしたのであればやむを得まい。お前ほどの〈索敵スキル〉を持つ者が無理なのであれば、誰がやっても同じだろう」

「クアッド隊長……!」


 無愛想で無感情な言い方だったが、このクアッドの言葉にロージーの胸は熱くなった。


「そうだ。クアッド隊長、少しだけ方舟を止めてください。外には、まだスライドの余波が残っている可能性があります。僕、方舟を降りて索敵をしてみます。そうすれば、僕の〈円盤〉が反応を捕まえられるかも知れません」


 クアッドの期待を裏切りたくない一心で、ロージーはそう進言した。方舟を止めるということが何を意味するのか分かっていたが、ロージーにとって、そんなものは二の次だった。

 この世界では、常に敵性獣に狙われる。いつ、どこにいようとも、人間が一箇所に留まることは許されていないのだ。昆虫型であろうが鳥型であろうが、どんな敵性獣であっても確実に人間の存在を嗅ぎつけて攻撃をしてくる。そこは全ての敵性獣に共通していた。

 

「不許可だ」


 クアッドはロージーのそんな気持ちを一言で両断した。普通の船長や艦長であれば至極当然な判断だったが、”爆葬”の二つ名を持つクアッドにしては妥当過ぎる。いつもならば、これくらいの無茶はするはずだ。ロージーはそこが腑に落ちず、少々食い下がりたくなった。


「クアッド隊長!」

「不許可だ。二度も言わせるな。見ろ」


 そんなロージーの考えなど見透かしているクアッドは「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らすと、顎で窓の外を指し示した。


「あっ……!」


 促されるまま窓の外に目をやったロージーは絶句した。遠くにもうもうと舞い上がる大量の砂塵は、まるで竜巻のようだったからだ。その砂塵の中に蠢くのは、先ほど殲滅したヘキスサソリの影だった。

 その数は計り知れない。しかも、方舟から相当遠くにある砂嵐の中にあって姿が視認出来るのだ。あのヘキスサソリたちの大きさは、さっきのものたちの比では無い。十倍。もしかしたら二十倍はあるかも知れない、とロージーは目測した。


「あれだけの大物たちがひしめくサソリどもの群れを相手にしては、レイアースの消耗が甚大だ。残念だが、今は撤退するしかあるまい」

「クアッド隊長……」


 ぎり、と歯ぎしりをしたクアッドに、ロージーの胸が締め付けられた。自分は、なんて無力で役立たずなのだろう、と。

 ロージーにとって、自分の存在意義とはクアッドの役に立つことだけだった。ひ弱で臆病な自分を拾い上げ、まるで幹部のように扱ってくれているクアッドへ対するロージーの忠誠は絶対のものだ。


 その時。


「賢明な判断だな、〈赤目〉のクアッド」


 ブリッジに、涼やかな声音が響き渡った。その声の主は、この方舟の最高権力者、艦長であるクアッドでさえも呼び捨てにしていた。

 クアッドに呼びかけた男は、そこにいるのが当たり前であるかのように佇んでいた。いつからいたのか。どこから来たのか。が、そこはブリッジの中央だ。この方舟の乗組員でもないその男がいるのは不自然だった。


「……ロンメル、か」


 クアッドが自らに正対する形で後ろ手に立つロンメルの名を呼んだ。クアッドに動揺はない。表情一つ変えることはなかった。


「ロ、ロンメル!」


 対照的に、ロージーは驚きを隠せない。後ずさらせたブーツの踵がブリッジ内の段差に引っかかり、あわや転倒しそうになっていた。驚愕したのは他のクルーも同じだった。何人もが声にならない叫びを上げ、ブリッジ内が静かな騒乱に包まれた。


「何用か? 〈鷹の目〉であるお前が、世間話などしに来はすまい」


 クアッドが乗組員に片手を上げて落ち着かせる。いつも通りキャプテンシートに沈んでいるクアッドの冷静な対処に、乗組員たちの恐惶はあっという間に収まっていった。


「ふ。もちろんだ。忙しい状況だと思われるので手短に用件を話そう。ヘキスサソリの王族たちから撤退するのであれば、一ついい情報があるのだが。聞きたくはないか、クアッド?」

「代償が?」

「そんなものは必要ない」


 ロンメルが目を細めた。しかし、その目の奥は少しも笑ってなどいない。


「き、聞く必要はありませんよ、クアッド隊長! 何を考えているのか分からないやつの言うことを聞くよりも、ここは一刻も早く方舟を回頭させ、フルスロットルで逃げ切るべきです!」


 円盤を胸にぎゅっと抱き締めながらそう叫ぶロージーの膝は笑っていた。口がからからに乾いているのだろう。唇もかさかさとして艶をなくしているようだった。


「聞こう」


 クアッドが迷いなく答えた。


「クアッド隊長!」


 ロージーが悲痛な叫びで抗議した。


「キミならばそう言うと思ったよ、クアッド」


 ロンメルがにっこりと微笑んだ。ロージーなどいないかのようなその態度は尊大にして無礼だったが、咎める者はいなかった。


「キミが苦労して召喚した〈クリテリオン〉は、今、花の世界にいる。なぜならば、〈クリテリオン〉自身がそこに行くよう”わざと”〈スライド〉したからだ。わずかひと握りの〈レイアース〉を使ってね」


 すぅ、とロンメルの表情らしきものが消え去った。


「……なぜそのことを知っているのか、お前に尋ねるのは愚問だったな。お前の言いたいことは全て分かった。で、用件はそれだけか?」


 クアッドは呆れたように隻眼を閉じた。


「さすがはパラノイアでも指折りの〈光条片術師レクスサイザー〉クアッドだ。話が早くて助かるよ。用件は以上だ」

「では消えろ。無断で船内に立ち入った罪は、その情報でチャラにしてやる」

「ははは。それは重畳。ではまた」


 かっと見開かれたクアッドの眼力にもなんら怯むことなく微笑んだロンメルが、ゆらゆらと揺らめきながら消えていった。


「ク、クアッド隊長?」


 ロージーが恐る恐るクアッドの椅子に近づいた。クアッドの背中から、赤い魔力の奔流が立ち昇っているからだ。しかし、尋ねずにはいられない。ロージーには、今のロンメルとのやりとりの意味が正確に掴めていなかった。


「ふん。ロンメルめ。俺の力を試そうとでもいうのか」


 クアッドが、シートからゆっくりと立ち上がった。


「俺は赤壁の旅団最高の光条片術師だ。恣意的にスライドを引き起こし、随意の世界に行くことなど造作もない。行くぞ、ロージー! 目標は〈花の世界〉! レイフォースを充填せよ!」

「は。はいっ! ただちに、クアッド隊長!」


 力強く手を振り払い、真紅のコートを翻したクアッドに、ロージーが弾ける笑顔で頷いた。



 

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