♯1
「暑い……。あと、熱いよ……」
閖上由理花は、目の前に広がる広大な砂漠を前に、呆然と佇んでいた。
じりじりと肌を焼く太陽は、日本のものとは比べ物にならないほど強烈だ。熱いというより、もはや痛いくらいだった。髪の毛が焦げくさいような気までする。多量の汗が噴き出しているにも関わらず、そんなに不快に感じないのは、次々と、あっという間に蒸発していくからだ。このままでは、ほどなく熱中症にかかるだろう。
激しくうねる大海原を思わせる砂漠は、どこまでもどこまでも続いている。手近な砂丘にひぃひぃ言いながら登って見渡した由理花は、地平が陽炎に揺らめいて空との境界さえ分からなくなっている現在の居場所に、そろそろ恐怖を覚え始めていた。
「いったい、どこなの、ここ……? エジプト? それとも、アフリカ?」
砂漠といえばそれくらいしか思いつかない。誰の姿もなく、なんの目印も見当たらない。制服のポケットから取り出したスマホは圏外を表示している。由理花に、現在位置を特定する手段は無かった。
由理花は、これだけの砂漠に、なんの装備も持たずにいる。食料はおろか、水の一滴だって用意してはいない。それも、由理花にしたら当然のことだった。
由理花はただ、神社でお参りしていただけだったのだから。
日本での季節は夏だった。従って、由理花は半袖の制服を着用している。これだけの日射しに肌を晒していては、ものの10分と経たずして、火傷を負うのは間違いない。
現に、由理花の腕は、もう赤くなっていた。水ぶくれが出来るまで、もう、そんなに時間はかからない。このままでは、死ぬことだってあるだろう。由理花は、そのことに気付き始めていた。恐怖し始めていた。
「ん? なんだろう、あれ……?」
しかし、由理花に恐怖を実感する暇は無かった。幸いか、不幸にして、か。
遠くの方、砂が波を形作るてっぺんから、何か赤い影が飛び出していたからだ。
「サ、サソリ? あれ、サソリっぽいんだけど?」
由理花は、眩しい日射しを遮るように手をかざして目を凝らす。砂丘の頂から飛び出してきたのは、確かにサソリの姿をしていた。ただ。
「にしても、でかすぎない……?」
そのサソリは巨大だった。一般的にイメージするサソリであれば、昆虫のような、手のひらサイズのものだろう。だが、由理花が見ているそれは、牛や馬ほどもありそうだ。そんなものが、固そうな何本もの足を、砂を巻き上げてゴソゴソと蠢かしている。由理花は、瞬間的に「見つかったらヤバい」と感じていた。
由理花は砂丘の頂上に身を伏せて、お尻からそっと後ろに退がり出す。出来るだけサソリから距離を取ろうと考えた由理花は、ローファーのつま先がずぶずぶと砂に埋まる為、踏ん張りがきかないことに注意して砂丘を下りる。
つもり、だった。
「ふぁっ? きゃ、きゃあああっ!」
悲しいかな運動神経というものが体中からロストしてしまっている由理花にとって、そんな器用なことが出来るはずがなかった。ずるりと足を滑らせた由理花は、砂の斜面を後ろ向きにごろごろと転がり落ちていった。
「うええ。ぺっぺっ。うー、口の中に砂が入ったぁ」
髪の毛も制服も砂まみれだ。靴の中にも盛大に侵入した砂は、由理花の不快指数をぐんぐんと上げている。おまけに目にも少し砂が入ってしまった由理花は、涙目になって体中をぱんぱんと一生懸命に払った。しかし、それは無駄なことだった。
「ギュイィィィィィ!」
「ほわあぁぁぁぁぁ!」
由理花の転がり落ちてきた砂丘の中ほどを突き破り、先ほどの巨大サソリが現れたからだ。サソリが吹き飛ばした砂が、由理花に容赦なく降り注ぐ。由理花は、再び砂まみれになっていた。