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春風タクティクス -時を渡る者たち-

作者: アルトx同居人x黒川

 気が付けば彼は橋の欄干に腕を乗せ、ぼーっと海を見下ろしていた。


 ――結局あれでよかったのか?


 自分がやってしまったことを悩みながら、ただ答えも出せずに悩みながら肌寒い風を感じていた。

 周りにはちらほらと歩行者が見受けられ、下を見れば六十メートルほど下に海面が見える。


 ――飛び降りたら、これで全部終わりだよな? 今までみたいに土壇場で邪魔が入るなんてないよな?


 落ちたらダイラタンシー現象でコンクリートにぶつかるのと変わりがない。しかもこの海域はとても流れが速く、流されて海の藻屑になってしまう。

 だがそれは、彼にとって恐怖ではない。


 ――あれだけのことをやって、独りのフリして、結局失うのが怖いだけじゃないか?


 どこまでが本当でどこからが偽りだったのか分からない。

 思い返してみればいつ自分はここに発生した?

 ここにいることで必要とされているか?

 何かを動かすための歯車になっているか?


 ――不必要だな、それ


 将来何をしたい? 夢は何かある? 生きていくことで希望は?


 ――何もないな。くだらない日々を延々とループし続けるだけだ


 飛び降りてしまえば後は全部終わる。死んでしまえば自分というものを構成するものは、その縛りから解放されて散り散りになっていくだろう。

 記憶が曖昧だ。

 知識は生活に必要なものから不必要なものまで一通り持っている。だから時間や空間に依存しない『意味記憶』はしっかりと残っている。

 だがその知識を、技術をどうやって習得したのか、誰から教わったのか、なぜできるようになったのか。○月×日に○○さんに××を教わった、なんて感じの『思い出』。つまり『エピソード記憶』がおかしいのだ。


 ――だからどうした。時間を飛び越えすぎたバカに言ってやってほしいなまったく


 客観的時間の中で相対的時間でものごとを認識。しかも時間記憶のサンプリングだなんて分かりづらいことまでして。

 何が言いたいかといえば、今自分が未来に向かって進んでいるようで実は穴あきのデータを埋めるように流れ込んできた『記憶』を体験しているだけなのでは? ということだ。


 ――人間の認識能力なんざもっとも不正確だろうに


 だから視覚トリックに騙されるのだ。椅子に座っているように見える人がいたとしてそれが本当か?

 人を遠くに、小さな椅子を手前に。人を近くに、大きな椅子を遥か遠くに。

 どちらにしても認識できる状態は同じだ。


 ――距離でそれが言えるなら


 過去があるから未来がある? 

 違う。未来が先にできて、その状態に合うように事象を引き摺っているだけだ。

 原因があるから結果がそこにあるのか?

 違う。全然違うことを単に関係があると認識してそう思い込んでいるだけだ。


 ――時間的に空間的にそれが言えるなら。仮定としては三つあれば十分


 きっかけが一つあれば。

 たった一つのきっかけがあれば何もかもがぐちゃぐちゃに混ざり合ってしまう。

 例えば絵具だって混ぜてパレットの隣り合う場所同士で使っていれば、ふとしたミスで人は混ぜてしまうだろう。もしくは違う色を作るために自ら混ぜるだろう。

 そうなってしまえば分離はできないか?

 答えは『できる』だ。

 ただし、それは遠心分離機を使うなりすればの話だ。


 ――後は逆算していけばいいだけの話


 例えばそこに中年男性がいるとしよう。その男性は頭がバーコードで眼鏡をかけ、片手に鞄を持っている。

 そこにガラの悪い男たちが絡んでいて男性は怯えている。

 さて、これがどうみえるか。そのままそう見えるならそれでいい。

 だが事前にもしそのおっさんがやっさんだと言われていたら誰も近づかないだろう。

 事前に。

 始まる前に知っていたら後のことが変わるか?

 否だ。

 確定した事象に引きずられるなら何も変えられない。

 ただ見え方ってもんが変わってくるだけだ。

 情報があれば思い込みがある。

 思い込みがあれば無意識のうちに意識にフィルターをかける。

 そうなれば同じものを見たところで人によって見え方が変わってくる。


 ――思い込み、プラシーボ効果は排除して考えろ


 彼は考えた。

 あの懐中時計はもうこの手の中にはない。

 振り返って歩行者たちを目で追っていけば、その中に無理やりに運命を捻じ曲げられた者、捻じ曲げた者がいる。

 例えばそう、優しそうな男と笑顔の女。足元をついて行く黒猫。

 例えばそう、不愛想ながらも仲間に囲まれている男。

 例えばそう、はしゃいで道を駆けていく双子の女の子。


 ――はぁ……やめだやめ、疲れた


 ふぅ、と無意識にため息をつきながら橋の欄干に腕を乗せた。

 気が付けばまた橋の欄干に腕を乗せ、ぼーっと海を見下ろしていた。


 ――やっぱり飛び降りるか


 夕焼けを映した海は、此方から彼方へと続く三途の川の入り口にも見えた。



春風……穏やかな

タクティクス……かけひき


なんでこんなものができちゃったのだろうか、私には分からない


                           以上。

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