第64話:純粋なリズムゲームとしての側面(その3)
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8月4日午後1時、あるARゲームの一角が盛り上がっていた。場所は1階の最奥エリアに近い。
「あの人物は、もしかして――」
人混みが気になっていた大和杏、彼女が人混みの奥を見てみると、そこには上からノーツが降ってくる形式の音ゲーをプレイする女性の姿があった。
システムとしては一昔前から存在する定番だが、彼女がプレイに使用しているのはARガジェットである。しかも、この音ゲー専用で売られていた旧式タイプ。
このタイプのARガジェットは今も生産もされているのだが、他の音楽ゲームで使用出来るハイブリッドタイプがメインであり、彼女が使っているような特化型は物が少ない。
しかし、このシステムでARゲーム化した理由に関しては不明である。
ARガジェットを必要のタイプにして省スペース化を図った――と強引に結び付けられそうだが、プレイスペース的な部分で違うだろう。
その他にもメンテ的な部分をARガジェット専用とする事で、筺体クラッシャー等が減るのではないか――という説もあった。
「やっぱり、あの人か」
大和は後ろ姿しか見ていなかったが、彼女が夕張あすかである事を認識した。他にも夕張だと考えているギャラリーもいたが……。
同時刻、山口飛龍たちのいるゲーセンには夕張の姿はなかった。長門未来は様々な場所を探したのだが、結局は発見できずじまい。
「もう帰った――という訳でもないと思うけど」
長門は夕張に用事があると言う訳ではないのだが、彼女のプレイは参考になるのでもう少しプレイしている様子を見ていたかった。
「そう言えば、谷塚の方に大型ショップが出来たという話があったような」
長門はタブレット端末を取り出し、ネットサーフィンをする。そして、ARゲームの大型ショップが本日オープンである事を知る。
「さすがに往復するのも時間がかかりそうだし、それに初日と言う事で混雑している可能性が大きい――」
結局、山口たちを待たせるのも……という事で、長門は大型ショップへ行くのをあきらめる。
同日1時10分、普段とは違う姿で大型ショップへ足を踏み入れた人物、それは意外な事に南雲蒼龍である。
通常と服装が異なる為か、周囲からは南雲とは見破られていないのも現実である。別のゲーセンを遠征していた事もあって、若干疲れ気味にも見えるのだが。
「こちらの運営はノータッチだが、ここまでの物を仕上げるとは予想外だ。しかし、奏歌市だけの財力とは思えない」
南雲は実用性重視の建物デザイン、ARゲームの展示やプレイコーナー、それ以外にも多数のアーカイブ――これだけの物を揃えられる資金源は何処から出ているのか?
しかし、超有名アイドルの投資家や信者が投資するとは思えない。
それは奏歌市が超有名アイドルのディストピアとなっている市町村の同様計画を反面教師と考え、そうした勢力とは組まないと町おこしの際に発表していたのだ。
それを手のひら返しすれば、今度はARゲーム開発者等を裏切る事になるのは逆効果だ。この辺りは奏歌市も草加市も板挟みを受けている。
「どちらにしても、アカシックレコードを何らかの形で手に入れた人物が背後にいるのは間違いないだろう」
南雲は、今回のオープンには第3者と言えるような勢力が関与していると考える。しかし、アカシックレコードに断片的に触れただけでもかなりの数がいる為か、絞り込めないのが現状だろう。
【これだけの施設を作り上げたのは――】
【超有名アイドル以外に考えられる勢力も、関与を否定しているつぶやきが多い】
【一体、誰が何のために出資したのか?】
【アカシックレコードの核心を誰かに解かせる為に――というのは考え過ぎか】
つぶやきサイト上でも、それらしい記述はある物の真相に関しては不明のままだ。
つぶやきを下手に信じ、拡散すれば超有名アイドル信者が起こした事件の繰り返しになる――と思ったのだろう。
一部の暴走したファンの影響で風評被害を受けることは、一連の脅迫事件からも学んでおり、それによって黒歴史化したアイドルは数知れないからだ。