第8話:大淀の思い
・9月4日午前2時50分付
誤植修正:周囲が効いている→周囲が聞いている
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4月のバウンティハンター事件でARゲームに関する視線が注目される中、ある人物がネット上の記事をぼんやりと眺めていた。
「超有名アイドルしか存在できない音楽業界……それは強者的な理由ではなく、芸能事務所の裏金的な部分が有力だという」
ラフな私服にリュックサックという異色の外見、こういう装備をしているのだが女性である。タブレット端末に表示されたネット上のまとめサイト、そこには観光ガイドとも言うべきメモがまとめられている。
その彼女が電車に乗ってやってきた場所、それは草加駅。駅の方は改名されていないのだが、駅周辺に貼られたポスターには草加市と書かれている物は少数である。
【ようこそ! 奏歌市へ】
西暦2016年にARゲームの特区として申請し、認められたのが今の『遊戯都市奏歌』である。今では特区としての顔を知らない市民以外では、奏歌市で通しているのが現状である。
それでも、郵便等では草加市と奏歌市のどちらでも届くようになっている程には……一部の勢力に知名度があると言ってもよいだろう。
彼女が最初に足を運んだ場所、それは駅近くのゲームセンターである。小規模店舗と言う事もあり、置かれているのはプライズゲームや対戦格闘と言った作品ばかりだ。
ゲームのラインナップを見て、ここには置かれていないと察した彼女は別の場所へと向かう。そこは、ARゲームを専門としたアンテナショップ。
最初からアンテナショップへ向かうべきだったかもしれないが、彼女の目的はARゲーム以外にもあったからだ。
「ここには置いてあるのかな」
彼女の名は大淀はるか、ネット上ではあまり名前の知られていない女性である。芸能人やアイドルの類ではない為、ネット住民は注目していない事なのだろう。
「いらっしゃいませ」
男性スタッフらしき人物が大淀に話しかける。手にはタブレット端末を持っており、そこからデータベースへアクセスするような形で説明を行っているようだ。
大淀の方は最初の目的の為に、ミュージックオブスパーダに関して尋ねる。しかし、肝心のタイトルを覚え忘れた関係もあって、説明するのに一苦労する。
「音楽ゲームを探しているのですが」
その為、ジャンルで探した結果、大淀は大変な展開になったのは言うまでもない。
音楽ゲームだけでも20以上あり、従来の体感型にARガジェットを融合させた単純なタイプ、その他にも対戦格闘に音楽ゲームを足した物まで存在していたからだ。
「どうやって説明した方が……」
大淀が周囲を見回すと、目に入ったのは別のミュージックオブスパーダを始めようとしていた女性プレイヤーだった。
「あの人の始めようとしているゲームと同じ奴です」
この一言で事情を把握したスタッフは、ミュージックオブスパーダ用のガジェットを用意した。
売れ筋と言う訳ではないのだが、ここ数日で問い合わせが多い事もあって在庫は十分確保している。
説明を受けた後、大淀はテストプレイを考えていた。しかし、十分なカスタマイズを行っていない事もあって、最初は他プレイヤーの動画をチェックする事になった。
「これが本当に音楽ゲームとは思えないけど……」
つぶやきサイト上でも言及されていたが、ミュージックオブスパーダのスクリーンショットを見る限りでは狩りゲーと錯覚する。
それ位、音楽ゲーム要素は皆無と言われるのがミュージックオブスパーダの初見感想。
一方で初見で驚く部分も、慣れてくれば予想以上に面白く見えてくる。初見で音楽ゲームを複雑化したようなシステムにも思える部分だが、基本的な要素は変わらない。
要するに、次々と曲に合わせて現れるターゲットに向け、タイミングよく攻撃を当てればいい。普通の音楽ゲームだと、攻撃を当てるのではなく、太鼓のバチで太鼓をたたく、ボタンを押す等の行動になるのだが。
「格闘ゲームがイースポーツに進出していく中、音楽ゲームは一部ユーザー向けのゲームになってしまっている」
大淀の隣に現れた人物、白衣姿の女性である。しかし、その人物が大和杏だと分かったのは、出会ってから数日後の事。
「一部ユーザー向けですか、まるで音楽業界で超有名アイドルが築いたディストピアと似てますね」
大淀の一言を聞き、大和は腕を組んで不機嫌な顔をする。この発言は地雷だったのだろうか。
「向こうは国際スポーツの祭典だろうが、自分達が儲かりそうなコンテンツであれば、容赦なくタダ乗りして無限の利益をあげようとするするような連中――賢者の石を求めていると言ってもいい」
「賢者の石とは物騒ですね。代償は自分達以外のコンテンツ全てですか?」
「そこまでの代償を求めれば、全世界からバッシングを受けるのは明白だ」
「日本のコンテンツ全てに超有名アイドルのタイアップを付け、そうしなければ――」
「そこまで悲観的な状況を予測しているという事は、アレを見たのか?」
大和の言うアレとはアカシックレコードである。そして、大和の言う事に対して大淀は無言で縦に頷いた。
「音楽業界が超有名アイドルに独占されたディストピア、他の経済や治安も維持される一方、超有名アイドルは絶対とか――何処のWeb小説のプロットなのかと思った」
今の段階では大和の言う事の『本来の意味』を大淀は気付いていなかった。アカシックレコードはWeb小説サイトか何かと大淀は考えていたから。
「夢小説とかフジョシ勢を絶対悪としてネット炎上させる……それが超有名アイドルのやり方と」
またである。大淀の一言に対し、大和は不機嫌になっていた。一体、彼女は何に対して不機嫌なのか。
「ネットのまとめサイトや炎上ブログ、自分が目立ちたいと考えるような連中のつぶやきコピペ……それらに踊らされると、歴史は歪んだ方向へと突き進む事になる」
大和は大淀に対し、警告と言わんばかりにやんわりした口調で話す。下手に強い口調で宣言すると、超有名アイドルファン等のネット炎上勢に悪用されかねないからだ。
「今のマスコミもネット炎上勢のまとめサイト勢から金で雇われている勢力かもしれない。アニメをメインとしたテレビ局以外は……信用に値する報道をしているのか疑問に思う」
この辺りも謎解きをさせるかのような単語の連続であり、大淀の思考がオーバーヒートしそうだった。しばらくすると、大和の姿はなかったのだが。
「音楽業界の繰り返しは……させない」
そして、大淀は周囲が予想もしない勢いでランカーへの道を進む事になった。
ゴールデンウィーク初日、奏歌市内のゲーセンでセンターモニターを操作していたのは一人の女性だった。
「大淀はるか……あの思考はアカシックレコードでも見覚えがある」
金髪のナイスバディな女性、彼女の名はコードネームでビスマルクと呼ばれている。彼女もバウンティハンターに便乗している人物だが、認知度は低い。
「ここも同じようなテンプレ世界になるのか、それとも別の道を見つけられるのか――」
ビスマルクは意味ありげな発言をするのだが、周囲が聞いているような気配は全くない。
【バウンティハンターの数が増えている】
【外部ツールと言うか、色々と違法ガジェットが出回っているのもハンターが増えている原因だな】
【夢小説勢が表のサイトを独占し、それが理由で叩かれるのと同じ原理か?】
【それとは違うだろう。ただ、デスゲームをARゲームが禁止しているのと関係がありそうだ】
【あくまでもARゲームはゲームであり、そこへ現実の議論等を持ち込むべきではない。それはARゲームで戦争を起こすべきではないという理論か】
つぶやきサイトでも様々な議論が白熱化していき、そこから何かが起ころうとしていた次期でもあったのは間違いない。
ゴールデンウィークも中頃の5月3日、ある女性がビスマルクを発見、特に遭遇戦になることなくスルーしようとしていたが……。
「バウンティハンターの真似事は、止めておいた方が身の為だぞ」
その女性は大和だった。彼女はバウンティハンター全員に対して警告をしている訳ではない。
「真似事? 私は夢小説勢にARゲームのフィールドを荒らさせない為に動いている。彼女達は、既にARゲームプレイヤーの有名実況者等をターゲットにして夢小説を――」
ビスマルクが全てを話し終わる前に、突如としてARガジェットアーマーを装着したプレイヤーがビスマルクと大和を囲む。
『お前達のやっている事、それは超有名アイドルの宣伝活動を妨害――』
しかし、いくら外部ツール等で強化したARガジェットでも、大和とビスマルクの力には歯が立たない。つまり、夢小説勢やフジョシ勢は彼女達にとってはかませ犬にすぎないのだ。
「これが、アガートラームを持った者の運命か」
ゴールデンウィーク中、大和はアガートラームの運命を受け入れていた。
「アガートラーム。アカシックレコードの中でも最高機密の――」
隣で見ていたビスマルクは、大和の持つアガートラームの圧倒的な力に驚きを感じるしかなかったのである。