第57話:襲来のクラッシャー(前篇)
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7月26日午前10時、ARガジェット業界に磯風エンターテイメントが参入と言うニュースが盛り上がる中、もう一つのニュースも話題になっていた。
きっかけは数日前にアップされた動画だが、アップ当時は再生数が凄い程度の動画と言う扱いだったが、磯風エンターテイメント参入のニュースが報じられた事で上昇した気配だ。
【あのアーマーは、もしかして?】
【記者会見は、まだ始まっていないはず。サプライズとはいえ、数日前とはおかしくないか】
【確かにそうだな。雑誌の発売日前にフライング情報をアップするような行為と、今回の件は別物だろう】
【何処のメーカーから、あのアーマーが……】
【もしかすると、リサイクル素材のアーマーかもしれない】
つぶやきサイトや動画コメントでも話題になっていた乱入者のアーマー、その形状はさまざまなアーマーを繋ぎ合せたような物である。
【あのようなパッチワークを思わせるアーマーにした理由、何かあるのか?】
【FPSやTPS、ロボアクションの様な物ならば性能のよい装備をそろえた結果、違うメーカーだらけというケースはある】
【しかし、その法則がミュージックオブスパーダに該当するのか……】
この乱入者に関しては、登録ネームが予想外の物であり、周囲を驚かせる事になるのだが――。
同日午前11時、草加市内のゲーセンで一連の動画をセンターモニターで視聴していたのは南雲蒼龍。
「やはり、あのガジェットは――」
記者会見の方は途中退席し、現在はゲーセンの方で様々な機種を様子見しているというのが現状だ。
「しかし、全ての組み合わせを別々のメーカーにする事は推奨されていないはず」
南雲もARガジェットのカスタマイズで他社メーカーで未統一という物を見た事があるのだが、ミュージックオブスパーダでは推奨されていない。
その理由として、一部のカスタマイズが流行してメタ化する事を懸念しているから……というのは表向きであり、別の理由で非推奨としている話があった。
その理由とは、外部ツールが混在しても特定が困難と言う事らしい。実際、そうした理由でARガジェットのメーカー統一を呼びかけているARゲームは存在する。
「対策を打ち出したとしても、結局は脆弱性の穴を突くような展開は避けられないだろう。現状は様子を見るしかないのか」
結局はもぐら叩きのようにエンドレス化する事を懸念し、細かい微調整のみで大きなアップデート等を行えないのが現実かもしれない。
ARゲームの場合、ジャンルによってはフィールドに高層ビルや廃工場等を利用するケースも存在し、生命の安全を重点に置いた結果、チート行為や外部ツール等の対策が後手に回っている。
ARガジェットの転売対策でさえ、大手テーマパークで起こった転売騒動を受け、それと似たようなテンプレートを採用し、調整を行ったのが現在の転売対策のベースとなっていた。
「他人が作り出した物で、あたかも自分が作ったと思わせ、それを流通させる――こうした二次創作が展開され続ける限り、一億総一次創作作家育成計画の様な存在が現れる」
そう思いつつ、南雲はゲーセンを出て近場のファストフード店へ足を運ぶ。
「最終的には、一次創作から一次創作を生み出すような傾向がメジャー化するのか。では、アカシックレコードは何のために?」
南雲の疑問は振り出しに戻った。アカシックレコード誕生の経緯、それをアガートラームを含めたデータをミュージックオブスパーダへ転用した時に考えたのだが……。
「あれは一体――」
ファストフード店へ向かおうと草加駅へ足を運ぶ途中、別のARゲームで使われているフィールドの展開を確認した。ジャンルとしては対戦格闘だろうか?
南雲が注目したフィールド、そこでは上半身裸の見た目にもかませ犬な男性が軽装備の女性と戦っている。しかし、女性の方に見覚えがあるのだが……。
「あのパッチワークが釣れると思ったら、まさか――レベルに大差あるかませ犬と戦わないといけないとは」
軽装備の女性、それは右腕に見覚えのないような大型の籠手を装備している。形状としては、アガートラームに近いのだが、若干のアレンジがされている。
「それに――ARゲームマナーさえも守れないプレイヤーが乱入してくるとはね。上半身裸でプレイするなんて、思わぬ怪我でもしたらどうするつもりなの?」
上半身裸の男性に対し、彼女は今までのストレスを爆発させるかのように説教をしている。口調としては丁寧だが、所々にとげがあるように見える。
ちなみに、マナー講座と化している光景は南雲が遭遇する前から起こっており、他にも同様の乱入者に対して個別に行っていたらしい。
「外部ツールやチート行為は言語道断だけど、あなたの恰好はオートバイでノーヘル運転をするのと同じ行為――」
ラウンドコールが流れたと同時に、彼女は大型の籠手を変形、その形状は南雲が良く知るアガートラームへと変化した。
どうやら、形状を偽装したのは周囲に存在を知られたくない為だったらしい。
「ARゲームでARアーマーを装備しないとどうなるか、その身で知るといいわ!」
ある意味でもワンパンチ決着。かませ犬の男性は気絶をしているが、下半身や肩アーマーに装着していたガジェットの生命維持装置が発動した為、大怪我は回避された。
その後も様々な人物が乱入を行い、彼女にワンパンチで撃破されていった。その数は10人を越える。
「いい加減、かませ犬と戦うのも飽きてきたし――」
彼女がログアウトを仕様とした矢先、目当てのパッチワークが乱入してきたのである。その装備は複数社のガジェットをフルアーマーの様に装備しているのだが――。
『アガートラーム――大和杏か』
乱入してきた人物は、対戦相手が大和杏であると分かっていたようだ。それを踏まえて、様子見をしていたのだろうか。
そして、ラウンドコール後にパッチワークの人物はクロスボウを構える。放たれたのは、何とビームだった。ホーミング性はないのだが、破壊力はガードした際のゲージの減り方で分かる。
「こっちの名前を知っていて、そっちは名乗りなし?」
『名乗った所で、お前には意味をなさない名前だ』
「意味がない? メタ的な視点で言うと別作品の登場人物とか?」
『間違ってはいないが、それでは不適切だな』
「それじゃあ、あえてハンドルネームを名乗るとか」
『そちらを名乗っても尚更意味はない。しかし、こちらのネーム以外でならば名乗れるが――』
クロスボウ以外にもパッチワークは大型のビームサーベルやレーザーダガー等を大和に対して投げるのだが、それらは全て回避される。
これらの武装は全てメーカーが違う物だが、このARゲームでは特に持ち込み制限が入らない。
パッチワークが乱入タイミングを待っていた――と言うよりは、ガジェットチェックに手間取った可能性もあるだろうか。
『私の名はオーディン――アカシックレコードに魅せられた……』
オーディンと名乗った人物が何かを言い終わる前に、大和はアガートラームの一撃を左肩に集中させ、やはり他のかませ犬と同様に吹き飛ばした。
残念ながら、他のかませ犬とは違って気絶はしなかった。何とか耐えきったかと思われたのだが、その結果は――。
「ARガジェットは強くても、所詮は他社メーカーの相性を考えない数値だけの最強を求めたカスタマイズ。それでは、アガートラームに勝とうという事次第が夢物語ね」
体力ゲージの方は一発でゼロになっており、大和の勝利という判定になっていた。
『お前達は、まだ知らない。超有名アイドルがアカシックレコードを独占する事。それは悲劇の幕開けだと』
オーディンは逃げ文句かのような一言を残して姿を消した。一体、何が言いたいのか。
「超有名アイドルも特区の方で規制するようになったし、所詮はつぶやきサイトのデマを鵜呑みした程度の話ね」
大和の方は、今度こそログアウトしてその場を離脱する。しかし、その際に南雲と鉢合わせになった。
南雲の方は引きとめる気もなかったのだが、オーディンの捨て台詞を聞いて気になる事があったらしい。
同日午前12時30分、行く予定だったファストフード店で2人は話をする事になった。情報交換とも言う。
「――記者会見の方は見ていないけど、磯風ってあの有名ゲームメーカーでしょ?」
フライドポテトをつまみつつ、大和は話を聞くのだが――真剣な表情には見えない。その理由は、かませ犬プレイヤーの影響かもしれないが。
「ほかにも数社が奏歌市に計画書を提出したという話だ。先ほど、役所の方で告知があった物だ」
ホットコーヒーを片手に、南雲は市役所で配布されたペーパーを大和に見せる。ペーパーと言っても、紙ではなく電子書籍だが。
「キサラギ――? これって、アカシックレコードで何度か出ている、あのキサラギなの?」
大和の方が話に噛みついた。今度は真剣に聞いてくれそうである。それを踏まえ、南雲はタグレット端末を引き上げる。
「条件は? アカシックレコードの真相に関しては、ネットのまとめサイト程度の情報しか流れていないから、聞くだけ無駄――」
「聞きたいのは、そちらではない。水面下でバージョン3が動いているという噂のある、あのゲームについてだ」
「バージョン3? 一体、何のバージョン3なの? 音楽ゲーム、シューティング、FPS、対戦格闘? それとも……」
何のバージョン3なのか大和の方も把握していないジャンルがある。その為、南雲に絞り込みをさせようと探りを入れるのだが、そこで飛び出した単語は予想外の物だった。
「パルクール、それも一部の提督勢がこちらにも進出している、あのパルクールだ」
南雲の出した単語を聞き、大和の方は『まさか?』という表情を浮かべる。