第56話:新たなるガジェット(後篇)
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7月26日午前10時、ARガジェット業界に新たなメーカーが参入した。それは、磯風エンターテイメントである。
【磯風と言えば、音楽ゲームで有名な所か】
【遂にARゲームにも参入か?】
【どちらにしても、大手アイドルで有名な会社が来ると思っていただけに、別の意味でも驚きだ】
つぶやきサイトでは、磯風エンターテイメントの知名度が高い訳ではないようだ。
音楽ゲームで有名らしいのだが、それ以外の分野ではあまり目立った気配はない。
ここ最近はソーシャルゲームへの方針転換もあるのだが、新規ユーザー開拓の為にARゲームへ進出した。
ゲームメーカーでもARゲームのノウハウがないという手探り状態の当時と違い、今はある程度のARゲームが稼働中である。
そこから磯風がリリースしようと考えていたのは、意外な事に音楽ゲームだった。
「音楽ゲーム自体が激戦区と言う訳ではないが、これは見物か」
今回の記者発表会見の場に姿を見せたのは、何と南雲蒼龍だった。彼の姿を見ても、マスコミが騒ぎたてないのには別の理由がある。
彼が記者会見を見ていた場所、それが会見が行われている足立区内のアンテナショップではなく、中継映像を流していた草加市内のアンテナショップだったからだ。
これでは目撃情報があっても、発見できないというわけだ。
『我々の開発する音楽ゲームは、過去の作品のノウハウを生かし、それとARゲームを融合させた――』
男性スタッフの一人が説明を行うと、その途中でスタッフ数名が台車に乗せたコンテナを運び出した。
そして、スタッフの合図とともにコンテナがロックが解除され、その封印を破って姿を見せたのは、予想外の物だったのである。
【まさかのパワードスーツ?】
【ARガジェットがどのような形状でも、玩具扱いになるという話は聞いた事があるが】
【ARゲーム自体、ガジェットがゲーム機のコントローラと同じ役割を持ち、メンテの複雑さを緩和させていると聞く】
【あのパワードスーツで音楽ゲームをどのようにプレイするのか】
パワードスーツと言っても、重装甲タイプではなく、インナースーツにARギアを装着させているタイプ……偶然にもミュージックオブスパーダと同じだった。
『我々がリリースする音楽ゲーム……それは今期にリリースできる状況ではありません。しかし、このようなケースで別の音楽ゲームへ技術提供する事は可能です』
スタッフは明らかに誰かを指名してコラボの提案をしているようでもあった。
『今回のコラボに関しては、こちらが先に発表と言う形になり、向こうへは事後承諾みたいな形になりましたが……ミュージックオブスパーダと技術面で協力を出来ればと思います』
説明をしているスタッフの隣にいる人物――何処かで見覚えがありそうな顔をしているのだが、中継映像を見ていた山口飛龍も思い出せない。
『自己紹介が遅れました。私は今回のシステムを提案した、木曾あやねと言います』
男性スタッフの隣にいた人物、それは意外な事に木曾あやねだった。何故、彼女が新作ゲームの発表会にいたのか。
「そこから考えられる結論は一つしかない」
別のアンテナショップでは大和杏も中継を見ていたのだが、木曾の出現は一部のランカーに衝撃を与えたのである。
《木曾あやね、プロゲーマー契約を結ぶ》
大和の見ていたタブレット端末の記事、そこには木曾がプロゲーマー契約を結んだ事を報じていた。
それに加えて、契約をしたゲームメーカーが磯風エンターテイメントである事も同時に発表されている。これが意味する物とは……。