第47話:世界の真実(後篇)
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6月18日午後3時10分、山口飛龍は目の前に現れた集団がどのような目的で現れたのか理解できていた。
その集団は重装備ARアーマーで身を固めた集団であり、その様子は十字軍やPMC等を連想させる。
相手の素顔が見えないのは、ガジェットで顔が見えないというのもあるのだが……。
「お前にこれから起こる事の邪魔はさせない!」
「乱入が可能な人数は限られているが、ゲーム外で集団暴行という事件を起こした方が逆に都合が悪い!」
「しかし、このフィールドであれば合法となる」
予想外とも言えるような乱入だった。集団がこのような手段を取っていたのには、理由が存在する。
「ARゲームにおけるガジェット使用のガイドラインか」
自分でもゲームのルールは把握しているつもりだったが、面倒になって読み飛ばしている項目は存在した。
そのひとつが、ARゲームにおけるガジェット運用に関するガイドライン、遊戯都市に限らずARゲームを運用している都道府県全てに適用される。
【ARガジェットを大量破壊兵器、大規模テロへの転用禁止】
【ARガジェットを用いた世界征服はするべからず】
他にも書かれていたような気配はするが、自分が読んだのはこの2つだけだ。
「我々としては、物理手段を用いれば話が早い。しかし、それをやればマスコミどもはゲーム脳等と騒ぎ立て、一部芸能事務所のアイドルコンテンツ以外を認めない流れになる」
「繰り返されるのだ。どのフォーマットでも! 超有名アイドルコンテンツを巡る争いは! 超有名アイドル商法を神格化する動きは!」
「芸能事務所や一部政治家の思うようにはさせない! 我々が超有名アイドル商法を違法コンテンツとして世界中に認識させ、全ての世界から駆逐する!」
「【一億人一次創作作品配信計画】こそ、今の日本には必要なのだ! 我々は夢小説やフジョシ勢に悪用されるような二次創作よりも、商業一次創作で振り込めない詐欺を振り込めるようにする事こそが――」
十字軍の話は続くが、山口は無言で楽曲を選択し、ゲームを進行させていた。これによって、次々と乱入者を演奏失敗へと追い込み、フィールドから排除する手段に出た。
「ひ、卑怯だとは思わないのか? 我々の話が終わる前にゲームを開始するとは」
「戦隊ヒーローの名乗りでも、怪人側は待つような物だぞ」
そのような発言はお構いなしに、山口は選曲を続け、そのパターンは次第にテンプレ化していく。そのような状況が課題曲2曲の理論値達成という展開を生んだのだろう。
「格闘ゲームであれば、時間待ちをするのも可能だが――これは音楽ゲーム。無駄なトークパフォーマンスは不要だ」
山口の一言に対し、周囲のギャラリーが沸く。
『音楽ゲームは音楽やパフォーマンスを楽しんでこそ!』
『お前達の様なノイズは必要ない!』
『反超有名アイドル勢の皮を被った反ARゲーム勢は、この場からされ!』
このギャラリーに対し、ピエロの様な覆面プレイヤーが予想外の一言を放つ。
「音楽ゲームの実況は良くて、我々のような発言はノイズと言うのか! 音楽ゲームの実況も音楽を楽しむという意味では反しているのではないのか?」
この一言に対し、山口は冷静で入れられなくなっていた。しかし、音楽ゲームは冷静さを失ったら、そこで敗北する。
発狂譜面や人類ではクリア不能と言われている譜面でも、自分のペースに持ち込めば不可能を可能にできるはず。
それでも譜面制作者が意図してクリア不能の仕様にしていないかぎりは……必ずクリアは出来るはずだ。
「反ARゲーム勢がARゲームに対して異論を唱えるのは分かる。しかし、何も事情を知らないでARゲームを語るようなお前達だけは――」
今まで冷静でいた山口も、さすがに我慢の限界だった。そして、次の瞬間には信じられない現象が起きたのである。
《ゴッドランカーモード》
山口のバイザーに表示された謎のフォント、それがシステムの発動と同時に日本語訳され、それがゴッドランカーモードである事が判明する。
「あのフォントは一体、何だったのか――!」
次の瞬間、山口のARガジェットが赤に似たような色に発光、更には超高速のスピードを得たのである。これがFPSやTPS等の様なゲームであれば、攻撃力が上昇する等の温床もあるだろう。
あくまでも音楽ゲームである為か、ゴッドランカーモードは他のARゲームとは違う効果を山口のガジェットに付加したのである。
「このスピード、ミュージックオブスパーダで言うと3速を越えている!?」
そのスピードは以前に見た講座で言う3速以上、更には演奏の判定も皆無に等しい物だった。
実際、ベストタイミングではないズレが発生しても、システムの方がフォローを行い、全ての判定はパーフェクトになっていたのである。
「そんな馬鹿な! あれは他のARゲームで言うハイパーモード!」
「ハイパーモードはネットスラングだが、あれには正式名称があったはず」
「あのモードはバトル系のARゲーム限定のはずだ! それが音楽ゲームに実装されているなんて聞いていない」
他に乱入してきたプレイヤーも、山口が発動させたゴッドランカーモードの前には無力に等しく、敗北するしかなかった。
しかし、このシステムは山口が自分で使用した物ではなく、勝手に動いた物と言っても過言ではない。
同日午後4時、このプレイを含めた動画がセンターモニターで視聴可能となり、動画サイトにも拡散されると――その衝撃度はつぬやきサイトのトレンドになっていた。
【そんな馬鹿な事が――】
【あのハイパーモードはバトル系限定のはずだ。アレを音楽ゲームで実装するなんて】
【初めからハイパーモードは実装されていた。そして、それはアンチ勢力を力で黙らせる為に用意されていた】
【ソレはあり得ない。力で黙らせるような手法、それは別のARゲームで実行された事もあるが――そのゲームではバランスブレイカーとなって、客離れを呼んだ】
【それが対人形式の物であればなおさらだ】
【音楽ゲームは対戦格闘とは違うと言いたいのか?】
【音楽ゲームでは対戦と言うよりはマッチングや対バンドのような形式をとるのがほとんどで、演奏中におじゃま等で妨害で切る機種は指折り数えるほどだ】
【あのハイパーモードは、おじゃま等の範囲と言いたいのか?】
【あくまでも対戦の範囲で使われるものであれば――だ】
つぶやきサイト上でも拡散されたハイパーモード、仮にもミュージックオブスパーダではイベントが行われている。その中でのシステム使用は別の意味でも波紋を呼ぶ可能性があった。
「スコアトライアルの途中で、まさかのハイパーモードか」
この動画を別のゲームセンターで見ていたのは、ビスマルクだった。彼女は今回のハイパーモードは、開発段階で実装した物ではないと考えている。
「あれは――ゴッドランカーモード。ありとあらゆる譜面に対し、判定がパーフェクトになると言う物だ」
ビスマルクの隣に現れたのは、大和杏だった。彼女もゴッドランカーモードがあるのは別のゲームでも確認していたのだが……。
「ハイパーモード自体はARゲーム全てに存在する。しかし、それを使用すればリスクが伴う。一部機種ではバランスブレイカーとしてサービス終了した機種もある位だ」
「だろうね。一部プレイヤー、それも力の使い方に熟知した一部の人間にのみ発動する――それが大多数のプレイヤーから批判を買う事位は分かるだろうに」
「このモードがミュージックオブスパーダにある事は聞いていない。バージョンアップでも説明はなかった」
「初期段階で導入する気もなく、完全放置していた物が――ある事故で発動したと考えるのが良いのかもしれない」
2人はこのモードの存在に関して話をしていたが、大和の方は何かに気付いているようでもあった。
「アカシックレコードを利用して開発されたARゲーム全般に存在する未知のピース、それがARゲームに何かを起こそうと言うのか」
大和のアガートラームもアカシックレコードを使って作られているが、このようなモードがあるのは初耳に近い。
それに加えて、ハイパーモードはARゲームではごくごく当たり前の様に実装されている。ただし、それらは意図的にパワーダウンしたモードだが。
「これが炎上要件としてまとめサイトに取り上げられない事を祈りたいが――」
ビスマルクが考えていた事は、数分後に現実となった。
同日午後4時30分、各種まとめサイトがゴッドランカーモードに関して危険性を指摘する記事を取り上げ、そこには――。
【このようなモードが存在するARゲームを放置すれば、犯罪を助長するのは明白】
【やはり、超有名アイドルコンテンツによる制圧を早めるべきだ】
【既にハイパーモードを悪用し、危険ドラッグの代用品にしようとするサイトもある】
【やはり、ARゲームは電子ドラッグの一種だった! ソーシャルゲーム以上の危険性があるのは間違いない】
【日本に誇るコンテンツは超有名アイドルのみ。それ以外は徹底的に違法コンテンツとして取り締まるべき】
この内容には様々な矛盾が存在し、実際のゲームを未プレイでゲームを題材にした夢小説やフジョシ向け小説を書いているのと同じ状態だった。
こうしたサイトが増えた理由には、流行ジャンルに便乗すれば目立てる、アフィリエイト収益で儲かる等の考えがあるのだろう。
しかし、こうした私欲の塊と言える勢力は予想外の形で駆逐される事になった。
「ARゲームが、このような風評被害で委縮する事を我々は望まない」
「このようなまとめサイト勢を取り締まれる法律を作るべきだ」
その先頭に立った勢力、それは予想外にもアキバガーディアンだった。
「ARゲームに対する法律ならば、既にガイドラインと言う物がある。それに反しているという事で、取り締まることは可能よ」
会議室に割り込みをしてきた人物、意外な事にその人物は大淀はるかだった。
「君はARゲームに対して反発する意見を――」
ガーディアンの一人が言う事も正論であり、大淀はアキバガーディアン内でも危険人物としてブラックリストに入っていた。
「丁度、海外でコンテンツ流通に関する法律で調整が入っていると聞いている。まとめサイトをARガジェットのガイドラインを立てに告発すれば、逮捕は可能になる」
大淀の話を聞き、各種ニュースサイトを検索するガーディアンに加え、該当するであろうまとめサイトのリストアップ作業も同時に進行していた。
「準備完了しました。既に100以上のサイトをリストアップし、その中には芸能事務所大手や与党の政治家が個人ブログで立ち上げた物あったようです」
「これじゃ、ステマ狩りと同じか」
ガーディアンの報告を聞き、大淀もため息を漏らすしかなかった。しかし、ここまでの強硬手段を駆使しないと超有名アイドルを神格化しようと言う動きを止める事が出来ないのは事実だったのだ。
同日午後5時、大手芸能事務所に警察の家宅捜索、政治家の事務所にも警察が……と言うニュースがテレビ局で取り上げられていた。
しかし、詳細に関しては伏せられていた。これに関しては様々な憶測がネット上で拡散する事になったが。
実際、超有名アイドルを神格化しようとして嘘ばかりを書いたまとめサイトを立ち上げた罪で逮捕という風に報道する事は不可能に近い。
「テレビ局もスポンサー離れを恐れて、詳細はカットしたか」
テレビのニュースを見ていたのは南雲蒼龍だった。彼もゴッドランカーに関しては把握済みだったが、彼が実装した訳ではなかったのである。
「アカシックレコードが、他の世界線でも異常を起こし始めていると言うのか――このタイミングで」
南雲は別のネットまとめ記事も見ていたが、そこで入手できる情報はたかが知れている。その為、アカシックレコードへアクセスをした結果――。
【世界線は動き出す。複数世界の事件が、設定が――この世界に影響を及ぼす。それは、テコ入れと同じように】
このメッセージの意味を南雲は何となくだが分かっていた。ミュージックオブスパーダもアカシックレコードに記された設計図をベースにしている部分があったからだ。
「一次創作から影響を受け、そこから新たな一次創作を生み出す。この流れを全ての世界で起こるとしたら、今度は日本から二次創作が駆逐される」
南雲の懸念、それは自分が同人ゲームから楽曲を収録したのと同じ事が将来的に起こるのでは……と言う物だった。
『同人ゲームの一次創作楽曲が、本家の音楽ゲームに収録される流れ……。最終的には楽曲使用料で圧迫される超有名アイドルの楽曲よりも、こちらがメインになると言う事を意味する』
大和はある人物の言っていた言葉を思い出していた。これと同じ現象は、ミュージックオブスパーダにも起こるのか?
「ミュージックオブスパーダに版権曲がない理由――そう言う事なのかもしれない」
音楽ゲームで版権曲を入れず、全てが一次創作とも言えるゲームオリジナル曲で固めた――。南雲の狙いが何となく分かった瞬間でもある。
「本選になれば、その答えが出るかもしれない」
それから数日の間にARゲームや音楽ゲームに関する情勢は変化していき、それにミュージックオブスパーダも巻き込まれる結果となった。