第44話:ハンドレットランカー(後篇)
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6月18日午後2時、各所のミュージックオブスパーダの設置箇所では次々とハイスコアが刻まれていく。
今日が集計最終日と言う訳ではなく、理論値が次々と出ているという情報が周囲のハイスコア意識を加速させているのだろう。
「システムが起動しない。一体、どうなっているのか?」
「何故だ、違法ツールはインストールされていないはずだ!」
あるプレイヤーの叫びは、無情にも大和杏の前には無意味と化す。
「違法ツールと言っても、他のゲームではチェックされないだけに過ぎない。実際は、チートツールの一部プログラムを変えただけでは――」
大和のアガートラーム、その発動条件は外部ツールを使用したプレイヤーとマッチングした際と言う条件だった。
それに気付かないでツールを使っていたプレイヤーが次々と失格処分となっていく。これに関しては、違法ツールの拡散をしするという役割もあるのだが……。
【アガートラーム、アレと同じ機能を持つガジェットが存在しないのは不幸中の幸いなのか】
【同じ効果が確認されるガジェットもあるようだが、ガジェット名称が分からない】
【それを複数個所で使われれば、今度こそ魔女狩りの比ではない失格者が出る】
【しかし、チートで理論値に到達したプレイヤーが大量に出てきたら、正攻法でハイスコアを出しているプレイヤーが――】
【格闘ゲームでチートが使われたら、それこそ不公平としか言いようがない。イースポーツに選ばれると言うのは、こうしたドーピングが確認される環境を――】
さまざまなつぶやきが流れる中、別のゲーセンでは大淀はるかがフライドポテトを口にしながら様子を見ている。
「既に理論値プレイヤーが増えている以上、僅差で予選落ちするランカーも出てくる」
大淀はインナースーツ姿で小休止をしている状況だが、インナースーツ姿の彼女を見て笑う様な客は全くいない。
それもそのはず、ここはARゲーム専門のゲーセンだからだ。ミュージックオブスパーダは当然置かれており、それ以外にも複数ジャンルのARゲームが並んでいる。
ミュージックオブスパーダは連日混雑しており、それだけスコアトライアルは成功とも言えるほど。新規プレイヤーの開拓に関してはスローペースだが、認知度は他のARゲームよりも高いと言えるだろう。
「しかし、3曲とも理論値を叩きだすプレイヤーは出ない。それだけ、攻略法と言う概念が存在しないのだから」
大淀も頭を抱える問題、それは課題曲3曲で全て理論値を出したプレイヤーがいない事。この原因は、細かい微調整アップデートが行われている事が原因である。
このアップデートはチートツールが検出される度に行われ、その頻度はパソコンのプログラムで脆弱性が指摘される度に……という展開を連想させる程。
しかし、この頻繁とも言えるアップデートはチートプレイヤーのふるい落としに貢献しており、不正な手段を使って理論値を取ったプレイヤーを次々と脱落させているのが証拠だ。
「逆に、このアップデートがなければ、バランスブレイカーの存在が影響して新規プレイヤーが付かない事も否定できない」
更に懸念しているのは、今回のスコアトライアルで2曲共に理論値を取ったプレイヤーばかりで埋まる事である。
これによって、新規プレイヤーでもハイスコアが取れる可能性が減り、これによってモチベーション低下は避けられない。
理論値を取り返せば……という簡単な話にならないのは、ミュージックオブスパーダの宿命だろうか。
「何故、最初から狩りゲーでリリースしなかったのか……」
大淀は、ミュージックオブスパーダが最初からハンティングゲームではなく音楽ゲームの要素を入れた事が分からずにいた。
チートツールの洗い出しに使うのであれば、もっと別のジャンルでゲーム化すれば良いだけの話。
音楽ゲームのシステムを混ぜたARゲームは前例がない……と言う事で奇抜性を狙ったにしては、システムの完成度は非常に高い。
何故、南雲蒼龍はミュージックオブスパーダを音楽ゲームとしてリリースしたのか。
同時刻、同じゲーセンの別エリア、そこではミュージックオブスパーダのプレイ動画をセンターモニターでチェックしている人物がいた。
「予想通りか。この3曲はある音楽ゲームで有名な同人作家が関係している」
課題曲の作曲家に共通点を見出していたのは、今回は私服姿で様子を見に来たビスマルクだった。
周囲のギャラリーは鉄血のビスマルクが来たのでは……と怯えるプレイヤーもいるのだが、そんな事は彼女には関係ない。
「超有名アイドルを起用しなかったのには、楽曲使用料が関係している訳でもなければ、奏歌市の特殊事情も違うように感じる。おそらく、南雲の――?」
ふと、ビスマルクは共通点とは別に南雲の考えを読み取った。仮に、これが正しいとすれば、今回のトライアルその物が大規模作戦の一環とも受け取れるのだが。