第5話:全てのチートを打ち砕く右腕
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アカシックレコードの中でも封印というカテゴリーに属する者及び物が存在する。その一つが、アガートラームと呼ばれる物だ。
様々な文献によって剣、義手と言うような形状で掲載されているのだが……アカシックレコードでは大型の籠手として触れられていた。
『その力は全てのチートを鎮圧出来る程の力を持つが、それと同時に大きな宿命を背負う事になる』
設計図とは別に記載されていた説明には、圧倒的な力を得るのと同時に宿命を背負うと書かれていた。
『コンテンツ流通に関係する争い……それは、超有名アイドルに関係なく創作や創造の障害となる存在に対して拳を振るう事』
『コンテンツ流通に関係する争い……流血を伴う争いを持ちこむ事は力による絶対支配を誤認させる事は避けなければならない』
『コンテンツ流通に関係する争い……アガートラームを持つ物は、金の力で無双するような誤った勢力に力を貸すべきではない。その力は、正しくコンテンツ流通出来る勢力に力を貸すべきである』
この他にも条文とも取れる文章は存在する。そこで触れられているのは、アガートラームを手にした人物は超有名アイドルに代表される金で無双する勢力に手を貸す事を認めない。
フジョシや夢小説に代表される注目を浴びたい等の欲望だけで動き、その言葉には全く意味をなさない勢力に手を貸す事を認めない。
極めつけとしては、タダ乗りに代表される勢力やネット炎上勢に力を貸す事も認めていない。
アガートラームを持つ者、それが取るべき行動はコンテンツ流通を本当の意味で正しく認識出来る勢力に力を貸す事だった。
そして、大和杏が力を貸す事にした勢力、それはミュージックオブスパーダの運営であり、音楽ゲームのイースポーツ化を推進しようと言う動きを見せる勢力……。
「音楽ゲームのイースポーツ化、これによって超有名アイドルの楽曲を演奏し、ステマとしてネットを炎上させる勢力を排除する事が……出来るのだろうか」
未だに大和は自分が手に入れた力をアガートラームとは認識していない。アカシックレコードの中でも一部が凍結、大半が封印扱いと言う事も拍車を賭けているのかもしれない。
この力を振るえば、コンテンツ業界でタダ乗りや便乗商法をしようと言う勢力を排除出来るかもしれない……と軽い気持ちでアガートラームに手を出したわけでもない。
「アガートラームは伝説にすぎない。これが本当にアガートラームだとしたら、その力は全てのチートを消滅できる」
アカシックレコードから偶然に発見された設計図、それをベースにしてガジェット化されたのが、大和の持つARガジェットである。
普段は右腕に装着されているタブレット型端末だが、ARゲームでは巨大なガントレットへと変化。この変化に関してはARゲームの方で具現化された物……と言うのが公式見解だ。
「チートを全て消滅させたとしても、規制法案等で制限をしないといけないのだろうか」
チートを消滅させた後、おそらくは第2、第3のチートが横行する事を大和は予測していた。それを止める為には規制法案しかない……とも考えている。
「そうした規制法案が作られれば、それを逆手に取られて別勢力に悪用されるのは歴史が証明している。本来であれば、そうした逆手に取られる法案は不要なのに」
先ほどまでのニュースをガジェットで視聴し、大和はそう言った事を考えていた。結局、何もしないのが正しいのだろうか?
「疑問を持った事に対し、放置を出来るのか……と言われれば、そこまでおとなしくしている訳にはいかないだろう」
そして、大和は再び何処かへと向かっていた。先ほどのアミューズメント店舗より若干離れているが、規模としては近いゲームセンターである。
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4月2日午後2時、山口飛龍はミュージックオブスパーダのチュートリアルをプレイ後、早速1曲目のマッチング準備をする。
「武器タイプはどれでもよいという事だが……」
色々な武器タイプを指定できる中、山口が選択したのは上級者向けとも言われるガンビット。ドローンの様な形状ではなくSFに出てくるようなダガーにも似ている為、どちらかと言うとソードビットかもしれない。
「それに、楽曲はどれを選ぶべきか迷う。スタッフの話では、特にモンスターの形状は問題視されないとの事だが」
下手に考えても仕方がないことだ。この辺りは慣れの問題であるとスタッフも言っていたので、とりあえずはゲームに慣れる事が全てだろう。
「ゲーム空間とは思えないような……」
山口が周囲を見回すと、ゲーム空間と言うのが嘘みたいな完成された光景がそこにあった。作り物の世界だと分かっているのに、現実と誤認してしまいそうな気配さえ感じる。
おそらく、ARゲーム自体がネット上でも誤認識されている事も原因かもしれないが……真相が何処にあるのかは誰にもわからない。
「マッチングは――!?」
山口が驚いたのは、ARガジェットに表示されたマッチングだった。そのレベル差は50を超えている。自分が1に対し……。
「このゲームでは特にレベルは関係ない。狩りゲーで言うランクみたいな物だ」
山口の隣に突如現れたのは、マッチングしたプレイヤーの一人だった。武器はサブマシンガンを持っているようにも見えるが、ビームサーベルの様な物も確認出来る。
外見に関しては山口も似たような物だが特に専用のギア等を装備しておらず、私服+ARガジェットという初心者プレイヤーに多い物だった。それを知ってか、山口もその辺りは言及する気配がない。
「とにかく、このゲームで重要なのは――」
山口の前に突如としてモンスターが姿を見せる。外見としてはファンタジーや狩りゲーで見かけるようなタイプだ。しかし、このモンスターが唐突に攻撃を仕掛けてくるような気配はなかったのが逆に違和感を持つ。
「あのモンスターが動かないのと関係があるのか?」
山口が質問をするのだが、それに彼が答える様子はない。そして、サブマシンガンを構え、音楽が流れてきたのと同時に引き金を引く。
音楽の方はクラシック曲のアレンジらしく、有名どころの『冬』と言う曲のようだ。それに気付いたのはイントロを聞いた辺り。
「モンスターと言うより、あれはガンシューティングで言う的に当たる。ただの的とは違うがな」
サブマシンガンで正確にモンスターを撃破していく彼だが、その様子はガンシューティング等のプレイスタイルとは大きく異なる。
「的とは違うのか?」
山口の質問に、再び沈黙をする。あまりアドバイスをしたくない……と言う訳ではないが、彼がゲームに集中しているのは見ても分かっていた。
「これを、どうやって的に当てるべきなのか」
自分が選んだ武器はガンビット、操作方法に関してはガジェットにも表示されているのだが、それだけでは分からない部分もある。
やるしかない、と覚悟した山口は操作方法通りに動かす事を優先した。ガンビットはターゲットを自動的に補足し、それに向かって飛んでいくというタイプの物だったである。
操作と言うよりは配置に近いのだが、それでも山口の操作はゲーム初心者とは思えないようなガジェット捌きだった。それを見た別プレイヤーは驚くしかない。
「あれでレベル1? 体感的には70か80に見えるぞ!」
「落ち付け。ARゲームでは基本的にサブアカウントの所有は禁止されている。アカウント凍結されて別のアカウントを持っている……と言う事であれば、話は別だが」
「その説明ポジションはフラグじゃないのか?」
「フラグとは、フラグと発言した地点で成立する。今の説明だけでフラグになるはずが――」
驚いていたプレイヤーのレベルは70と75なのだが、一瞬の慢心とフラグが命取りとなり、1曲目で演奏失敗となっていた。
その後も演奏失敗となった2名とは別エリアで、山口とサブマシンガンの青年は順調にターゲットを撃破していき、この2名のみが1曲目をクリアする。
「2名が離脱したとガジェットに表示されているが……」
山口が2名の演奏失敗に関して疑問を持つ。それに対し、今までは黙っていたサブマシンガンの青年は一言。
「2人の設定を見たが、他の音楽ゲームで言う所のハードゲージを設定していたようだ。こちらで使用しているゲージとは少し異なる物で――」
彼の説明によると、2人が設定していたハードゲージは通常よりも多くの報酬が得られるという利点がある一方、通常ゲージよりも1ダメージで減少するゲージが多く、わずか数回のミスで即閉店となるようだ。
「この設定は上級者向けの物だが、手っ取り早く報酬を得る為に使うプレイヤーは後を絶たない。外部ツールとかチートを使うプレイヤーよりは良心的とみるべきかは別として」
2曲目に関しては、何とか苦戦をしつつもクリア出来た。サブマシンガンの青年は他のゲームで技術を磨いた訳ではなく、単純にこのゲームのプレイヤーだったというオチだったが。
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同日午後3時、山口のプレイをセンターモニターで確認していたのは大和だった。プレイと言っても録画されていたプレイ動画の再生だが……。
「山口飛龍、何処かで聞き覚えがあると思ったが……」
大和の方は山口に全く興味がなかったわけではないが、あの時には何も感じなかった。
ミュージックオブスパーダのコーナーに再び立ち寄り、そこで周囲が気になっている動画を見たのだが……。
「あれって、あの音楽番組に出ていた人物じゃないのか?」
「新人発掘番組と言われている、アレか」
「しかし、あの番組は超有名アイドルのかませ犬アーティストを作る為の番組とも言われているが」
周囲の話が例の音楽番組に触れている事もあり、それが気になってモニターを確認した所、そこに映っていたのが山口だったのである。
「あの音楽番組は、選ばれた人間がかませ犬以前に消されると言う噂もあったが……こうして健在なのは珍しい」
大和は含み笑いを浮かべるが、それを周囲が見てドン引きをしている様子はない。むしろ、動画に夢中で見えていないというのが正解というべきだろう。
「かつて、超有名アイドルを巡るコンテンツ合戦で失われた、伝説の右腕【アガートラーム】……そう言う、ことだったのか」
しかし、大和は未だに自分が持つガジェットがアガートラームである事を自覚していない。むしろ、それを否定したいのだろうか。
「世界線変動、超有名アイドル商法根絶、コンテンツ流通の正常化を賭けた争い――Web小説でも取り上げないような題材が、アカシックレコードには書かれている」
大和は思った。アカシックレコードはフィクションであり、ノンフィクションではない、と。しかし、山口のプレイスタイルはアカシックレコードにも記述がある、それに近い物を感じていた。