第36話:動き出した本命
###
6月10日、遂にその時は来た。ミュージックオブスパーダのアップデートが行われ、スコアトライアルの告知も行われたからだ。
【1:スコアトライアル上位には決勝トーナメントへの出場権が与えられる】
【2:決勝進出は最大16名を予定しているが、予備メンバー枠を設ける可能性あり】
【3:外部ツール、違法アプリ、違法ガジェットの使用、スポーツ競技で指定されている禁止薬物は禁止。発覚時に失格処分】
【4:同様に大会中のARガジェットガイドラインに反した運用は、失格処分以外に永久追放の可能性あり】
【5:理論値に関しては、達成者が複数出た場合はスコアの審査に数日かかる場合あり。外部ツールの疑いがかけられる可能性もある為、本気を出しすぎないように】
【6:エントリーは1人1回まで。反則でエントリー解除された後に偽名での再エントリーやサブカードの使用は禁止】
大まかなルールとしては、この6つが設定されている。他にも細かい物もあるが、それはエンジョイ勢やトーナメントに参加しないプレイヤーには意味がないだろう。
「どうやら、ルールの発表があったようだな」
「課題曲はエントリー受付日に改めての様だが……」
「受付は11日からか」
「課題曲と言っても、超有名アイドルの楽曲はないだろう。宣伝勢等が乱入して場を荒らしていく心配はない」
「しかし、それでも上位ランカー勢の独断場になる可能性は否定できないだろう。それとは別に目的がある可能性も――」
ホームページ上のルールを確認しているユーザーからは、様々な声が聞かれた。
同日午後1時、アンテナショップではARガジェットの調整を依頼するプレイヤーが長蛇の列を作っていた。
「現在、10分待ちです。ガジェットの調整には余裕を持って受付をお願いします」
ガジェットの個人メンテは認められているが、本格的な調整となると専門家に見てもらった方が早い。そう判断したプレイヤーがアンテナショップへ駈け込んでいるのが現状である。
不幸中の幸いは、他のARゲームでイベントが行われていない事だろう。下手にイベントが被れば、30分待ちはザラだ。
「予選の開催は明日からと言うが、この混雑具合は――」
アンテナショップへ入ろうと考えていた長門未来は、長蛇の列が入口付近まで到達している事に驚きを感じていた。
同刻、ガジェットの調整を別のアンテナショップで依頼していたのはビスマルクだった。
彼女は草加市内では混雑すると予測し、足立区内の埼玉県ギリギリのアンテナショップへ足を運び、そこでガジェットの調整をしていたのである。
公認のアンテナショップであれば、どのエリアでメンテをした物でもルール違反にはならない。あくまでも、違法パーツやガジェット、アプリを導入する事が反則となるからだ。
「予選には強豪ランカーも参加するが、あくまでもトーナメント方式で進む訳ではない。他人のスコアを意識し過ぎて自滅……と言う事は避けたい」
ビスマルクはマイペースを貫く訳ではなく、強豪ランカーは気になる一方で、それが影響してスコアを落としてはまずいと考えていた。
「同じように別のエリアでガジェットの調整をしているプレイヤーは多いだろう。駆け込みで調整をしたとしても、それは付け焼刃と変わらないと言うのに」
同様にガジェット調整依頼をするプレイヤーに対し、ためいき交じりにつぶやく。どちらにしても、問われるのは練習の成果だからだ。
同刻、現在使用しているガジェットが破損した為、ガジェットの選別をしていたのは大淀はるかである。
ソーシャルゲームの場合、ジャンルによってはアイテムを賭けると言う様な物もあるのだが……賭けバトルはどのような形であれ禁止されているのが現状。
その理由の一つが『ARゲームは世間一般のゲームとは概念が違う』と言う事らしい。何を指して概念と言うかは曖昧な記述ばかりで、正解がない。
【野球賭博的な物を悪と判定し、そうした物をARゲームで広げない為か?】
【ARゲームを五輪競技にでも導入しようと言うのか。さすがに、あの手のコンピュータゲームが五輪種目になるのには違和感しか――】
【大和杏もイースポーツ化しようと考えて入るようだが、五輪は言及していない】
【しかし、五輪にARゲームを正式種目にしても、金メダルを量産できるかは別の話。他の日本出身スポーツと同様な事になるのは目日見えている】
【どちらにしても、奏歌市がミュージックオブスパーダをどの方向で展開するのかが分かれば……】
つぶやきを見ていた大淀も、ARゲームの五輪種目化は考え過ぎという思いがありつつも、運営側には何か狙いがあるのでは……という思いがあった。
「どちらにしても、こちらの意図とは違う意味で伝わっている可能性がある。今は、あのメッセージがどのような流れで拡散するのか、それを見極める方が先ね」
彼女が選んだ新ガジェット、それはリニアレールガン。遠距離系武装は下方修正がされていない為、現状では有利に見えるのだが……それを扱えるプレイヤーは指折り数える程度だった。
実際、スナイパーライフルでも発射可能なのが1発単位の為、外すと致命的なのは目に見えている。
逆に短距離専用でも広範囲をフォローできるショットガン、複数ターゲットが可能なホーミングレーザーの方が遠距離系でも圧倒的にシェアを占めている。
そう行った背景がハンドガン系の弱体化の引き金になったという事になるのだが。
同日午後2時、弱体化されたハンドガンから別の武装に乗り換えるユーザーが続出する中、ハンドガンでのプレイ動画を投稿する人物がいた。
【正気か? ハンドガンで、あそこまでスコアを取れる物か】
【弱体化したとはいえ、それは連射性能やパターン攻略に利用される部分だけ。射程距離を含め、接近戦武装にないアドバンテージは健在だ】
【それを踏まえると、このプレイヤー大移動はフジョシ勢力のジャンル大移動に似ているような物を感じる】
【そこまでは違うだろう。あれは単に男性アイドルグループのメンバーを題材にした夢小説を書こうとしても、それを訴えられるのが……という事情だ】
【近距離ガジェット、遠距離ガジェットで性能が違う部分もある。それに慣れるには時間もかかるだろう】
【単純に、大幅弱体化したハンドガン使いが、上方修正されたブーメランに乗り換えても……ハイスコアを数回のプレイで取れるとは限らない、そう言う事か】
つぶやきの中には、弱体化したハンドガン系から弱体化が最低限の武装やブーメランに乗り換えたとしても……という意見が多かった。
同日午後2時30分、さまざまなつぶやきが交錯する中、あるつぶやきが状況を一変させる。
【大和杏が別店舗のスコアを塗り替えたぞ。既に10店舗ほどは回っている計算か?】
何と、大和杏が店舗遠征を繰り返し、スコアを次々と塗り替えていたのである。これに関してはネット上でも衝撃が走った。
「イースポーツ化までは実現させたとしても、五輪までは不可能だろう。それこそ、アイドル投資家の様な連中にビジネスとして食いつぶされる未来しか見えない」
大和は次の店舗へ行く際、ネット上に出回っている五輪の正式競技としてのARゲーム及び音楽ゲームに関して疑問を持っていた。
おそらく、そこまでの拡散をアガートラームも望んでいない可能性はある。しかし、それらを警告するようなメッセージが聞こえる事はない。静観しているのだろうか。
「今は課題曲がどのような物になるか……見ものだが」
課題曲の詳細を気にしながら、彼女はコンビニでチョコパフドーナツと言う珍しい物を購入する。
「アカシックレコードを利益至上主義型の投資家に独占させる事は、コンテンツ業界の終わりを意味する。過去にアカシックレコードが体験した超有名アイドル商法――それこそ、失敗の典型例か」
飲み物の方はダイエット系のコーラだが、健康マークが付いているような物ではなく、単純にカロリーゼロの物のようだ。
同日午後3時、ゲームセンターの方で別の交渉を行っていたのは南雲蒼龍だった。
彼は今回の予選には参加しない方向だが、狩りに参加したとしても予選免除は確実だろう。スタッフ的な意味ではなく、上位ランカー的な意味として。
「音楽ゲームもソーシャル化する時代が来たのか、それとも……」
ゲーセンに置かれた音楽ゲームが閑古鳥になっている場所も存在するが、一部タイトルには根強いファンが付いているのが現実である。
それを見た南雲は、閑古鳥になっている音楽ゲームを唐突にプレイし始めた。彼がプレイしているのは、ソーシャル系でも見るようになったパネルをタッチするタイプの物。
「音楽ゲームの場合は楽曲に魅力がなくてはいけない。超有名アイドル楽曲だけのゴリ押しや、利益至上主義を狙う様なゲームでは、足元を見られるのは確定的に明らか――」
南雲は音楽ゲームに関しては、自称研究家のような物ではなく……ある意味でも本物だった。実際、自分の理想を追い求めた結果として、ミュージックオブスパーダを開発した位である。




