第35話:苦悩するアカシックレコード
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6月6日午後2時頃、奏歌市内の施設に用があった大和杏は、ある装甲車と思われる車両を発見する。
「あれは、アキバガーディアンの……」
アキバガーディアンと言えば、秋葉原をメインフィールドとしたコンテンツ保護等を訴える組織という話だ。
しかし、ネット上ではアキバガーディアンのやっている事は超有名アイドル商法やマインドコントロール的な物と変わらない――。
こうした曲解した意見が拡散した結果、アキバガーディアンは『一次創作至上主義者』とも揶揄されるようになる。
【アキバガーディアンが1年前に起こした事件、あれが悪しき意見の分裂を生み出した】
【アレがなければ、超有名アイドルを完全に日本から追放する事も可能だった。それに、賢者の石と例えられる商法を確立した勢力を――】
【しかし、Aと言う勢力を追放したとしても、Bと言う勢力が同じような事をしないとは限らない。それに加えて、A’のような勢力が現れるとも……】
【それでも、大規模な憎しみや悲しみを拡散するような勢力を放置すれば、いずれ日本は滅亡する。それを容認している国会も同罪だろう】
【結局、全ては繰り返されるのか。超有名アイドル主導の元で】
このようなつぶやきも存在するが、こうした過激な発言が日の目を見る事はない。これらは炎上系まとめサイトに晒され、超有名アイドル勢に大義名分を与える結果となっている。
繰り返される悲劇、それはアカシックレコードでも懸念されていることであり、それらを断ち切る為の切り札もアカシックレコード内にも記されていた。
同日午後2時30分、メビウス提督が装甲車に乗せられて送られて来た場所、それは草加市内にあるサーバー施設である。
このサーバー施設では、さまざまなWEB小説等のデータも保管されており、その電力が太陽光や水力、風力でまかなわれている。
サーバー施設兼発電実験施設である大規模な施設、その正体はアキバガーディアンとは無関係の中立組織が運営するARゲーム施設でもあった。
「この施設は、ARゲームの開発施設――ここに連れてきたのは、どういう事だ?」
メビウス提督も目を覚ましたと同時に、この施設を見る事になった。彼は施設に見覚えがあり、それが何のための施設かも把握している。
しかし、同行しているガーディアンが理由をしゃべる事はなく、ある部屋の前に連れてきた後、気が付くと姿を消していた。
メビウス提督が扉を開くと、会議室を思わせる光景には見覚えがあった。それは、草加市役所でも見た光景だからである。
彼が部屋に入ると同時に入口の扉はしまった。どうやら、オートシステムらしい。
「メビウス提督、貴方は――アカシックレコードの真意を知ってしまった」
目の前にいる人物、彼女がこの場にいる事の理由を知りたいのはメビウス提督の方である。
「加賀ミヅキ……バウンティハンターと言うべきか」
加賀ミヅキ、超有名アイドル投資家等がARゲームやミュージックオブスパーダに妨害工作や宣伝活動をしていた頃には、彼女がそうした勢力を討伐してきた。
しかし、しばらくしてバウンティハンターに便乗する勢力が出始めてきた。その中には、ネームドのメンバーとしてビスマルク等が存在する。
それに加えて、大淀はるかのような人物も現れ、ARゲームの世界は混迷を極めるとばかり思っていた。
「貴方に確認したい事があった。その為に、ここへ呼んだと言っても過言ではない」
加賀が指を鳴らすと同時に表示されたのは、スカイエッジだった。まさか、彼女もスカイエッジに興味を持ったと言うのか?
「この人物によって、拘束されたも同然だと言うのに……何を聞きたい」
メビウス提督の方はスカイエッジの事を思い出したくはなかったのだが、また例の場面が目の前にフラッシュバックされる。
加賀の方はトラウマを思い出させるような意図はなかったが……。他意はなかったのに、逆に傷つけてしまった事には簡易ではあるが、謝罪を行った。
「――しかし、こちらとしては確認したい事があったのだ。1年前の事件ではなく、ここ最近行われているロケテストの件で」
「ロケテスト……ARゲームのロケテストならば、奏歌市の運営に聞けばいいだろう」
「残念だが、管轄はそちらではない」
加賀が管轄が奏歌市ではないと断言した段階で、メビウス提督は疑問を持った。彼女が聞きたいのは、何のロケテストなのか。情報を探るという意味でも、メビウス提督は発破をかける。
「遊戯都市の管轄外と言う事は、西新井か、北千住か、それとも秋葉原で展開している2.5次元アイドル――」
「聞きたいのは、西新井で行われている……コードネーム『サバイバー』だ」
想定外の単語が出てきた事に対し、メビウス提督は落胆をする。明石春に繋がる情報を持っていれば、交換条件を出してでも……と考えていたようだが、せっかくの発破も不発に終わった。
「まさか、『サバイバー』を所望とは。あっちの方は別の運営が厳重に情報拡散を防いでいて、ロケテスト情報も出てこないという話だが」
「それは奏歌市内での話だろう。向こうとしては『サバイバー』や別のコードネームで動いているARゲームはARゲームと認めたくないのだろう」
「こちらで知っているという事は、他のARゲームとは違うガジェットを運用、パルクールと言う競技をベースにしているという話だけだ」
「それだけ分かれば十分。私も別のARゲームがどうなっているか、知りたくなってきた」
加賀の一言に対し、メビウス提督は恐怖を覚えた。アカシックレコードに興味を持った者がどのような末路をたどるのか……。
「アカシックレコード――それだけが世界の全てとは思わない事だ! あの記述を鵜呑みにすれば、情報の選別も出来ないような情報弱者と同類、あるいはそれ以下と判定される。お前も超有名アイドルと――」
何かを言い残そうとしたメビウス提督だったが、加賀がパチンと指を鳴らしたと同時に加賀の姿は消えていた。そして、目の前には見覚えのあるパワードスーツの人物がいたのである。
「バウンティハンターの――オリジナルだと!?」
メビウス提督は、加賀がバウンティハンターの便乗や偽者と考えていた。それは、アカシックレコードの記述を信じたからである。
『先ほどの言葉、そのままブーメランとして返しておく。アカシックレコードは、この世界の全てでもなければ予言書でもない。そして、炎上勢やまとめサイト勢の収入源になってもいけない物だ』
バウンティハンターの声を聞き、メビウス提督は恐怖するしかなかった。そして、彼はバウンティハンターの放った必殺技の前に倒れた。
同日午後3時30分、大和が施設の内部に入ると、加賀とすれ違いになったのである。彼女の表情は、何か思う節があるような複雑な物。
「アカシックレコード、それが示す物とは何だろうな」
加賀の一言を聞き、大和は何も答える事はしなかった。彼女にアドバイスをしたとしても、それは意見の押し付けになる懸念もあったからだ。
それを踏まえ、現状で何か声をかけることは避け、今はアカシックレコードの存在に関して悩む時期だろう、と思っていた。
「超有名アイドル、私利私欲を持ったアイドル投資家や政治家――こうした勢力が現れた事、賢者の石と言われる超有名アイドル商法。関連性はあるのだろう」
大和は再びアガートラームの声が聞こえたように思えた。超有名アイドルが賢者の石とネット上で言われている超有名アイドル商法を確立した事、それが全ての元凶なのかもしれない、と。