第21話:偽者のアイドル(後篇)
>9月23日午後3時53分付
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5月28日午後2時30分、ネット上で拡散された山口飛龍のトリック映像、その真相はまとめサイトに掲載された。
しかし、これを暴いた人物までは名前が書かれておらず、詳細は一切不明だった。これに関しては秘密裏に情報が……という噂もあり、下手に真相を探って偽サイトに引っ掛かるのを恐れて検索しなかった説もある。
「誰も検索しなかったのか。こちらで犯人を割り出そうとも考えたが……」
つぶやきサイト上でなりすましが現れているという話を聞き、山口は情報を収集していた。その時に発見したのが、今回のトリック映像の種明かしである。
「ARゲームは一部でガジェットを共通化しているとスタッフに聞いた事があったが、こういった事件も起きるのか」
山口は、過去にスタッフから『ARガジェット自体は携帯ゲーム機であり、一部はソフトが別扱いになっている』と言う趣旨の話を聞いていたのだ。
「どちらにしても、今はスパーダをプレイできない。タイミングを見極めての――?」
唐突に山口のARガジェットにメールが届いた。差出人はミュージックオブスパーダ運営だが、内容に関しては彼が疑うような物だった。
《複数アカウントを使用したプレイヤーに関して》
件名を見て驚くのは無理もない。それに加え、自分には複数アカウントと言われても身に覚えがない為、ミス配信と言う可能性を疑う。
しかし、メールを読み進めてみると特定プレイヤーだけではなく全員に対して送られている物であり、このメールを受け取ったからと言ってアカウントをはく奪する訳でもなかった。
《今回、我々の想定していた自体が実際に怒りました。複数アカウントをお持ちの方は、お手数ですがアカウントの統一をお願いします》
全ては、この一文に集約されていた。つまり、今回の一件は想定されていた物なのである。ARガジェットは複数所持を特殊ケース以外では禁止しているらしいが、それに伴うのが複数アカウントの可能性だった。
【複数アカウントは別のソーシャルゲームでも全くないという話ではないが……ARゲームでもあると言うのか】
【ARゲームの場合はガジェットの複数所持が許容されている。その一方で、ゲームのアカウントはNGと言う事か】
【結局、1人につき1アカウントと言う事にしないと歴史は繰り返される】
【1人1アカウントを法整備されたら、それこそアウトじゃないのか?】
【この分野でこうした事例があったので、全ての分野で仕様統一……これが超有名アイドル側の狙いか?】
【結局は政府側の人間が逮捕されている以上、真相は後々に判明するな】
つぶやき上では様々な事が言及されているが、今の山口にとって有益な情報はない。
同日午後3時30分、某芸能事務所に警察が到着した頃、別の動きを展開している人物がいた。その人物は奏歌市内で他のARゲームを物色している所だったが……。
「遂に、こちらを狙い始めた……と言う事ね」
ARガジェットを装着し、周囲のハンターを警戒しているのは大淀はるかだった。何故、彼女がハンターに狙われているのかは……想像に難くない。
「お前がゴッドオブアイドルの情報を売り渡し、我々の金づるを台無しにしたのか?」
「ゴッドオブアイドルは、俺たちの様なグッズ転売で超有名アイドルのCDを買い、CDチャートの独占をする為にも重要な存在だ」
「その計画を潰したお前を生かす訳には――」
大淀を狙っていたハンターの正体、それは超有名アイドルの投資家ファンなのだが……ここまでくると、もはやフーリガンと言う表現よりも吐き気を催す邪悪と言っても過言ではない。
「どうやら、こちらも本気を出さなければいけないようね」
大淀はパイルバンカー型のガジェットを構え、戦闘態勢に入るのだが……突如としてエラーメッセージが表示され、ガジェットが起動する事はなかった。
《ガジェットエラー》
ガジェットにエラーが発生したのは、大淀だけではなく周囲のアイドル投資家も同じ。一体、何があったというのだろうか?
『そこまでだ! 我々はアキバガーディアン……無駄な抵抗は止めてもらおうか』
突如として現れたARガジェットのロボット、それはアキバガーディアンに優先配備されている物である。
しかし、アキバガーディアンが来たタイミングには大淀の姿はなく、アイドル投資家だけになっていた。
「かろうじて別ガジェットを起動した結果、何とか逃げられたみたいだけど」
動けなかった大淀は別のガジェットを使う事で、何とかその場から逃げる事が出来た。しかし、パイルバンカー型のガジェットが動かなかった理由は何なのか?
同日午後3時40分、テレビのテロップで速報が流れる。
《ゴッドオブアイドルの企画をしていた芸能事務所が強制捜査。スタッフを現行犯逮捕》
このテロップを電機店で確認した大淀は、何かを確信していたようでもあった。まるで、一つの時代が終わったような……。
「これで確信できた。この世界を変える為には、コンテンツ業界そのものを改革する必要性がある事を」
その後、大淀は別のアンテナショップへと向かいガジェットの調整を行ったと言う。
同日午後4時、あるつぶやきが話題となっていた。
《私は、超有名アイドルコンテンツによる全産業の掌握及び支配……率直に言えば、超有名アイドルによるディストピアから解放する為に戦う!》
このつぶやきに関してはまとめサイト等で拡散されたが、最初は唐突過ぎて事情が呑み込めないネット住民が多かった。
【ディストピアと言われてもピンとこない。犯罪も5%未満、事故も報告されていないような状況で?】
【バブルが崩壊したような時代ならば、まだ分かるかもしれないが……今の経済状況で何を?】
表向きは経済も不況ではなく、犯罪も警察を含めて様々な組織が動く事で未然に阻止され、むしろ平和に感じる人が多い。
【数年前、超有名アイドル商法を廃止しようという動きがあった際にもディストピアと言う単語が出てきたな】
【まさか、あの人物も同じことを繰り返す気か?】
こうした意見が出るのは、以前の事件を知っている少数だけ。大多数は平和を破壊しようと言うこの意見に関して反対する者が多い。
「アカシックレコード……。おそらく、彼女が実行しようとしているのはディストピア解放を唱えた、アレか」
ファストフード店で焼きそばパンを食べながら、大和杏が一連のつぶやきを眺めている。
「どちらにしても、ゴッドオブアイドルの元凶が逮捕された今、こうした意見が出るのも無理はない。流血のシナリオを展開すれば、それこそアカシックレコードの技術が大量破壊兵器と同義にされる」
県内の玩具屋でつぶやきを眺めていた南雲蒼龍も、今回の事態は一定の部分に関して言えば『想定』していた。
同日午後4時30分、今回の文章を流した人物が大淀である事を特定できたのはごく一部の勢力だった。実際、この宣言をしたアカウントが凍結をされており、誰がつぶやいたのか分からなくなっていたからである。
「凍結したのはARゲームの運営か、あるいは別のどこかが悪用を恐れた可能性もある」
「――ゴッドオブアイドル、結局は歴史を繰り返すという事か」
竹ノ塚駅前で誰かを待っていた加賀ミヅキは、他のメンバーと違う考えをしていた。そして、この文章を書いたのが多世度である事を見破ったのも彼女である。
「加賀ミヅキ――」
加賀の前に現れた人物、それはサングラスを持ってくるのを忘れていたビスマルク。今回、加賀が会う約束をしていた人物でもある。
「ビスマルク、貴女に警告をしておくわ」
加賀はビスマルクに何かのデータを転送し、ビスマルクも転送完了を確認して画像をチェックする。
そして、それを見たビスマルクは驚きの表情で端末から加賀の方へ視線を向けた。
「バウンティハンターをしている以上、いずれはこの勢力と戦う事になる。彼らも、超有名アイドルと方法は違っても目的は類似している――」
ビスマルクの端末に表示されていた人物、それは南雲蒼龍だったのである。これは、一体どういう事なのか……ビスマルクには現段階で把握できずにいた。
5月29日、早朝の情報番組ではゴッドオブアイドルの一件に関してのニュースが報道されていたのだが、それらが真実かどうかは分からない。
ゴッドオブアイドル自体、2.5次元と言う概念を持ち込んだアイドルであり、過去には事例が何度かあったアイドルでもある。
しかし、ゴッドオブアイドルのように成功した事例は非常に少なく、その原因として3次元アイドルファンがさまざまな妨害工作を行ったという話もあった。
それらが実際に報道されているかと言われると、芸能事務所側からの情報規制を求める声があった……ともつぶやきサイトでは言われているが、偽情報の可能性もあって報道するテレビ局は皆無。
「やはり、この路線になるか」
自宅でテレビを見ていた大和は、何処も同じようなニュースばかりだったので、別のテレビ局の通販番組を見ていた。
『今回ご紹介するのは、最新型の楽曲作成ソフト――』
テレビで紹介している商品、それはその昔に流行したバーチャルアイドルの楽曲作成ソフトと似ているが……。
『このソフトは、楽曲だけでなく、振り付け等の設定も可能で、自分で作成した楽曲を動画投稿サイトへ投稿するのもスムーズに――』
その後も商品の説明は続くが、トーストを食べながらだったので詳しくは聞いていない。
「そう言えば、アカシックレコードで音楽ゲームの楽曲を自作し、それをネット上で公開できるというシステムもあったような……」
今からアカシックレコードを立ち上げるのもアレだったのか、即座に確認する事はなく、ノートパソコンを立ち上げて大和は情報収集を始めた。
同日午前10時、ミュージックオブスパーダの運営事務所に到着した南雲は、早速指示を出した。
「6月1日からミュージックオブスパーダを対象としたランキング戦を行う!」
南雲の言うランキング戦、それは彼の掲げる『音楽ゲームのイースポーツ化』と類似しているように見えるが、今回のイベントでは賞金は出ない。
これに関しては、奏歌市側が難色を示した事が理由の一つである。小学生もプレイできるようなゲームで賞金を出すとなると、トラブルが発生する可能性もあったからだ。
「賞金制度は……一部で調整する必要性もあるか」
南雲が手にしているタブレット端末、そこには18歳以上を対象にしたランキング戦で賞金を設定するというルールの記載があった。
「音楽ゲームの常識、それを打ち砕くのがミュージックオブスパーダでもある!」
南雲はホームページに書かれていたキャッチコピーを読み返し、改めて自分の考えを何とかして伝えようと画策していた。
同日午前11時、大淀は誰かに狙われる事もなく、ミュージックオブスパーダのエリアに姿を見せた。
「私は……どうすれば、良かったのか」
あの文章を出した事に後悔はないが、超有名アイドル商法の繰り返しを行おうと言う勢力をどうするべきか……悩んでいるようにも見える。
それでも、悩みを抱えたままでプレイすれば大きな事故につながる。それはARゲーム全般で言われていることであり、常識でもあった。