第20話:偽者のアイドル(中篇)
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5月28日午後2時30分、例のトリック動画に関してネタバレが公開された。
偽物のバウンティハンターを撃破していく山口飛龍の姿、それは大方の予想通りの結果だったのである。
【つぶやきサイトでも問題になっているなりすましか】
【ARゲームでプレイヤー名の重複は問題視されないが、ここまで完コピすると――】
【スーツデザインの重複はレンタル系や市販品でない限りは指摘される可能性が高い】
【一体、どのようなトリックを使ったのか】
つぶやきサイト上でも話題になっていたのだが、これは予想外のトリックだった。単純にスーツを用意した訳ではなく、意外な方法を使った物だったのである。
そのトリックは、まとめサイトに以下の様に書かれていた。
【1:ARガジェット及びARスーツを用意する】
【2:ARガジェットに特殊なアプリをインストールする】
アプリに関しては違法なものではなく、他のARゲームでは一般的に使用されている物だった。
【3:特殊アプリA(以下、アプリAと記述)を用意。その後にミュージックオブスパーダのアプリ(以下、スパーダアプリ)を起動する】
【4:スパーダアプリ起動後、電子マネー支払いを選択】
【5:電子マネーの支払いを確認後、スパーダアプリに割り込みする形でアプリAも起動する】
【6:アプリAでARギアを実体化、これをスパーダアプリは本来のARギアと誤認】
要領としてはアプリAで実体化したARギアをスパーダでも読みこめたという事。
この数分後に運営側が神対応をした事で、重複したアプリの起動に関しては警告が出るようになった。
この神対応によって、事件は思わぬ方向へと発展した……。
同日午後2時40分、ある公園では山口飛龍のARガジェットを装着したプレイヤーがアイドルグループのデモ参加者を撃破していた。
そして、その公園に駆けつけたのは大和杏である。彼女としてはARガジェットに風評被害が出る事を懸念していた。
「この数時間前には超有名アイドルファンと夢小説勢が衝突しているという話もあるが……」
大和は若干呆れつつも、まずは周囲の雑魚を相手にしていく。使用するのは、当然アガートラーム――。
《エラー。そのガジェットは使用できません》
一部ゲームでは対応していないとはいえ、アガートラームが使用できないという状態になった。
「カタログノートが強すぎて使用拒否という事が事前に公式ホームページに書かれた例はあったが、まさか……」
アガートラームが使用できない以上、ここは通常のガジェットで対応するしかない。大和は背中のバックパックから別のARガジェットで使用する端末を取り出す。
《ガジェット認証しました。スーツを転送します》
こちらの方は使用出来るらしく、ガジェットは無事に認証された。そして、大和に暗黒騎士を思わせるようなアーマーが装着されていく。
「アクセスッ!!」
大和の一言と共に黒い刃のガンブレードが転送され、右手でそれを受け取る。それと同時に何かが起こったように見えたが、それを確認する手段はない。
同日午後2時42分、周辺住民の通報で警察が駆けつける展開となり、気絶していたデモ参加者が一斉に逮捕、あるいは補導される流れとなった。
デモ参加者は男性アイドルグループのイベントが県内で展開される件について『炎上案件だ!』と抗議していたらしい。
しかし、それを別の組織に悪用されるとは誰が予想したのだろうか。
「これだけの事が出来るのは、どう考えてもゴッドオブアイドルしかいない」
大和は現場から即座に立ち去った事で警察に捕まる事はなかった。しかし、そのような事をしなくてもバウンティハンター等であれば、超法規的処置として捕まる事はないのだが。
同日午後2時57分、ワイドショーのニューステロップには速報が表示されていた。
《まとめサイトと協力して特定コンテンツに対し、圧力をかけたとして芸能事務所が強制捜査》
この展開は大和にとっても想定外であり、他の勢力等にとっても寝耳に水だった。
【あのニュースって、どう考えても伝説のアイドルだよな?】
【ソレは間違いない。そうでなければ、速報は出さないだろう】
【遂に超有名アイドルもオワコンか?】
【あのアイドルって、つぶやきサイトで名前を出してはいけないはず……】
【これも時代の流れか】
他にもさまざまな衝撃がつぶやきサイト上で流れる。それ程、今回の速報に対する影響は想像を超えていると言えるだろう。
同日午後2時58分、某芸能事務所内のある部屋にも強制捜査が入った。
「これは、どういう事だ!?」
「我々は無関係だ! 一連の事件はまとめサイト側の独断で――」
「今までの日本経済を支えたのは我々のアイドルグループだ。それを仇で返すと言うのか?」
ある部屋とはゴッドオブアイドルの中枢とも言える部屋だった。実は、ゴッドオブアイドルとは存在しない架空のアイドルであり、いわゆるひとつのバーチャルアイドルだ。
しかし、ただのバーチャルアイドルではない。3次元映像で極限までに美化したアイドルであり、恋愛問題等のリスクも最小限に抑えた究極のアイドルとして作られた物である。
「その技術自体、既にARゲームの技術を盗用した物。特許を取り、自分達だけで独占しようと考えたのが全ての間違いだった」
機動隊の一人と思われる人物が、ゴッドオブアイドルのスタッフ達の目の前に姿を見せる。その正体は、彼らもよく知る人物だった。
青い髪の色にメガネ、白衣という男性はゴッドオブアイドルのスタッフとして途中から参加していた人物――。
「貴様! 我々が50年以上も前から存在する伝説を……わずか1日で消滅させようと言うのか」
ある人物が拳銃を白衣の男性に向けるのだが、モデルガンの為に撃ったとしても致命傷にはならない。逆にけん制として使用するにしても、タイミングが悪かった。
「ゴッドオブアイドル、確かに歴史は50年以上と長いのは認めますが……それはあなた達が生み出した物ではない!」
白衣の男性が指を鳴らすと、次の瞬間に機動隊と思われた人物達はARガジェットを展開、様々な形状の武器に変化する。
その武器は蛇腹剣、ガンランス、パイルバンカー、ロケットパンチ等と言ったロマン武器の数々。これらで、どう対抗しようと言うのか?
「所詮、過去の亡霊を再利用し、無限の富を得ようとした。賢者の石はフィクションの世界でしかないのに、それを現実に持ち込もうとした罪は……許せるものではない!」
再び指を鳴らした白衣の男性、彼は左手にスタングレネードを呼び出し、それをスタッフ達に向けて投げつけた。
「最初から、ゴッドオブアイドルを潰す為に派遣されたのか? まとめサイトの――」
何かを言おうとしたスタッフだったが、スタングレネードの発した大音量の音でかき消され、それが彼の耳に伝わる事はなかった。
同日午後3時30分、芸能事務所の強制捜査は終了し、彼らは撤収していった。その後に『本物の』警察が駆けつけるのだが、スタッフ達が気絶している惨状を見て驚いている。
「既にアキバガーディアンが必要な情報を回収した後か」
「ですが、ゴッドオブアイドルのスタッフは気絶しているようです。捕まえるのであれば、今しかないでしょう」
彼らの言う事も一あるので、警官隊のリーダーはスタッフの逮捕を指示、現行犯として扱われる事になった。
同日午後3時40分、ニュースのテロップで再び速報が流れる。
『速報です。ゴッドオブアイドルの企画をしていた芸能事務所が強制捜査を受け、そのスタッフが現行犯として逮捕されたようです――』
このニュースを見て、つぶやきサイトでも阿鼻叫喚が展開されると思ったが、それは少数+それを無駄に拡散しようと言う炎上サイト勢だけ。
【何かおかしいと思ったら、バーチャルアイドルだったのか】
【恋愛禁止の3次元アイドルよりも、ある意味でタチ悪い】
【これがコンテンツ業界のする事か】
そして、ゴッドオブアイドルは英雄から邪悪へと一気に転落した。
【今、明かされる衝撃の真実! 50年の間、騙されているファンを見ていて――】
何処かのテンプレを使ったようなコラ画像も出回り、ゴッドオブアイドルの時代は思わぬ形で終焉を迎えた。
「始まりがあれば終わりも来る。しかし、彼らは終わりを恐れて賢者の石を生み出そうとした結果が――」
白衣の男性、彼の正体はアキバガーディアンのメビウス提督……と呼ばれていた人物だった。彼の本名は、不明のままが良いのかもしれない。
「超有名アイドルの問題も、強引ではあるものの解決に向かうだろう。しかし、音楽ゲームのイースポーツ化……これも賢者の石に類似する案件の可能性がある」
彼の目的は不明だが、コンテンツ業界に賢者の石を求めようとする人物を消していく事――という可能性も否定できない。