第14話:黒船、降臨す!(中篇)
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時間を動画が投稿された前日、5月9日まで巻き戻す。
この時、長門未来はアンテナショップでインナースーツの特注品を受け取った直後だった。
「ガチプレイヤーが強すぎる」
「これがミュージックオブスパーダの壁なのか?」
順番待ちをしているプレイヤーから、そんな話が飛び出す。それ位には上位と初心者の差が離れすぎている……と言わざるを得ない。
「あの、着替えは――」
「専用の着替え室はありませんので、アンテナショップの方で着替える必要があります」
「アンテナショップですか?」
「実際に着替えが必要なARゲームでは、看板に説明がありますので……特に問題はないと思いますが」
長門は男性スタッフにインナースーツではなく、ガジェットギアの装着をする為の着替え部屋を案内してもらおうと考えていた。
しかし、スタッフの反応は意外な物であり、着替え部屋はないという物だったのである。
その一方で、ラフな服装の人物がガジェット以外に持参している物がない為、特に服装関係で必須と言う物はないというのが見て分かるのだが……。
結局はガジェットギアに関してはゲーム中で説明があると言う事で、今は使用しない事をスタッフから説明を受ける。
待ち時間も30分と言う事もあり、その間に他のプレイヤーによる動画を見ようとセンターモニターへと近づいた。
「奇遇と言うべきか、あるいは……」
長門の目の前に現れた人物、それはDJイナズマだった。彼は他のARゲームを観戦していた所だが、偶然にも長門を発見する。
「あなたもARゲームを?」
「まさか?」
イナズマの方はプレイする気はないような表情を見せるが、それが本心とは限らない。
「じゃあ、どうしてここに?」
「いわゆる様子見だ」
「様子見?」
「超有名アイドル商法も暴走気味となり、政治家のバックアップを受けている噂もある。だからこそ、別の業界はどうなっているか様子見を――」
イナズマは様子見で来たと言うらしいが、センターモニターのテロップでスクロールしているニュースを見て、驚きを見せたのは周囲のギャラリーだった。
「超有名アイドル事務所が強制捜査か」
「やっぱり、あの有名政党と手を組んでいたと週刊誌で報道されたのが致命的だな」
「強制捜査自体の報道は何度かあっただろう。今度は、本格的と言う事か」
「その原因はバウンティハンターかもしれない」
「バウンティハンターがチート使用の疑いで付きだした人物の中に、芸能事務所関係者がいたという噂だ」
「噂は噂だろ? 下手に炎上した途端、それは別の勢力を目立たせる口実を作ってしまうだろう」
「別の勢力……有名アイドルの3次元BL本を出すような勢力か?」
「そこまでではないが……放置すれば、海外からもバッシングを受けるような展開になるのは間違いない」
ギャラリーの反応はそれぞれだが、今回の強制調査は超有名アイドルや政治家勢力を完全追放するのには都合が良いと考えているようだ。
「このニュースをきっかけに、アカシックレコードで扱われている技術が地球消滅をさせると言うのが証明された事になる」
イナズマの一言を聞き、長門は無言で呆れていた。アカシックレコードと言う単語に反応した訳ではなく、その技術が軍事転用され、その威力は地球を消滅させる事も出来ると言う部分に……である。
「地球消滅……大きく出ていると思うけど、あの技術はゲームとしての技術よ。軍事転用なんてありえない」
長門は軍事転用の部分を強く否定する。アカシックレコードの技術は、見た限りではゲームの設定やガジェットの設計図などであり、争いの歴史等ではないのは考察サイト等でも明らかになっている。
「本来、ARゲームは別次元の体感プレイを楽しむ為に生み出された物。それが次第に悪徳ビジネスに利用され、その結果として海外に兵器としてのガジェットが生まれる可能性……それは否定できない」
言いたい事だけを言い残し、イナズマは姿を消してしまった。本来、彼としてもこの場所に立ち寄ったのは様子見だけであり、無駄な時間を使いたくないというのもあるかもしれない。
しかし、長門は彼の発言に惑わされる事はなかった。イナズマの発言が不発に終わったのは、過去の前例が証明している。今回の一件もつぶやきを炎上させて一部勢力を魔女狩りする為の物だろう。
イナズマの発言力はカリスマ的なものを持ちあわせてはおらず、その場しのぎともネット上では言われている。
他にも否定的な意見は多いが、それらの意見も感情に任せて発言したような炎上狙いの物、夢小説のネタとして利用、テンプレ化して拡散するというケースまであるのだが……。
「私は誰の意見も本心としては受け入れない。音楽ゲームのイースポーツ化も、大和杏が広めている物にすぎないのだから」
気が付くと、長門の順番が回ってきていた。動画サイトを巡る事もイナズマとの話で出来ずじまいの為、仕方なくチュートリアルからプレイする事になった。
《100GPで1プレイ出来ます》
長門は値段設定に驚いていた。スタッフからも説明されたが、長門はスタートの項目をタッチし、100GPを消費。
GPはガジェットポイントであり、ゲーセンでも一部機種で採用されている電子通貨のシステムに類似する。
1GPが1円相当の為、100GPは100円と言う事になるのだが……これには他のギャラリーも驚いた。
「自分が音楽ゲームに望む世界は――」
そして、長門のプレイが始まろうとしていた。彼女の装着しているギアは脚部のブレードエッジ、バックパックのブレードギミック等の軽めの物。
ミュージックオブスパーダの場合、体力ゲージの減少を恐れて重装備にするプレイヤーもいる。その一方で、軽装ギアで攻撃を回避、手数で攻めると言うプレイヤーがいるのも事実。
長門の場合は、どちらかと言うと手数で攻めるタイプなのかもしれない。その割にはぽっちゃりという体格が周囲を不安に追い込む。
「これが、全ての始まりとも言える……プレイになるかもしれない」
そして、長門はチュートリアルを一通りチェックし、腕のガジェットに表示された曲ジャケットから難易度の低そうな曲をソート、そこから1曲を選択する。
《プレイ動画をサイトへアップする事も可能です》
インフォメーションでは、動画をアップする事が可能であるアナウンスが表示された。動画サイトへのアップはプレイ後に選択が出来る仕組みである。