第12話:直面したもう一つの現実(後篇)
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西暦2018年1月、ミュージックオブスパーダのオープンロケテストが行われる事が発表された。
【去年は数回ほどクローズドテストを行っていたが……】
【遂にオープンロケテストが始まるのか】
【内容も気になるが、それ以上にネット上の評判が気になる】
【ネット上では狩りゲーと言われているが】
【狩りゲーのシステムを使っている音ゲーだとトライアルの時の資料にあったな】
ロケテストに関しては待望論がある一方、不安の方もあったと言う。
『実際、超有名アイドルファンによる魔女狩りと例えられるような事件があり、音楽ゲームが超有名アイドルの楽曲を使わないのはコンテンツ掌握に対抗して……』
『日本政府は超有名アイドルを神化させようと考え、世界中のコンテンツを超有名アイドルで塗りつぶそうとしている』
『潰すべきは夢小説勢ではなく、そのピラミッドの上にいる一握りのFX投資家とも言える超有名アイドルファンだ』
『一握りの数人単位の投資家が日本の政治さえも操っていたと言うのか?』
これらの発言をまとめたサイトアーカイブ、これらは別の世界で起こった出来事をまとめた物とアカシックレコードには書かれている。
しかし、これらの発言を鵜呑みにするような人物は少ない。その理由の一つは、アカシックレコードは架空の世界をWeb小説化した物であり、全てが現実の出来事ではない、と言うのもある。
「アカシックレコードは予言書でもなければ、シナリオの脚本と言う訳でもない」
サイトを見て、その内容に関して否定的な考えを持っていたのは一人の青年だった。
「アカシックレコードの記述は99%の空想と――」
彼は何かのデータを検索し、それをダウンロードしているようである。USBに保存している訳ではなく、タブレット端末内のメモリーに保存しているようだ。
「1%の真実だ!」
後に彼はDJイナズマと名乗るようになる。そして、超有名アイドルに関する否定的な意見を拡散させていくのだが、それは誰からも相手にされない結果となった。
西暦2018年2月上旬、先行稼働と言う形でミュージックオブスパーダが稼働を開始した。
しかし、公式サイトでは華道のニュースには触れられていない為、オープンテストを兼ねた物と思われる。
【稼働した割には、人がいない】
【平日でも数十人規模の行列が出来るのはARゲームでも、目撃される光景だが】
【公式ホームページでも正式稼働の告知は出ていない。そう言う事だろう】
【超有名アイドル等の宣伝材料に使われるのを懸念しているのか、それとも……】
【以前にイナズマと名乗る人物が懸念していた超有名アイドル商法否定――それを鵜呑みしたのか?】
ネット上では様々な反応があるのだが、今回の稼働告知をしなかった理由は別にあった。
西暦2018年2月1日、ヘッドマウントディスプレイ型の機械を使用してのテストを行っている最中に、その事件は起きた。
「ディスプレイの処理速度が、システムに追いついていないようです」
男性スタッフの一人が、南雲蒼龍に状況を報告する。南雲の方も動作に若干のラグを感じていた為、錯覚と言う訳ではなかったようだ。
「格闘ゲームでも1フレームのラグでプレイに影響すると言われている。音楽ゲームの場合は処理落ちでも致命的だ」
南雲はヘッドマウントディスプレイ方式に関しては中止し、他のシステムを使用する事になった。
2月2日、南雲が改良案を探している時、あるサイトを発見した。これはネット上でも話題になっていた物で、予言の書とも言われている。
予言の書、それがアカシックレコードである事に気付いたのは、山口飛龍が新人賞を取った後だった。
「なるほど。ヘッドマウントディスプレイのシステムをガジェット側で対応すれば、処理落ちに関しては何とか出来るか」
南雲が見ていたのは、別の世界で展開されているARゲームのシステム仕様書だった。ジャンルとしては、南雲が目指そうとしている別次元の音楽ゲームと類似している。
このシステムではヘッドマウントディスプレイではなく、パワードスーツと言う扱いで対応しているのだが、重装備で音楽ゲームをプレイするのも違う話だろう……と考えていた。
「音楽ゲームで処理落ちや遅延は致命的と言っても過言ではない。ゼロには出来ないが可能な限りで対応したいが……」
それから数時間後、新型ガジェットのデザイン案を開発へ送り、そこから新ガジェットを製作するように急がせる。
急ぎのガジェットでは深刻なエラーも懸念されるが、ARガジェットはカスタマイズフリーである。
ベース素体から様々なパーツを組み合わせれば1時間はかからずにテストモデルが完成し、それを新システム上で動かす事も短時間で可能だ。
その一方で、あまりにもガジェットデザインが他のARゲームで使用されている物と類似すると、逆に何処から訴えられる可能性もある。
しかし、ARガジェットとしての運用であれば、デザイン類似は特に問わないというガイドラインが存在していた。これによって、別のアニメ作品の二次創作系でない限り、デザインフリーが実現している。
「大変なのは、処理落ちを防ぐ為のスペックをどうするか――」
南雲はハイスペックガジェットを使うのも一つの手段だが、それをやってしまうとガジェットの導入で一万円を超える可能性もあり、妥当な選択とは言えない。
そこで、彼が考えたのはシステムの方でハイスペック筺体を導入し、一定のガジェットスペックであれば動かせる機種にするという選択だった。