第11話:直面したもう一つの現実(中篇)
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西暦2017年8月、トライアルされていた音楽ゲームの中で、正式稼働していたのはミュージックオブスパーダ以外の4機種だった。
稼働出来なかった理由に、様々な事情が存在するのかもしれないが……どれも有力にはならない。
【ロケテスト中に不具合か?】
【ロケテストで不具合があれば、他の4機種でも不具合は存在した。運営に致命的な物が出てきたという報告もない以上、あり得ない】
【システム被りで没か? その昔、デザインの酷似で取り下げになった一例もある】
【音楽ゲームのシステムで狩りゲーというアイディア自体はあっただろう。しかし、それを現実に出したのは例がない。それに、特許で被りがあればロケテストの途中で取り下げるだろう】
【ゲーム脳的な?】
【それはARゲーム全般に言えることだ。単純にゲーム脳とかコンプガチャ辺りで取り下げたと言えるのならば、他のARゲームが真っ先に対応するはず】
【もしかして、犯罪に悪用される可能性が?】
【ARゲーム自体、軍事利用を含めた悪用に関するガイドラインを定めている。人を傷つけるような物は凍結処分となり、実例もある】
【そう言えば、イースポーツにARゲームが参戦検討と言うつぶやきもあったが……それに反抗しているのか?】
【イースポーツ参戦が消極的なのは否定できないが、ミュージックオブスパーダのスタッフは逆に音楽ゲームをイースポーツにしようと考えている側だ】
他にも様々な説に関してのFAQがまとめサイトにあったが、どれも稼働延期の理由には弱い。
唯一の有力説は『音楽ゲームのイースポーツ化』に関する部分だけ。他に要因があるとすれば、何処にあるのか……。
8月と言えば、有明で行われるビッグイベントも注目される。その開催数日前の8月上旬にはARゲームの展示会が有明で行われた。
「ARゲームと言えば、ヘッドマウントディスプレイを使用した物がブームになった事がある」
「しかし、この展示場にあるのはアニメ等のフィクションで見かけるような物ばかりだ」
「ヘッドマウントディスプレイでは、3D酔い等の懸念もつぶやかれていたが……」
「ARガジェットであれば、3D酔いという部分は感じないだろう」
イベントを見学に来たゲーム開発者からは、このような声が聞かれた。
「中には、巨大ロボットを思わせるような物も展示されていた」
「あのクラスになると、軍事転用も懸念されるのが大きいだろうな」
「それでも、ARゲームには不思議な事にガイドラインが厳守されている傾向がある」
「過去にグロテスクを連想させる作品が凍結されたとネット上でも話題になっていた。おそらく、ガイドラインを生み出すきっかけはそれだろう」
「ルール無用と言うのも逆に問題を引き起こすという事例になったのは間違いない」
「それが反面教師となり、現在のARガジェット市場になっているという事か」
開発者に混ざり、あるARガジェットを確認している人物がいた。私服姿と言う事で誰にも気づかれていないが、南雲蒼龍である。
「こうした技術は、何処で開発されているのでしょうか」
南雲が男性スタッフを呼びとめ、彼に質問をする。技術が何処から来たものなのか……と言うのを聞きたいのだろう。
「最近は何処でも開発は出来ます。ARゲーム的な部分で恵まれている足立区がメインかもしれませんが」
男性スタッフは意外な事を質問された事に困惑をしているが、一応は答える。機密情報であれば答えられないが、特にヒミツにする事ではないからだ。
「足立区であれば、ARゲームに関して色々と展開していますね。なるほど――」
再び南雲はARウェポンと呼ばれるFPSで使うようなガジェットを手に取る。メモリを挿入するタイプではなく、無線によってデータを受信してAR画像を表示するタイプだ。
「ARゲームと言えば足立区と言う認識を、これから覆す事になるかもしれないだろう」
ガジェットを所定位置に置いた後、南雲は別のスペースに展示されているガジェットを見て回る。
そこで感じたのは、無限の可能性を秘めたARガジェットの数々――それらを一堂に競わせる共通フィールドがあれば、と言う事だった。
「しかし、中にはARゲームで行う必要性があるのかと言う作品もある」
アダルト分野のARゲームは表現規制等が厳しい関係で、こうした場所では展示を見るにも身分証明書が必要になる。
南雲が懸念しているのは、アダルトの分野ではなく、ある芸能事務所が展示していたARゲームだった。
それは、架空の男性アイドルとデートが出来ると言う乙女ゲーである。しかし、この架空の男性アイドルは実在する新人アイドルなのではないか、と言う懸念だった。
「ARゲームは2.5次元を再現するようなフィールドではない。本来であれば2次元の存在でしかなかった物を3次元以上のフィールドへ解放するべきもの」
南雲の考えに同調する人間がいるかどうか不明だが、実在アイドルと疑似デート体験出来ると言う今回の展示作品は、最終的に商品化を見送っている。
その理由には夢小説勢による様々なフーリガンとも判断出来るような行動、それを助長させてしまう可能性を示唆しての物だった。
ARゲームの運用ガイドラインには存命中の実在アイドル等をモデルにしたゲームを禁止する記述がある。
これは、実在アイドルを題材にした二次創作が拡散し、大手サイトのランキングをソレ一色にしてしまう可能性を懸念した物であり――コンテンツ流通妨害や風評被害を考えての対策だった。