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◆正体

 ーー 陽の光ひとつとどかない地下牢にて ーー


「それではカガリと話をさせれば、我らの言うことをきくというんだな?」


 気がつけば俺は、地下の牢に繋がれていた。両手は高く壁から伸びた鎖に吊られ、両足も鋼鉄の金具に繋がれている。さらに手や足に巨大なヒルが絡み血を吸いとっているらしく、力が入らない。


「ああ、そうだ」


 目の前には青銅の女傑、アンジェリカが俺を睨みつけている。生命の危機に対応するためか、気を失ってもなお、魔王の姿のままだった俺は、人間だった時には身震いしたアンジェリカと対峙しても正気ではいられた。

 そこで執拗に責められるアンジェリカの言葉の中から、篝が捉えられていることを知った。リティシアの身代わりであった篝にも薄手ながら強力な下鎧が着せられており、斬られた、というより殴られたことにより気絶した程度だったようだ。篝が無事だったのは正直に嬉しいことだったが、今、俺が置かれている状況は限りなく最悪に近い。しかし……篝だけでも救うことを考えなければならない。


「あとはメシだ。肉をよこせ。血の滴る山羊の肉だ!」


 そうは思っても、どうにもこの魔王の姿というのは腹が空く。

 ヒルに血を吸われている俺は、意識が朦朧とするほどに腹が空いていた。


「ふざけるな!立場をわきまえろ!」


 正直、アンジェリカ達が俺に……魔王に何を求めているのか?それは分からない。知りたくもない。しかし、このままじゃどうにも手詰まりだ。この立場を利用して、なんとか篝だけでも逃さなければ。


「なら、無理だな……俺はもう……しゃべることも……できん」


 そうしてまた俺は気を失ってしまった。


 ……いい匂いがする。それにつられて目を覚ませば、目の前にスープが一杯と、肉の欠片がひとつあった。


「とりあえずはそれを食え!そしたら約束通りカガリに会わせてやろう」


 ムシャペロンっ


 俺は、一口で平らげてしまった。


「さあ、篝と会わせろ」

「フンッ オマエにメシをくれてやるとはな。よし、カガリをココへ!」


 ギギギギギィイイイ~~


 扉の開く音が響いた。ランタンを持った衛兵に囲まれ、篝が現れた。かわいそうに怯えきっているようだ。俺が顔を変えているせいなのか、記憶がとんでいるせいなのか、俺を見ても分からないようだ。

 俺になついていた篝が、俺に怯えているサマを見て、胸の奥がチクチクと傷んだ。


「だがイイ。その方が今はイイ」


 自分に言い聞かせた。


「イ・ヴォール・ヤクナク」

「…………」


 篝は顔を上げ、チラリと俺を見たが、またスグにうつむいてしまった。「何をやってるんだ俺は!」思わず出るのはコチラの世界の言葉だった。篝が怯るのも無理はない。どうやら無意識で出るのは異世界語らしい。日本語……喋れるのだろうか?俺は急に不安になってきた。


「……オレ……は……そう……た…………」


 顔を上げた篝の瞳には一筋の光がさしていた。


「ソウちゃん?ソウちゃんなの!」


 良かった。どうやら日本語を忘れてはいなかったようだ。

 それに俺のことは憶えているみたいだ。


「そう。俺は蒼汰だ」

「どこなのここは?私達どうしちゃったの?地獄に落ちちゃったの?その姿はなんなの?か、怪物に食べられちゃったの?」


 俺だと分かったからなのか、日本語が通じる安堵感からなのか、篝は今まで抱えていた不安や不満を一気にぶちまけているようだった。


「ゴメン篝、篝、ゴメン……難しいだろうけど、落ちついて、落ちついて聞いてくれ」

「おい!何を話している!わかる言葉で話せ!」


 アンジェリカや衛兵が怪訝な顔で見ている。彼女達にとっては聞き慣れない異国語だからだろう。手短に話さなければ、また引き離されかねない。


「篝、こっちの世界にケータイは持ってきてか?」

「ケータイ?」

「ああ、携帯電話だよ」

「電話???」


 ダメだ、篝も記憶障害が起きている。


「篝……難しいかもしれないけど、そこの壁に俺の袋がある。その中のビターチョコを何とかして一粒食べてくれ。そうすればきっと思い出す。何もかもをきっとな」

「袋……チョコ…………」

「ああ、そうだ。そして、もし自分の携帯電話を持っていたら。いいや、きっと持っているはずだ。イチゴのストラップがついてるヤツだ」

「携帯……イチゴ……」

「分からん言葉で話すなと言っているんだ!」


 アンジェリカは篝の手を掴んだ。


「いいか、篝。それを持って、城の外、東に500メートルほど行ったところにあるモミの木の下でミオに電話をするんだ!」

「ええーい!やめろ、やめろ、やめろーーーー!」


 アンジェリカは篝を背後にやると俺を睨みつけた。

 ピリピリとした雰囲気に衛兵たちも一斉に俺を見た。


「今だ!篝!チョコを食べるんだ!」

「うんっ!」


 アンジェリカと衛兵の後ろで泣きそうな顔の篝は不器用にうなずくと、壁にかけられている袋へと走った。


「何をする!お前たち!カガリをおさえろ!」


 篝の隣にいた衛兵が篝の手を掴んだ。


「よし!そのままカガリを押さえつけろ!」


「ヤメロッ!!!!殺すぞ!!!」


 俺は叫んだ。

 異界の言葉で、魔王の声で。

 すると衛兵はひるんだ。

 その隙に、篝は袋に飛びついた。

 そして袋の中のチョコレートにかじりついた。


 イチゴの……


「か、かがり……それ、ちがう…………」


「ええーい!カガリを連れてゆけ!」


 一瞬早く正気になったアンジェリカが指示すると、またたく間に篝を連れ去ってしまった。



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