第八話
第二部開幕です!
潮風特有の生臭いような香りに包まれ、俺はドナドナされる子牛のような気分でフェリーに乗っていた。
この海の向こうにある全寮制の学校での生活を思うと、俺の心はいっぱいに満たされていた。そう、不安で。
その上、仕事まで決まって万々歳だ。直属の上司が、俺の心の奥にしまい込んだトラウマを引っ張り出してほじくり返した張本人でなければ。
もう視界に入っている島のシルエットに俺は言い知れぬ不安と後悔を感じていた。
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「正直に申しまして、承服しかねます」
多数の書類やパソコンや周辺機器があふれる部屋の中、その中心のシステムデスクに向かって座りパソコンをいじる男と、その向かいに立つ少女が一人がいた。
「と言われてもねぇ?」
男は、少女の言葉に困ったような表情を浮かべる。
「彼は、民間人です」
「元ね、もう違うよ。彼は軍人だ」
「ですが、素人です。テストパイロットには不向きかと」
「紗英ちゃん、人間だれしも初めてはあるものだよ。それに、君は特等席で彼の能力を垣間見たよねぇ」
男はパソコンをいじっていた手を止めて少女を見つめる。
「楠先生は、能力があるからと言って民間人を、しかも何の覚悟もない素人を戦争に巻き込むのですか?」
「ははっ、今日の紗英ちゃんは妙に突っかかってくるねぇ。なぁに、君、彼のこと好きなの?」
少女はふざけた態度を変えない男に我慢の限界を感じていた。
「あるいは、自分の乗るはずだった機体を横取りされたのを怒っているのかな?
それとも――――自分よりも才能のある彼に嫉妬した?」
男の口から放たれた言葉に少女は、自分でも見ないように目を背けていた本心を言い当てられて背筋がぞっと凍るような寒気を感じた後、我慢していた怒りの限界が振り切れて全力の拳を振るっていた。
ーーードゴン。
鈍い音を発したのは、男の顔面ではなく、彼の目の前にあるシステムデスクだった。
「...すみません。失礼します」
それだけ言って少女は部屋を出て行った。
「ふぅ。あれ、俺が食らったら確実に命刈り取られてるよ?というか、微妙に机へこんでるし」
男は少し立ち上がって、システムデスクの殴打された箇所を観察する。
「先生、紗英ちゃんをからかって面白いですか?」
そのようすにあきれてような口調で苦言を呈する女性が部屋の奥にある給湯室から出てくる。
「別にからかったつもりはないけど?」
「だったらどういうつもりだったんです?」
肩をすくめて自分の身の潔白を言う男に女性はすこし挑戦的に問う。
「そうだねぇ。彼女、前田一佐が死んじゃってから情緒不安定気味だから、怒りという感情で悲しみを乗り越えてもらおうという、俺なりのやさしさ的な?俺、すごーく優しい人みたいな?」
男は自分に指をさしながら、優し気な顔をする。
「ダウトですね。先生は優しさとか気づかいとかできる人間ではありませんから」
そして女性はその言葉をばっさり切り捨てる。
「ちょ、君、里奈君、俺に対して評価ひどくない?冷たくない?大丈夫?」
「大丈夫です、問題ありません」
女性はにっこりと男に微笑みを返す。
「それに先生、紗英ちゃんに言ってないこと、ありますよね」
「君は目聡いというか、耳聡いというか。まぁねぇ、この情報は今の彼女が聞くにはちょっと刺激が強いかなぁ」
「で、どうなんですか」
少し歯切れ悪く言う男のペースに飲まれずに、あくまで自分のペースで聞く女性は男の隣に立ち、今入れてきたのであろうコーヒーを机に置く。
「まぁ、戦闘中のデータだし、正常に稼働していたわけではないから確実ってわけじゃないけど、それでも無視のできないデータだよ」
そう言うと楠はパソコンからデータを出す。
「これがそのデータだよ。たぶん僕の目から見ても、素晴らしいの一言に尽きるね」
「これは...すごいですね。機器が壊れていたという可能性はないんですか?」
女性は思わず前のめりになって画面をのぞき込む。
「どうだろうね、事件後すぐに調べた限りじゃあ、何の問題も確認できなかったけどねぇ」
楠が出したデータは画面に細かな数値や数々のグラフを展開させる。
「『SMAS』の稼働率が60オーバーって、アシストスーツ抜きでこれですか?」
「ああ、その通りだよ。すごいよねぇ。あの紗英ちゃんでさえ、アシストスーツ付き、半年の訓練を受けてやっとアベレージ60オーバーだからね」
「確かにこれはちょっと今の紗英ちゃんには刺激が強すぎますね」
女性はのぞき込むのをやめて男のほうを向く。
「だよねぇ?まぁ紗英ちゃんだってすごいんだけどね。試験が開始されていた当初でも普通の人がアシストスーツ付きで何の訓練もしない状態でベストがやっと10オーバーするかしないかくらいなのに、彼女は最初からアベレージ20オーバーだったからねぇ」
「まあ、そうですけど。それに照らし合わせると、紗英ちゃんの適正は常人の二倍に対して、彼の適正は六倍くらいですか?」
女性は思案顔で自分の予想を言うが、自分自身もあまり信じられないような雰囲気だった。
「いやいや、アシストスーツ抜きの数値だから、本当のところはそれを超えてくるだろうねぇ」
男はその言葉を否定してから、そのデータの先にある可能性を示唆する。
「末恐ろしいですね。本当に同じ人間ですか」
「まぁ、戦闘中の興奮状態にあった数値だから、ちょっと高くなってる可能性は低くないだろうけどねぇ」
楠はそう言うとデータを消して画面にまた違うデータを出してキーボードを叩き始める。
「で、先生。話してないこと、まだ、あるんじゃないですか」
「何のことだい?」
楠はキーボードを叩く手を止めずに答える。
「先生がわざわざ、自分から優秀とはいえ人に会いに行くなんて不自然すぎると思うんですけど?」
女性は男に疑いの視線を注ぐ。
「そうかい?俺は意外と勤勉な男なんだよ?」
それに対して男はあくまでおどけるように言った。
「まさか、ご冗談を」
「里奈君って、俺に厳しいよね?」
男は女性の方を向いて、半眼になって抗議する。
「お父さんとお母さんから先生と接するときは厳しめにしたほうがいいと聞きましたので」
「あの二人はなんてことを娘に教えてるんだ」
「で、話、逸らさないでくださいね」
そこで楠は少し手を止めてから、もう一度手を動かし始め女性に言う。
「...このプロジェクトには、もう一つ部品が足りないと思っていたところに手ごろな部品が落ちていたから拾っただけにすぎないよ」
その楠の言葉を聞いて女性は深く溜息をついてから言う。
「先生、人は部品じゃないんですよ。それをちゃんと理解しないと、今に取り返しのつかないことになりますよ」
それだけ言うと女性は奥の給湯室に戻っていく。
一人部屋の中に残された楠はキーボードを打つ手を止めずにぽつりとつぶやく。
「もうとっくに、取り返しなんてつかないところまできてるよ」
*********
島の地面を踏んだ俺に待っていたのは、軍の関係者らしき人物による親切な送迎車だった。
俺はそれに乗って、この島の中心部から少し外れたところにある学校の学生寮に向かった。
車の中から見る街並みは思っていたよりも綺麗で、昔ここで血みどろの戦闘が起きていたなんて考えられなかった。
そんな風に街並みや海といった風景を眺めていたらいつの間にか寮の前に着いていた。
「ここが、これからの家か」
見上げる建物は十階以上あるうえに、そのつくりは頑強そのもので、ちょっとした砦か何かですか?と聞いてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
「引くわー。ドン引きだわー。......まぁ、前住んでた施設よりかはマシだな」
俺は荷物を持ち直して寮の中へと入っていく。