第六話
いきなり乱入してきた男は、白衣にワイシャツ、スラックスと研究者のような出で立ちをしていた。
「楠先生、ノックもなしに...いえ、それよりも誰の許可で?」
尋問をしていた男も驚愕から復帰して白衣の男に問いただす。
「いんやねぇー、ちょーーっとだけ、例の少年のことを見てみたくなってねぇ」
そう言いつつも、白衣の男は俺に近づいてくる。
そして尋問をしていた男は白衣の男の前に立ちはだかる。
「先生、答えになってませんが」
「君はいつもながらに固いねぇ」
白衣の男は尋問をしていた男の肩を笑いながら叩く。
「それも関係ありませんが?」
「ふう、大丈夫だよ。許可は片岡将補にとってあるよー」
白衣の男は面倒くさそうに答える。
「片岡将補が?いや、しかし...」
尋問をしていた男は、出てきた名前に一瞬ひるむが、負けないように踏ん張る。
「いいじゃないか、別に。俺はね、この少年にあの機体のことで聞きたいことがあっただけなんだから。五分だけでいいからさぁ、時間をくれないかい?君も聞いてていいから」
尋問をしていた男は少し考えてから口を開く。
「いいでしょう。五分だけ時間を差し上げます」
そう言って尋問をしていた男は白衣の男に道を開け、開け放たれていた扉を閉めてから、その扉に背をあずける。
もちろん、俺への視線を外すことはなかった。
「さぁて、彗星のごとく現れ、俺の完成させるはずだった機体を弄んだ挙句に、紗英ちゃんが初めての相手になるはずだったところを横から掻っ攫っていった謎の少年X君。君に質問させてもらうよ?言いたくなかったら黙っていてもいいよぉ。俺はそんなに気にしないし」
白衣の男は、さっきまで尋問をしていた男の座っていた椅子に座り、ニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。
ってか、誤解されるような言い回ししてんじゃねぇよ。誰だよ、紗英って。
「まずは、自己紹介でもしてもらおうかなぁ?」
「...人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るべきだと思いますけど?」
「ははっ!強気だねぇ。いいよー。俺の名前は楠 直人というよ。これでも日本自衛軍兵器開発部門特別顧問でね。」
俺は唖然とした。
まさかの現代日本の兵器開発においての重鎮にして第一人者。今普及してる二足歩行型陸戦兵器「兵」シリーズの初代からの開発メンバーにして、第三世代以降の開発責任者である人物。
本物の天才と呼ばれる部類の人間だ。
「ん、知らないかな、俺のこと」
「いえ、知ってます。お噂はかねがね」
「ははっ、そうかい。それは僥倖、時間の短縮になって最高だね!で、君のお名前は?」
「お、俺は斎藤祐司。国立堅田高校発展科一年A組出席番号十三番です」
俺はテンパって何かの面接で使うような自己紹介の仕方をしてしまう。
だが、これは仕方がないような気がする。だってこんな人物がほいほい出てくるなんて、誰も思わないだろう。
「なるほど。では、斎藤君、質問を続けよう」
目の前の楠さんは、突然真剣な表情を浮かべて両手を組み、肘をテーブルにつけて顔を両手の前に持ってきて顔の下半分が隠れる。
「君は...ロボットが好きかね?」
「は?」
俺は楠さんが真剣な表情をした瞬間から数多の質問パターンを予想していたが、これはさすがに予想外だった。
「ちなみにだが、俺はロボットが好きだ。斎藤君、俺は、ロボットが好きだ。斎藤君、俺はロボットが大好きだ!
二足歩行型が好きだ、多脚型が好きだ、車両型が好きだ、戦車型が好きだ、航空型が好きだ、水上型が好きだ。
市街地で、森林で、荒野で、砂漠で、...」
「あ、ストップストップ!」
俺はその勢いに流されそうになったが、何とか止めること成功した。
「ん、なんだね。これからがいいところなのに。」
「いや、そうじゃなくてですね。いや、ロボットは好きですけど」
「なぁにぃ!君はロボットが好きなのかね!どのくらい?ねぇ、どのくらい!」
楠さんは俺のロボット好きの発言を聞いた瞬間に、ガバっと立ち上がり俺の両肩を鷲掴みにして顔面同士が至近距離になるまで近づけ、俺に対してどのくらいロボット好きなのかを問い質してくる。
怖い怖い。ちょー怖い。至近距離で見る楠さんの目が、ちょっとイっちゃってる感じなのがさらに恐怖心を煽る。
「えー、あー、どのくらいって言われても、自作ゲーム作っちゃうくらい?」
俺が戸惑いながらも答えると、楠さんは脱力して椅子に倒れるように座る。
「え、あの?楠さん?」
楠さんはピクリとも動かない。まるで真っ白に燃え尽きたボクサーのような雰囲気が出てる。
その様子のおかしさに、後ろに控えていた男が何かが起こったのかと懐に手を差し入れながら近づいてくる。
「先生?どうかされたのですか」
その言葉に反応するかのように楠さんは大きくビクンと跳ね、そのあとまた椅子に燃え尽きたように座る。
そしてその後ぴくぴくと小刻みに振動し始める。
「先生、大丈夫ですか?」
男は本気で心配し始め、懐に忍ばせていたのであろう、黒光りする拳銃を構える。
徐々に、徐々に、振動は大きくなる。これが最高潮に達したとき、俺たちはどうなるのだろうかと俺はごくりと唾を飲み込む。
――ガタンっ―――
楠さんが急激に勢いよく立ち上がり椅子が勢いよく弾き飛ばされる。
そして、楠さんはその勢いを殺すことなく俺に机を挟んでだが、急接近しさっきのように両肩を鷲掴みにして顔面を至近距離にまで近づけてから唾を大量にまき散らしながら言うのであった。
「ごごごごごごぉぉぉぉーーーーーーかかかっかかかぁっぁっぁぁっくぅーーーーーー!」
「はい?」
*********
その後、意味不明な叫び声をあげた楠さんは、拳銃を構えた男に連行されて外に出て行った。
代わりに外に待機していた代わりの人員が入ってきて二人で俺の監視を行っている。
この間にも俺は頭を回転させる。この後どうやってあの尋問していた男に俺の無実を伝えるかを。
*********
「で、どういうつもりなんですか?先生」
外に出て扉が閉じたことを確認してから尋問をしていた男は楠に問う。
「どういうつもりといわれてもねぇ。ただの勧誘だけど?」
楠はとても不思議です。なんでそんなこと聞くんですか?みたいな顔をして目の前の男に言う。
「分かってますか?彼にはスパイ容疑がかかってるんですよ?そんなの勧誘したところで、無駄に決まってるじゃないですか」
「俺としてはそんなの割とどうでもいいんだけど。そうだね、君が受け入れやすいようにメリットでもあげてみようか」
そう言うと楠は口はにやけたまま、目は真剣な色を見せて話し始める。
「さて、彼が仮にスパイだとしたら何がしたいかな。そう、情報がほしいよね。もし、その情報を得る機会が多い環境に身を置けるとしたら、大喜びでくるんじゃないかな?」
「しかし、そんなのは見え透いた罠だと相手も気づくでしょう。そこは警戒してその提案をけるでしょう」
男は楠の言葉に即座に答える。
「だから、彼には前提として好条件を提示しておく。開発に加わることによって、一応とはいえ軍属になって、給料などをもらえるとか、今後の教育費等を国が肩代わりしてあげるとかね」
「その条件は、彼が孤児だからですか?」
「うん、そうだよ。彼が実際にそうであれ、ただの潜入用の設定であれ、これは簡単には無視のできない条件だよね。実際今の学校には特待生制度を使って学費を減らしているようだし」
楠は肩をすくめてそう言ってこの条件が、彼にとって断るのが難しい提案であることを示唆する。
「ですが、それだけではまだ彼は断る可能性があるのでは?」
「まぁ、そこまで好条件出されて断るのは、もうクロでいいんじゃない?って思うけど、まあ、実際問題、死にたくないとか、巻き込まれたくないとか考えるとあながちゼロじゃないからね。
だから、さらに彼には俺の提案を聞かないといけない理由を作らせてもらう」
「というと?」
そこで楠は少し黙り、指を一本立てる。
「君は忘れているようだけど、彼には今回の事件において大きな罪を犯している。
それは...そう、殺人だ」