第五話
「お前、北島か?」
逆光の中で、おぼろげに見えるシルエットと、その生真面目そうな少女は、紛れもなく俺のクラスのクラス委員長である北島その人だった。
「君は、斎藤祐司くん?」
俺と彼女の遭遇は運命か偶然か、この時の俺にはどうやったってわからないことだった。
********
ガタゴトという振動が、座っている固い椅子から伝わってくる。あと、どれだけ時間がたてば解放されるのだろうか。
あの衝撃的な出会いのあと、俺は拘束され、護送車で送られている。あの時の北島は今までに見たことのないほどの険しい表情で、俺のことをにらみつけていた。
確かに、あの状況から考えると、俺は普通に考えて日本自衛軍の新型兵器を奪取しようとする敵にしか見えないだろうな。
だが、真実は違う。俺は巻き込まれたに過ぎない。
「けど、どうやってそれを証明するかなぁ」
問題はそこだ。今の状況から言って俺の敵である証拠は、状況証拠のみではあるが存在しているが、逆に敵でない証拠はない。
何よりも、反射的とはいえ、味方である自衛軍の機体と交戦状態になったのは非常にまずかったな。
「さて、本格的にどうしようか、これ」
俺は気分転換に外を見ようとするが、あいにくこの護送車の窓は、とても頑丈そうな分厚い防弾ガラス製で、そのうえきっちり見えづらいように加工されている。
「はあ、どうなるんだろう、俺」
溜息とともに落ちる肩の動きに連動するように、手首に装着された手錠が無情にもかちゃりと物音をたて、それに目を落とすと、その手首の手錠の先に足首にも同じように拘束具がはめられているのがいやでも目について、また溜息が出る。
*********
「北島特務、君はかの少年について何も気付かなかった、というのかね?」
広く、本や多くの小物が置かれた部屋の窓際、そこには重厚な机を挟んで、一人の男がデスクチェアに座りながら向かいに立つ少女を見る。
「はっ、自分が今の任についてから、彼の行動において、特筆すべき行動はなかったと認識しております」
「ふむ、君自身が気づかなかっただけか、かの少年がそれほどの手練れだったのか。はたまたただの偶然か。いずれにせよ、話を聞いてみないことには分からないだろうね」
部屋の中には、重苦しい空気が漂う。
「自分の私見ではありますが...」
「んっ?なんだね」
「彼は、他国のスパイなどではないように思います」
「ほう、それはなぜ?」
男は前のめりになって、興味深そうに少女を見る。
「そのようなことには向かないように、自分の目には映っていました。無気力、無関心、悪い意味で彼は目立っていました。能力があるのに、それを行使する気のない態度。このような敵国の内部に入り活動するスパイ活動のような、器用な真似は彼にはできないかと」
その少女の私見を聞き終わった男は、デスクチェアに深く座りなおす。
「そうか、まあ、そうかもしれないな。だが、それすら演技の可能性もゼロではない。そうだろう?」
その男の言葉に少女は無表情を貫くが、わずかに眉を動かす。
「はっ、その通りだと思います」
「ふふっ、君の顔には絶対演技なんてありえないって書いてあるよ」
「そのようなことはないかと」
「君も強情だね。昔から変わらないね。前田一佐の後ろについて歩いていたころから」
そこで少女の無表情は崩れ、わずかに羞恥の色が出る。
「それは・・・」
「ははっ、悪い悪い。ついね」
そこで男は、優し気な表情を引き締め、言葉を紡ぎだす。
「それにしても、前田一佐が君を置いて先に行くとはね。私も驚きだよ。そのことに関しては、心からお悔やみ申し上げる」
男は軽く会釈するように頭を下げる。
「ありがとうございます、片岡将補。養父も任務中の非常事態ならば仕方がない、と笑っていると思います」
「そうか、そうだな。まあ、君も軍人だ。そこらへんの区切りはしているだろうから、これ以上は言わないが、あまり無茶をするんじゃないよ?」
「はっ、ありがとうございます」
少女はきれいな敬礼をしする。
その姿を見て、男は複雑な心境を映し出したような顔をする。
「話は以上だ。行ってもらって構わないよ北島特務」
「はっ、失礼いたします」
きびきびとした動きで退室する少女を見送った後、男は深く溜息をこぼす。
「まさか、お前が先に逝くとはね」
男はひとりごちる。
「そして、次に彼女のことを見守る役目は、この私になったわけだ」
男は引き出しから一通の手紙を取り出す。
「お前はまさに、墓までこの秘密を持って行ったわけか」
男はまた大きく溜息をつく。
*********
「つまり君は、その『自分は一般人で、今回のことはただ巻き込まれただけに過ぎないと、そう言い張るのだね?」
目の前に机を挟んで座る蛇のような印象の男は、何度目になるかわからない質問をしてくる。
「はい、何度も言ってますが、俺はただ必死に逃げ込んだら、そこにあれがあって、殺されそうになったから、仕方がなく乗っただけに過ぎないんです。」
俺自身、もううんざりしていた。
「だが、あの機体にはまだ運動プログラムがインストールされていなかったはずだが?」
「それも言いましたが、あの時に必死になって俺が書き込んだんです。直接にね」
「それは、普通の人間にはとてもできない所業だと、私は思うのだがね。それでも君は、自分が一般人だというのかね?」
目の前に男はとても信じられないが、という疑いの目をかけてくる。
そりゃあ、まあ、当然といえば当然と言えるが、あまりいい気分ではない。
「それは学校の記録とかを調べてもらえればわかると思いますが、俺、C言語が得意なんで。それと、少し前にゲーム制作に加わったことがあって、そのゲームがちょうどロボゲーだったから、そのロボットの運動プログラムをアレンジして使ったんです。」
「ほう、君は本当に優秀なんだね~。あの危機的状況でも冷静にそんな芸当ができるなんて」
俺も言葉はとてもじゃないが信じてもらえないようだ。
だからと言って、はい、俺はスパイですなんて嘘は、口が裂けても、この面倒な状況から解放されるとしても、言えないが。
「そうですね。俺も自分の才能にびっくりです」
俺は皮肉たっぷりに笑みを浮かべる。
こっちだって、同じ質問の繰り返しにイライラしているんだ。これくらいのことは許してほしいもんだな。
目の前の男も眉毛を少し動かす程度で、ほとんど反応を見せない。
そこから沈黙が二人の間に降りる。
そして、その重い沈黙はいろんな意味の衝撃で掻き消される。
「どぉーもぉー!!!!!こぉんにぃちはぁー!!!!」
部屋の中に一つしかない扉を吹き飛ばさん勢いで開け放つ人物の乱入に、部屋の中にいる人間は一人残らず驚愕を覚えていた。尋問をしていた男や記録をとっていた男などは、持っていた拳銃に手を伸ばしている。
かくいう俺は、何もできずに、ただ唖然としていた。
俺はこれから本当にどうなるんだろう?