第四話
上部のハッチが開き始め、その先には「大蜘蛛」の姿がのぞき始めている。
恐らく俺に残されているのは約二分。
普通ならもうあきらめてもいいところだ。詰み、チェックメイト、終わりだ。でも、投了するつもりはない。
あと少しでシステムが完成する。
二分、この時間は明らかに短い、でも俺にならきっとできる。
俺の指はキーの上を走り続ける。ソフトの完成形は俺の頭の中にできている。あとはそれをハード内に書き写すだけ。
ハッチが半分開き「大蜘蛛」の手が伸びる。
思っていたよりも早い展開だ。いけるのか。
俺は絶えず手を、指を動かしながら考える。
このソフトができても、俺に起死回生の余地はあるのか?本職の戦闘屋に、所詮素人の俺が勝てるのか?
「大蜘蛛」の手が機体に触れようとしている。結局ぎりぎり間に合わなかった。
なら、あきらめる?ナンセンスだ。
俺はマニュアル操作で機体の全ブースターを点火し上空へと飛ぶ。
ちょうどハッチが開いていたおかげで機体はスムーズに上空へと射出され、そのついでに手を伸ばしていた「大蜘蛛」を弾き飛ばすことができた。
そして空中でさらに腰についていた翼を展開して、空気の抵抗とブースター点火で落下速度を調整しておく。その間にもう一度システムの調整に入る。
地上では「大蜘蛛」たちが銃器をかまえて狙っている。でも、落下時間でもう十分にシステムは完成している。
チェックメイトだ。
機体を180度縦ロールさせて、頭上から落下するように調整する。もうマニュアル操作ではない。ハンドル操作でだ。
さらに腰に装備された刀を抜く。そして、刀身を機体の前において機体を守るようにする。
敵の銃弾が機体にかするが、そんなの構わない。一瞬、一撃、その瞬間までもてばいい。
機体が落下して敵の機体に接近する。不思議と周りの景色はゆっくりと進んでいく。敵の放つ銃撃の一撃一撃が、はっきりと見える。まるで、ゲームでチートを使って動きを緩やかにしているみたいだ。
機体をさらに縦に回転させる。一時的に背部を敵にさらすことになるけど、構わない。背部は死角になるぶん装甲も厚くなる。だから一瞬なら耐えられる。
そして、さらに刀を振りかぶり、縦ロールによって生じた回転エネルギーを殺さずに生かすように敵機を叩っ切る。この刀に内蔵された装置を起動させて。
その一瞬高い金属音が響くがすぐに消えた。
回転が終わり、地上に着陸時点になって、俺は機体に制動のためのブースター噴射をする。強いGを感じるが、予想通りの動作で地面に足をつける。
そして、機体の目の前には、体の正中線できれいに二つに両断された機体がゆっくりと倒れていた。その断面は、金属が切られたというには余りにもきれいに切られていた。
超音波振動刀。刃を超音波によって小刻み且つ、多量に振動させることにより、物質を容易に切れるようにする武器。元々は医療用に用いられていたものを基礎として研究開発された兵器。
一応システムチェックの時に説明に目を通したけど、ここまでの切れ味を出すとは思わなかった。
俺は刀の機能を一度切って納刀する。
これで一応危険は一時的に回避することができた。
さて、どうしよう?
*******
「これで、あと一機。」
敵機のコックピットに突き刺したナイフを引き抜きながら女性は一息つく。
『特務、聞こえていますか?』
耳につけていたヘッドセットから落ち着いた口調の女性の声が聞こえてくる。
「錦一曹、どうかされましたか?」
『はい、ただいまこの地域にて確認されているうち、残りは一機ですが、この最後の一機が学校の方角へ向かった模様です。』
操縦していた女性はその言葉にギョッとなる。
その方向には『例のアレ』が保管されているはずだからだ。
「っ!学校にですか!?」
『はい、なので特務には、現場に急行していただきます。』
「了解いたしました。」
機体は女性の意思に従い、体の方向を学校のある方角へと変える。
「もし、あの機体が奪取されそうになったら、やはり壊すしかないか。」
『だぁーめだよぉー。紗英ちゃーん!壊しいたらーめっ!』
女性のぽつりと漏らした声にこたえるように耳からふざけた口調の男性の声が響く。
「その口調、楠先生ですか?」
『ピンポーンピンポーン。だーいせーいかーい!それでね紗英ちゃん、今、君の壊そうとしている機体はみんなの、というか主に俺の血と汗と涙の結晶だから、ぜーたいに壊しちゃダメだからね約そ――』
『紗英ちゃん聞こえる?』
男の声を遮るように若い女性の声が聞こえてくる。
「里奈さんですか?」
『そうそう。それでね、先生ああいってるけど、もしダメならためらいなく壊しちゃってもいいからね』
『ちょ、ちょ!何言っちゃってるの里奈君!だめだよ!絶対にダメだからね!絶対だよ!約束だk―――』
『気にしなくていいから、やっちゃってねー』
嵐のような一方的な連絡のあとはぷつっという通信の切れる音だけが響いていた。
「ああおっしゃっておられたけど、目的も目標も変わっていない。例の機体は奪取されていたら破壊。その前だったら死守――」
女性の手には自然と力が入りブリップを強く握る。
「私がするべきことは、なにも変わっていない。そう、なにも」
女性の操る機体は、学校への道のりを急いでいく。
********
敵機は倒したが、どうするか。
あの倉庫にはまだあいつらがいるのだろうか?
だとすれば、まだ外に出るのは危険か。通信を使って自衛軍との連絡を取りたいが、まだチャンネルの設定前の機体のせいで、周波数を何ヘルツに合わせればいいのかもまったくわからない。
災害用の公用チャンネルを使うべきか。でも、そんなのだれの耳にも入る。悪用の可能性も考えると得策ではないか。
さて、本格的にどうしよう。
俺が思考の海に落ちそうになろうとしたとき、敵機の襲来を知らせるアラートがコックピット内に鳴り響く。
「また敵!?」
コックピット内のモニターを見渡して敵機の姿を探す。
レーダーを見ても敵影が近づく点が近づくだけで、周りには敵の影は見えない。
「どこに!?」
光学迷彩付の機体の情報なんて聞いたことがない。ロボットマニアの俺の情報網をかいくぐってそんなものの開発の話があるのは、どうにも腑に落ちない。だとしたら、どこに。
コックピット内に微妙に影が差して暗くなる。
「まさか!?上空!?」
俺はコックピット内一面に張られたモニターの上部のモニターを見上げる。
そこには、ブースターをフルブーストさせて上空を跳躍してくる機体がいた。
「まさか、レーダーの有効範囲を知った上で、その範囲外から跳んで来たのか!?」
ごり押し感満載の戦略だった。もし早くに敵に気づかれていたら?ブースターの推力が足らなかったら?何より安定翼も無しに空中をブースターだけで飛ぶなんて無茶すぎる。だが、目の前の機体のパイロットはそれを実現している。
しかし、この奇襲は完全に成功したわけではない。何故なら、俺の機体を攻撃する前に、俺自身が敵の存在に気付いているからだ。
俺は納刀した刀を抜刀術の要領で引き抜く。もちろん刀の機能は起動状態にして。
敵が落下してきてその動きに合わせるようにして刀を滑らせる。
刀の刃が敵の機体と交差しようかという瞬間、敵機体がブレて刃から逃れ、さらには落下速度を上げるためにブースターを点火してこちらに猛スピードで接近してくる。
「こいつ!」
俺は認めざるを得ない。今目の前にいる相手は、確実に俺より強い。実践を積んでいる強者だ。
俺は腰部のブースターを前方に向けて噴射し、後方に高速離脱する。
相手もそれに反応して、さらに追いかけてくる。
「しつこい!」
俺は刀を横凪に振るい相手に牽制するが、敵はそれを刀の腹を無手の方で、叩くようにして、上に逸らして、さらに速度を上げ接近してくる。俺はそこで気が付く。敵の手に握られているナイフの存在に。
俺は幻視する。次の瞬間、あのナイフが俺のいるコックピットに突き立てられ、自分の目の前が真っ暗になり、二度と目覚めないことを。本能が叫ぶ。死にたくない、と。
「くっ、ああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
それは反射に等しい反応速度だった。俺は全ブースターを噴射して機体を後方宙返りさせる。
その時に敵のナイフが脚部の装甲を削り取るが気にはしない。
宙返りした際に出たブースターの噴射が、地面をなめる。ここは普通の高校の校庭、つまり地面は土で覆われ、なおかつ真夏ほどではないが、春先の地面は、ある程度乾いている。
何が言いたいか。そうこんなところで突風が起きれば、当然大量の砂埃が舞う。
これで敵は一瞬でも俺のことを見失う。その一瞬を俺は見逃さない。
俺は後方宙返りが完了し、着地する直前に、さらにブースターを噴射し、前方に刀を突き出すように構えて突撃する。
土煙が消えて、視界が晴れた瞬間、俺の視界には、敵の姿はなくただの校庭が広がっていた。
「えっ」
俺は理解できずに思考停止に陥りそうになるが、すぐに自分の機体に影が差していることに気が付く。
「ホントにお前は、飛ぶのが好きだなぁ!」
即座に機体を半回転させて腕を交叉してガード体制を取ると、それと同時に衝撃が俺を襲う。
スクリーンには腕の装甲を貫き目の前にまで切っ先が近づくナイフの映像が映っていた。
「くっそがぁぁ!」
俺は必死にもがき、ブースターを点火して抵抗するが、敵も同じようにブースターを点火して押してくる。
相手と俺との押し合いが始まる。
機体出力はわずかに俺のほうが強い、このままいけば、勝てる!
俺の機体の腕部からは火花が散ったりしているが、気にしない。このまま押し込む!
俺はその時気づいてはいなかった。いや、ある意味当然だったかもしれない。今ままで作ってきたゲームには機体の燃料事情なんて考えてなかったのだから。
だから、俺は気づけなかった。俺の乗っている機体は試作機で、最低限の燃料しか積まれていないんだってこと、そして、その燃料も今まさに尽きようとしていることにも。
まずは、ブースターの出力が落ち始めて、機体が押され始めて、次の瞬間には、機体自体が動かなくなり、機体の電源が完全に落ちてコックピットは暗闇に包まれる。
俺の頭の中は真っ白になっていた。完全に失念していた。こんな間抜けな理由でやられるなんて信じられなかった。
だが、何と言おうがすべては後の祭り。俺の完敗。つまりは俺の死は確定した。
俺は静かに目を閉じて、その時を待つ。
しかし、待っていた衝撃はなく、代わりに待っていたのはコックピットのハッチが開かれ差し込む光だった。
そしてハッチを開けた張本人であろう敵は、目の前に立っていた。
その手には拳銃が一丁。外から差し込む光をバックにしたその姿は、思っていたような軍人の男のがっしりした姿ではなく、むしろ少女のような華奢な姿で逆光の中でも見えるその顔は俺の知っている人間の顔だった。