こんな夢を観た「浜辺の庵」

　浜辺に、高床式の小屋を見つける。

「こんなうち、博物館でしか見たことがないぞ」どんな人が住んでいるのか興味が湧き、ちょっと訪ねてみることにした。

　枝を素朴に組んだだけの梯子を登り、入り口のムシロをまくる。

「ごめんくださーい」

　中はほどよい狭さで、囲炉裏には炭が赤く熾っていた。海に面した窓の近くでは、みすぼらしいなりをした老人が、１人イーゼルに向かっている。

「あのー……」わたしはもう一度声を掛ける。

　老人はようやく気がつき、のんびりと顔を向けた。

「おお、客人など、とんと久しい」

　老人は炉端へとわたしを招く。

「浜辺を散策していたら、趣のある庵を見つけまして、ご迷惑かと思いましたが、こうしてお邪魔に上がりました」囲炉裏を挟んで、老人にあいさつをした。敷いている、い草が、なんとも心地よい。

「わしのぼろ小屋を庵と呼んでくれるか。このぬらりひょん、まこと喜びを禁じえぬわい」

「えっ、あなたはぬらりひょんなのですかっ。あの妖怪のっ？！」わたしは驚いた。

　古くから人の生活に溶け込み、ぬらりと現れては、ひょんとかわす、つかみ所のないもののけだ。

　ぬらりひょんはキセルの灰をとんっと炉に落とし、懐かしむように天井を仰いだ。

「さよう、たしかにぬらりひょんじゃ。ぬらりひょんではあるが、妖怪家業は、もうとっくの昔にやめにしたのよ。今はこうして、毎朝、毎昼、毎晩と海を眺め、絵を嗜んでおる」

「妖怪って、家業だったんですか。ちっとも知りませんでした。それにしても、なぜやめてしまわれたんですか？」

「１つには、もう妖怪を信ずる者がほとんどおらなくなったからじゃな。忘れ去られる身というものは、中々につらいもんじゃて」

「わかる気がします」わたしはうなずいた。

「たまぁにわしを知る者があったとしても、『ぬらひょろりん』だの、『ぬらりんひょっ』なぞと、びみょ～な言い間違いをするんじゃな。あれは、いい気がせんもんじゃぞ」

　確かにその通りだ。わたしだって、「むぅにぃ」というところを、「むぅにゃん」なんて呼ばれたくない。

　四隅には、これまでに描いた海の絵が何枚も並べられていた。朝だったり、昼下がりだったり、時間こそまちまちだが、どれも同じ構図である。

　すべて、窓から見える風景のようだ。

「同じ絵ばかりを描いてらっしゃるんですね」わたしは言った。

「うむ。あの水平線にな、いつか大きな帆船が通る。わしは、その日をずっと待っておるんじゃ」

「その船はいつ来るんですか？」

「さあなあ、わしにもわからん。かれこれ137年と３月ばかり焦がれておるのだが……」ぬらりひょんは目をつぶって、かすかにうつむく。

　その船はどこから来て、どこへ向かうのだろう。誰が乗り合わせ、何の目的を持って旅を続けるのか。

　わたしもまぶたを閉じてみた。来る日の情景が、鮮やかに浮かび上がる。

　きっと、ぬらりひょんはその船に乗るだろう。わたしには、それがうらやましく思えた。

　同乗させてもらえませんか、と聞いたとしよう。

　けれど、ぬらり、ひょん、とはぐらかされてしまうのだろうなぁ。

　わたしにはわかっていた。