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サクライロⅧ

「お譲ちゃん1人?ちょっと俺らと来てくれるかな?」


 突然聞こえた、低い男の人の声と、首元にすえられたひやりと冷たいもの。


「俺らお金にこまってんだよねぇ」


 反対側から、別の声。

いつの間にか私の周りには薄汚れた服をきた男の人が4,5人居て、私は首にナイフをあてがわれていた。


「っ!?」


 私が何か答えるよりも早く、私は男達に無理やり路地裏へと引きずられた。

あのころを、思い出す。

恐怖で私は息がつまりそうになるのを感じながらがたがたと震えた。


 しばらく真っ暗な路地を引きずられて訳もわからずに震えていると扉をあける音とともに私は放りなげられるようにつきとばされた。


 痛い・・・・・。ここは、どこ?


 顔をあげるとそこは倉庫のような場所だった。

そして、壁には-・・・


「血・・・・?」


 壁一面にほとばしっている血しぶき。

そして暗くて見えない小屋の端に詰まれた何か。

それに気づいた私をみて男達は私を取り押さえて餓えた野良犬のような目でこちらを見て言った。


「気付いちゃった~?見たら帰せないよねぇ・・・。まあ帰す気ないけど。

ちょっと商品になってほしいんだよね。医者じゃないから麻酔とかないけど俺らのお金のためだと思ってさぁ」


 男達がもつ凶器。獣のような目。

確実に殺される・・・。男は乱暴に私の腕を掴んで乱暴に地面に叩き付けた。


「うあっ」


 頭を打って、私はくらくらと立ち上がれなくなり、そこを数人の男がわたしのことを取り囲んで手足を押さえつける。

私は身動きできなくなった。


だめ・・・いや・・・!!


 恐怖で声も出ない私の服を男達はナイフで乱暴に切り裂き、腹部を露にした。それをすっと1人の男が私のおなかに当てる。

ひやりと、これ以上ないほど不気味に冷たいそれに体中の神経があつまって。


「じゃあ、ちょぅっと我慢してくれよ。すぐにラクになれるから心配ねぇよ」


 男はそういい、そして。

腹部に鈍痛が走って私はびくんと震えた。ナイフが、皮膚を切り裂き始めたらしい。

男ははじめにナイフの感触を確かめるように薄く、私のおなかを細く薄く切りつけた。それだけで私の体は痛みに打ち震えた。


 男は今度はナイフに力をこめて嬉しそうにわらった。

びくんと身体が恐怖にはねて、身もだえしたけれど逃げられない。

ナイフは、私のおなかにもう少し深く刺さった。


「あああああっ!!!あっ・・・う・・・」


 そのあまりの痛みに私は意識を手放した。


 暗い、夢の中のような場所。真っ暗い水面に私は立っていた。

そして、向い側にはすこしぼんやりと光っている、ミカゲ。


「ミカゲ・・っ!」


 待ち焦がれたその姿に私は歩み寄った。ミカゲの全身をみるのは久しぶりだ。ミカゲはいつものように腕を広げて私を迎えてくれて。

甘い桜の香りに包まれながら私はしばらく目を閉じてそのぬくもりに身を委ねた。


けれど。


「私・・・・死んじゃったの」


 そう、呟いた。

ここはきっと夢の世界。私はきっと男達に殺されてしまったに違いない。

するとミカゲがふわりと優しく私の頭を撫でて、言った。


「雛は死んでない。俺が、助けるからだ」


 私はばっと顔をあげた。

ミカゲの青色の瞳がきらりと切なそうに光ったかと思うとぐんぐんミカゲの姿は離れて行って。


「だめ!!ミカゲだめ!!!ミカゲが・・・!ミカゲが死んじゃうじゃない・・・!!」


 ミカゲが次に、桜の木を離れる。それが意味するのはミカゲの死だ。

私は声がかれるほど、叫んだけれど。


「大丈夫だ。雛は何も心配しなくていい・・・・俺が助けてやる」


その言葉を最後にミカゲの銀褐色の髪がぼんやりと暗闇に余韻を残して、消えた。

--

「ミカゲッ!!」


 私は、叫びながらびくんと目を醒ました。状況を理解しようと視線をめぐらせる。

壁に寄りかかって、自分は座っているようだ。


・・・どうなったの・・・?


 次第に意識がはっきりとしてくると、目の前の光景が理解できた。

血にまみれているのは、私じゃなくてあの男達。

すでに動かなくなった男達は暗闇の中でぼんやりと光るミカゲの足元に、男達は倒れていた。


「ミカゲ・・・」


 おそるおそる、声をかける。ミカゲは振り向いて、優しく笑った。


「雛」


 その優しい表情は、まぎれもなくミカゲのものだ。ミカゲの銀褐色の毛が、少し血に汚れていた。

私は、ゆっくりと立ち上がった。おなかに負った傷の痛みは、なぜかなくて。

ふらふらとミカゲに寄ると、ミカゲは力なく微笑んで、私がミカゲの腕の中にたどり着く前にふらりと傾いた。


「ミカゲっ!?」


 私は慌てて駆け寄ってミカゲを受け止めた。肩で、ミカゲが力なく息をした。


「守ったぞ、雛・・・・」


 その声を聴いた瞬間、私の頬をぶわっと涙がつたって。

それだけ言うと静かになってしまったミカゲの服をぬらす。


 私は無我夢中でミカゲを引きずったまま桜の木のほうへと向かった。

桜の下に連れて行けば、まだ間に合うかもしれない。


「死なないで、ミカゲ・・・!」


 お腹の傷も、ミカゲの力だろうか、痛まないのではなく、すっかり治っているようだった。

あなたがいないと、私は・・・・


 無我夢中で桜の木の下につくと、私はミカゲをそこに横たえた。

ミカゲはまだ呼吸をちゃんとしていて、薄く瞳を開いてこちらを見た。


「ミカゲ・・・!木の所に来たよ・・・死なないよね・・・?」


 私が泣きながら、震える声で言うとミカゲは小さく首をふった。


「最期まで守ってやれなかった・・・でも、こうして雛と過ごせて俺は幸せだった。雛は・・・、幸せ・・・だったか?」


 私は首がとれるんじゃないかと言うほど首をたてに振り、それから首を横に降った。

嘘っていって。そう言おうとしたけれど。声に、ならない。


 満月の光がぼんやりと桜の木の上で輝いて桜の花とミカゲの姿を銀色に染めていて。

それがまるでミカゲがもうこの世のものではないような、そんな雰囲気を漂わせる。

事実、ミカゲの身体は消えかかっていた。


「俺の腕の中で幸せな最期を迎えてほしいって・・・ひっく、ミカゲ言ったじゃないっ・・・・なん、で・・・・ミカゲが先に私の腕の中で死んでどうするの・・・!」


 涙があとからあとからこぼれて、ミカゲのだんだん薄くなっていく頬に落ちる。

ふわりと月の光に輝くミカゲの姿は、もうほとんど消えかかっていた。

泣きじゃくる私の頬に、ミカゲが触れる。青い瞳が、こちらを見つめて。


「雛」


 優しく、彼が囁いた。


「雛。愛してる。俺は、これからもずっとずっと、雛のそばにいる。だから、泣くな。笑ってくれ」


 ミカゲはそう言って身体を起こすと、ぎゅっと私を抱きしめた。

甘い桜のにおい。

これが最期なのだと、思った。だから。私はその身体を、抱きしめ返した。


「私もミカゲがだいすき・・・ずぅっとずっと、愛してる・・・!」


そう言って私は笑った。

ミカゲも私の顔をみて、まぶしいくらいに笑う。その笑顔はほんとうに、綺麗で、愛おしくて。


「ありがとう、雛・・・・またな」


 その言葉とともにふわりと花びらが散ってミカゲの体は消えた。

腕の中に残るのは、桜の花びらにまみれた、ミカゲのぬくもりがのこる着物だけ。


「ミカゲ・・・!ミカゲっ・・・!」


 甘い匂いが残るミカゲの着物を抱きしめる。

まだそこにミカゲが、居るような気がして。

けれどふと、その着物からではない甘い香りが漂ってきて、私は顔をあげた。


「・・・・っ」


そこには満開の花びらをつけ、月に照らされて輝く桜の木があって。


 ねえ、ミカゲ・・・・

辛いけれど、悲しいけれど。私はあなたに助けてもらった命、大切に生きるよ。


 ねえ、ミカゲ。


私に居場所をありがとう。

好きだよ、とってもとっても好きだよ・・・・。


 これからも、見守っていてね・・・・

私は、涙の浮かぶ目でその綺麗な桜を見上げて微笑んだ。


 -彼が最期に咲かせた満開の桜はこの世のどんな桜より美しくて、儚いもので。


 あなたを、愛していました。




終章-エピローグ-



 あれから数年。


私はお見合いで人間の男の人と結婚した。

彼はとてもいい人で、私とさくらちゃん、それから麻美子さん・・・それから、私の子供を、養ってくれている。


「花、おいで」


 私が呼ぶと、まだ3歳の小さな私の娘はこっちに嬉しそうに走ってきた。


 私の大好きな丘。あの人と、出会った場所。

大きなあの桜の木はもう枯れてなくなってしまったけれど。


「おかあさん、今日も、お水やり?」


 私はこくんと頷く。


「そうだよ。私のとても大切な人の木よ」


 巡りめぐる、輪廻のことはわからないけれど。

ここに小さくてもしっかり根をはっているこの小さな苗木は、きっと。



-END-



短編第一弾サクライロ。はこれで完結になります。

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