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サクライロⅦ

「・・・ミカゲ?」


 あれから数日。ミカゲは一度も桜の木からは降りてこずにいつも逆さまにぶら下がったままだった。

それなりに不信感を抱いて、少し腹ただしく思い始めていた私は、いい加減文句を言おうと私は今日、意気込んで桜の木の下に来ていた。けれど。


 今日はミカゲの半身すら桜の木の下からのぞいていなくて。

にゅっと桜の木からのぞくのは、ミカゲの色白の手だけ。


「よう、雛。来たか!」


 声はいつもどおり上から降ってきた。

私は呆れるより少し失望して、ミカゲの手をにらみつけていう。


「ちょっと、今日はとうとう手だけなの?」


 私が怒った声で言うと、ミカゲは困ったように手を揺らす。

もっとも、顔は見えないのだけれど。そうしてしばらくするとミカゲが返事をした。


「たまにはいいだろう」


「・・・・っ!」


ついに私は、その言葉についカッとなった。


「最近そればっかりじゃない!もう私と会うのが面倒なんでしょ?

顔も見たくないってことなんでしょ!」


 そうして、私は思わず叫んでいた。

最近ミカゲはそればかり。毎日、毎日。ミカゲは私のこと、面倒になったんだ・・・!

そんな思いがぶわっと胸にこみ上げてきて涙があふれる。


 大切に思っていたのは、私だけ?

私が泣いても、ミカゲは降りてこなかった。ただうろたえた様な声で「違う」と言う。


 ここまでになっても降りてこないなんてどういうつもりなの?

私は首を振って桜の木から離れた。


「なにが違うの!もういいっ・・・」


 私はそれだけ言うと、何か言うミカゲの言葉をすべて無視して桜の木の下から泣きながら走り去った。


「ミカゲのばか・・・・!!!」


 走って走って、私は気がつくと町の真ん中まで来ていた。

息を切らした私はそこでようやく走るのをやめ、しゃがみこむ。

涙が止まらなくて、ぽろぽろとあふれ出す。


 ミカゲはどうして最近私を抱きしめてくれないんだろう。

どうして、前みたいに飛びつかせてくれないんだろう。


 ・・・・思い上がっていたのは、私だけ?

いい加減にしてほしいのはミカゲのほうだったのだろうか。


 色々考えて、涙が止まらなくて。

私はゆっくりと立ち上がると人目も気にせず泣きながら街を歩いた。


 ねぇ、ミカゲ。

私にとってミカゲは私の拠り所なんだよ・・・寂しくて、ミカゲの気持ちがわからなくて。

結局私は夕暮れまで泣き続けた。


夜、家に帰ると。


「どうしたんだい」


 玄関に入るなり帰りの遅い私を待ちかねていたらしい麻美子さんにそう、きかれた。今の私はきっと、泣きはらしたひどい顔。

私は何も言わずに首をふった。

そうしてゆっくりと家の中に入った。


 扉を後ろで閉め、麻美子さんがあとをついてきて、すぐに追いついて私に並ぶ。

麻美子さんは、とても心配そうな顔をしていた。

そして、もう一度言った。


「どうしたんだい。彼と喧嘩でもした?」


 その言葉に私はびくりとして、また涙があふれた。

違うよ・・・・ケンカじゃないよ・・・

私が嫌われただけ・・・ううん、もしかしたら・・・・。


 私がぽろぽろと泣き出すと、麻美子さんは私を抱きしめてくれた。

私は驚いてはじめて麻美子さんの目を見る。

麻美子さんは、優しい目で微笑んだ。


「無理しなくていいんだよ。でも、早めに仲直りしな。いつ、何があるかわからないんだから後悔しないように」


 私は、麻美子さんにしがみついてわんわん泣いた。

そうだ、ちゃんと明日、謝りにいこう・・・そうして、本当のことをきこう・・・・


 次の日、私は控えめに桜の木の傍へ寄った。

すると、めずらしく桜の木の下にミカゲが居た。ミカゲの全身を見たのはいつぶりだろう。

ミカゲはすぐに私に気が付いて、申し訳なさそうに目を伏せた。

けれどよく見ると、その表情は申し訳なさそうな表情とは別の苦しげな何かも見て取れる。


 私はゆっくりと、ミカゲに近づいて、そして。


「・・・昨日はごめんなさい。でも、教えて。なんで・・・私、迷惑ならもう来ないから・・・・」


 じわっと、また目が熱くなる。

けれど、はっと気がつくと私は久しぶりにミカゲに抱きしめられていた。


「・・・・っ!?」


 ぎゅっと、強く。

ミカゲの、甘い桜みたいな匂いを久しぶりにすいこんだ。


「悪かった・・・そうじゃない、迷惑なわけ無いだろう。理由を、ちゃんと話すからそんなこと言わないでくれ・・・」


 安心して、力が抜けて。早とちりしてしまった自分が少し恥ずかしくて。

私はミカゲにしがみついた。


「うん・・・」


 私が落ち着くと、ミカゲは私を抱きしめていた腕を緩めた。

二人で桜の木にもたれ、座る。

しばらく春のおだやかな空気に目を細め、くつろいで二人は何も話さなかった。


 けれどちらっとミカゲの顔をみると、ミカゲはいつになく緊張した表情を浮べていた。

心臓が、すこしだけ早く鳴る。


今から何をミカゲは話すんだろう・・・。


 そんなことを考えているとふっとミカゲが真剣なまなざしでこちらを見て、青い瞳を揺らした。

私もその瞳を、真剣に見つめる。

すると覚悟を決めたようにミカゲはゆっくりと口を開いた。


「雛。前に、俺の壽命が減っているという話をしただろう?

思いのほかそれが早まっているんだ。前に力を使いすぎてしまったらしい。・・・実は最近、人間の姿を、維持するのが少しつらい」


 私は、驚いてミカゲを見つめた。

そんな・・・・。私のせいで、ミカゲが。


「どれくらい、ここに居られるの」


 震える手をぎゅっと握り締め、少し目を逸らして訊ねる。

ミカゲは私にもっと寄り添って、頭を撫でながら言う。


「安心しろ。人の姿をとれないってだけで、まだ死にはしない。だから姿を見せられない日もあるけど、許すか?」


 せつなそうな顔で、ミカゲが言う。

私は、ミカゲに抱きしめてもらえないと思うと少し悲しくなったがこくりと頷いた。

ミカゲは少し目を伏せ、それから懐から桜の花でつくった小さな髪留めを私に渡した。


「これは・・・?」


「これは、おまもりだ。前みたいなことになったときのため」


私はばっと顔をあげた。


「だめ、ミカゲ!もう木から離れちゃダメだよ・・・!今度こそミカゲが死んじゃう」


 すると、ミカゲは薄く微笑んだ。

暖かい春の風がミカゲの銀褐色の髪をさらさらと揺らして、ミカゲの瞳を隠した。目から表情は、伺えない。

ミカゲは何も答えずに私に髪留めをぐいっと押し付けると立ち上がって感情を隠すように一度目をつむり、こちらを見た。


 もうその表情はいつも通りのものに戻っていた。

今、どんな表情を隠したの?

私は泣きそうな気持ちでブレスレットを握り締めた。


「今日はもう木に戻ることにする。きいてくれてありがとうな」


 ミカゲはまた私の頭を撫でて、すぅっと姿を消した。


 それから数日間、ミカゲは木から上半身だけを出していたり声だけだったりした。


「ミカゲ、大丈夫?」


私が問うと、ミカゲはいつも楽しそうに言う。


「もちろん、大丈夫に決まっている。へんな心配、雛はしなくていい」


 私はいつも、安心できなくて。

それというのもそれに日に日に、声だけの日が多くなってきたからだ。


「雛、来たのか」


 いつも私が来るといってくれるその声でさえ。

ミカゲの声は弱弱しい気すらした。


「ねぇ、ミカゲ・・・・?」


 そして今日は、声もしなかった。ミカゲの気配は静かに漂うだけで。

ミカゲは死んでしまうのだろうか?

ねぇミカゲ・・・あなたが消えるなんて私、信じないよ。


 だってミカゲ、言ったよね。

ミカゲが私の最期を看取ってくれるんでしょ?私が死ぬまで私の傍に居てくれるんでしょ?


 まだまだ・・・生きられるんだよね・・・・?

私は桜の木にもたれた。好きだよ、ミカゲ。ずっと、ずっと・・・。

私はそうして目を閉じて、涙を流した。


「・・・・っ」


 私はびくりと冷たい風に目を覚ました。あたりは、真っ暗で。

私はあわてて起き上がると荷物をまとめて立ち上がった。

はやく帰らないと・・・!

この辺りは暗くなるとまだまだ治安が悪くて危ない人がたくさん居るのだ。

いつもは遅くならないように気をつけていたのだけれど。


 ミカゲが心配で寝不足になっていたせいもあり、眠り込んでしまっていたらしい。

私は急ぎ足で丘から離れようとした。

けれど一瞬、走りかけて少し立ち止まって桜の木を振り返る。

桜の木はひっそりとつめたい夜風に揺れていた。


・・・今日は、会えなかったな。


 私はため息をついて前を向くと出来る限り早足で駆けて行った。

麻美子さんもさくらちゃんもきっととても心配しているだろう。

できるだけ明るい道を、私はあわてて家を目指す。


 また明日、ミカゲに会うために・・・・。


そのはず、だったのに。


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