サクライロⅥ
次の日、ミカゲが行ったとおり主人はもう居なくなっていて、家の所有権はどうやったのか私になっていた。
ほかの女の人たちもとても喜んで涙を流して私に感謝してきて。
本当は私がしたわけじゃないのだけれど、ミカゲがそういうことにしておくようにと言うから私は黙っていた。
「おねえちゃん!ありがとう!わたし、ここでおねえちゃんと住むよ!」
さくらちゃんも同じように私に感謝の言葉をのべて、抱きついてきた。
私も小さな身体をきゅっと抱きしめる。
「ううん、さくらちゃんのおかげだよ、ありがとう」
さくらちゃんがいなかったら私はあの時餓死していたはずだし、ミカゲは助けにこられなかっただろう。
そうすると私はここに立つことも、息をすることもミカゲと抱きしめあう事も二度と叶わなかっただろう。
私はそれから毎日晴れ晴れとした気持ちでミカゲのまつ桜の木へと向かった。
春の暖かい日差しがうららかに降り注ぐ。
桜の木はほぼ満開だけれど、まだまだつぼみも残っているし完全に咲ききるころが楽しみだ。
桜の木へ向かうと、いつものようにミカゲは桜の木にもたれて空を見上げていた。
私が来る時間はいつも同じころだからそれまでに待っていてくれるのだ。
「ミカゲーーッ!」
私が大きな声で呼んで、手を振るとミカゲはこちらに気がついて手を振り替えした。
優しい笑顔に綺麗な青色の瞳。大好きなミカゲに私はとびついた。
飛びつくと、ミカゲは嬉しそうに微笑む。
「ふふ、今日も抱きついてくれるのだな。つい先日までは腕を広げてもまったく飛び込んでこなかったのにな。俺のことが、好きになったからか?」
私は、少し照れくさくなってミカゲの胸に顔をうずめた。
当たり前だ。
今はもう、ミカゲのことが好きだってわかったからに決まっているのに。
私は心の中でそっと呟いた。
「こ、この腕の中が一番安心できるからっ」
そして、そう答える。ミカゲは私の頭を優しくなでた。
「俺は雛のことが好きだ。雛は、俺のことを好きになってくれたんじゃないのか?」
私は頬が赤くなるのを感じた。もう、せっかくはぐらかしたのに。
今度ははぐらかさずに、私はぎゅうっとミカゲに抱きついて小さな声で答えた。
「・・・私も、好き」
私が答えるとミカゲは強く強く私をだきしめた。
顔をそっとあげるとミカゲは少し頬を染めて嬉しそうにしていて。
なんだかそのミカゲの表情が可愛くて仕方が無くて、私の顔も自然とほころぶ。
「これからも、ずっとずっと一緒だよ」
私が言うと、ミカゲはゆっくりと頷いてキスを落とした。
・・・桜が満開になるまであと一週間くらいだろうか。
満開の日には何かつくってきてミカゲとお花見しよう。
自分の桜の木をみてお花見なんて、少し変な感じかもしれないけれど。
私はおかしくて一人でくすっと笑った。
「なんだ?」
ミカゲは不思議そうにするけれど、私は笑ってミカゲの腕から走り出ると木に抱きついて「秘密!」と言った。
私はいまとても、幸せだ。だからこうしてずっとこの幸せが続けばよかったのに。
*
家に帰るとさくらちゃんやほかの女の人たちが迎えてくれた。
家に帰るのも今はちっともイヤじゃない。
女の人たちはみんな優しいし、さくらちゃんも可愛くて妹ができたみたいだし暮らし始めると案外ここは不便でもなくて快適だった。
そして最近は麻美子さんという私より年上の女の人と私は仲がよくて、帰ってくるといつも麻美子さんは食事を作ってくれている。
「ご飯できてるわよ」
長い黒髪を後ろに束ねていて、おかあさんみたいにあったかい人。
ここではいろんな人が暮らしているけれど部屋が全員ぶんあるわけでもないので何人かずつに分かれて部屋をつかっているのだ。
私の部屋には麻美子さんとさくらちゃん。
本当に家族ができたみたいで幸せだった。ぜんぶぜんぶ、ミカゲのおかげだ。
そうしてにやにやして食卓に並ぶなり麻美子さんはにやにやしてこっちを見る。
「・・・なんですか?」
私は温かく湯気の立ち上る味噌汁に口をつけながら目線をそらしてそれに不満を言う。麻美子さんの味噌汁は少し濃い味付けだけれどじんわりと身体にしみわたっていく。
「楽しそうだね。今日も恋人とデートかい?いいねえ」
白いご飯を食べながら麻美子さんは笑って言う。
私は味噌汁をこぼしそうな勢いでむせて、ぼっと顔を赤くして恥ずかしさから俯いた。
「ち、ちがいます!ちがわなくないけど・・・・」
麻美子さんはほらやっぱり!と嬉しそうにそういいながらご飯をほお張った。横で同じようにご飯をほお張りながらさくらちゃんが言う。
「あの桜のきれいなおにいちゃんでしょ!」
さくらちゃんが大きな声で言うと、麻美子さんは「なになに!?どんなやつだい!?」とさくらちゃんに聞きにかかった。
「あのね!あのね!」
さくらちゃんが話し始めるのを私はもくもくとご飯を食べて恥ずかしいので聞こえないふりをした。
しばらくすると今度は麻美子さんは私に向かって笑う。
優しい、笑顔。
「・・・よかったね、雛ちゃん」
私は食べ終えた食器をかさねながら照れくさいけれど薄く微笑んで、それに応えた。
「はい。彼はとってもいい人で・・・・大切な人です」
こんなに楽しくわいわいとした食卓を囲めるなんて私はなんて幸せになったんだろう。
それから後片づけをしてお風呂に入り、敷布団を三人並べてひいてみんなで布団に入った。
さくらちゃんを真ん中に挟む形でいつも寝ている。
布団に入ると子供だからか、さくらちゃんはすぐにすやすやと寝てしまって。
それを見て、いつも麻美子さんとふふっと笑いあう。
笑いあったあと、麻美子さんは少し遠くを見るような目をして幸せそうな顔で微笑んだ。
「こんなふうに、普通に暮らせるようになるなんて・・・・幸せに生きていけるなんて思っても見なかった。ありがとうね、雛ちゃん。」
私は、頷く。
「私も、思いもしませんでした。今とっても幸せです」
ここに居る人たちはみんな、そう思っているのだ。
それだけ言うと私は重くなったまぶたに逆らえずに眠りにおちていった。
*
「いってきます」
私はその日もいつものように家を出た。今日は麻美子さんに作ってもらったおにぎりを持って。
いつもどおりの快晴。今日もミカゲに抱きついちゃおうか。私はうきうきしながら桜の木の下へ向かう。
けれど。
「・・・あれ?」
いつもは木の下で座っているミカゲが、今日は見当たらない。
桜の木の下は静まり返って桜の花びらが落ちる以外はひっそりとしている。私は不安になって木の下へ走っていった。
「ミカゲ?」
ミカゲは、やっぱりいなかった。
快晴の空の下でいつもどおり桜の木はゆれていて、甘い香りがする。けれど私の心はうかなかった。
「ミカゲ・・・・どうしちゃったんだろう」
今日は会えないのかと私がしょんぼりとして桜の木の下に座り込んだ。
今日は諦めて帰ろうかと思案し始める、が。
「よう、雛」
「キャッ!?」
ザッ、と上から物音がしたかと思うと桜の木からさかさまにぶら下がっているミカゲがそこにいた。上半身だけが桜の花びらからのぞいている。
逆さまのミカゲの姿にしばしぽかんとしていたけれど、すぐに状況を理解した私はむっとしてミカゲの頬をつねった。
「驚かさないでよもう!」
私が言うとミカゲは楽しそうに笑った。
「い、いひゃい・・・すまんすまん、悪かった・・・」
私はふうとため息をついて、ミカゲの頬を解放すると持ってきたおにぎりを広げた。
「作ってもらったの。降りてきて!一緒に食べよ」
私はそう言って再び木の下の座り込んでお茶なんかを用意した。
けれど、いつまでたってもミカゲは木にぶらさがったまま降りてこようとしない。
ぶらぶらと木にぶらさがったまま手をのばしている。
「ミカゲ?そのまま食べようってこと?お行儀悪いよ?」
私が言うとミカゲは困ったような顔をして首をかしげて言う。
「いいだろう、たまには。」
子供みたいに我侭を言うミカゲに、私はふぅっとため息をついて「仕方ないなあ」というとおにぎりをひとつ手渡した。
ミカゲはそれをおいしそうにほお張る。
私はそれを見ているとまあいいかという気持ちになってきて、私も同じようにおにぎりをほお張った。
ねえミカゲ。あの時は気づかなかったけれど。
貴方はこのときもう・・・・